第21話 首都攻防戦③
地下要塞『玄武』の中心に位置し、白亜の宮殿を思わせる司令本部。この司令本部には、更に地下深くに司令室が存在する。
その司令室では現在、男女50人程度の隊員達がホログラム化されたモニターを見つめ、それぞれに任された業務を遂行している。
扇形に配置された各席の前方には、大型のモニターが設置され、外の様子が映し出されていた。そのモニターに映し出されていたのは、夜空を煌々と照らす眠らない街『首都ラクシャ』の街灯であった。
大型モニターとちょうど対面に位置する場所には1席が設けられており、その席にはレイ・アカツキ大佐が座っていた。
片肘をつき、足を組んで座っているが、その状態でも分かるほどの脚線美。そして、引き締まった上半身と軍服の上からでも分かるほどの豊かな双丘の持ち主だ。
世の男性なら誰もが振り向くだろう美貌だが、何よりも惹きつけるのは、燃えるような紅髪と紅眼である。その眼には闘志が宿り、見た者に恐怖を与えるだろう。だがその反面、彼女の眼差しに心を奪われ、魅了される者も少なくはないだろう……。
「中央本部から連絡は?」
「……まだありません。こちらから送信をしているのですが、応答がありません」
男性オペレーターに問いかけた女性軍人は、軽く舌打ちをした。その舌打ちに冷や汗をかきながら、オペレーターは本部から早く応答がないかと嘆息する。
「キサラギ大尉、そんなに急かさずとも現場に着けば分かるんだ。もう少し落ち着いたらどうだ?」
「レイ様! わざわざレイ様呼びつけておいて、何の音沙汰もなしとは、私は許せません!!」
リサ・キサラギ大尉の特徴的な狐目がつり上がり、周りの者たちは戦々恐々としていた。
こうなってしまったリサを止めることは、もう誰にも出来ない。その事を良く知っている隊員達は、リサの気が収まるのを待つしかない。ただ、あまりにも度が過ぎると、レイの一喝で収まるのがいつものパターンなのだが……。
レイはこの時、自身のカルマ『従属』を行使していた。多くの人間の視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚に侵入し観察している。
そのカルマの影響範囲は広く、現在地からラクシャの辺りまで届きつつあった。
「……ん?」
淡く輝いていた紅眼が揺らめくと、レイは突然立ち上がった。
「総員! ただちに第1種戦闘配置に移行。ラクシャに上陸するぞ!」
突然の号令。
しかし、隊員達は慌てることもなく、すぐさまサイレンを鳴らして戦闘配置の移行を知らせる。
「中央本部より緊急要請! 現在首都は未確認物体の襲来により都市機能が麻痺! 我が隊に目標を捕捉し撃破せよとのこと! 本部より届いた映像映します!」
男性オペレーターが鬼気迫る口調で伝令する。
この時、全員が疑問に思った。『防御壁』は? と。
空からの攻撃は一切受け付けないし、海に囲まれたナユタ国だから陸路もあり得ない。さらに、海路にはこの動く要塞『玄武』が構えているからだ。
隊員達は、本部から届いた映像に答えがあるのだろうと大型モニターに注目していると、問題の映像が映し出された。
「……えっ?」
「なんだよあれ!」
「どうゆうことだよ!」
一瞬でどよめきが起こった。
絶句する者。信じられないといった表情の者。嫌悪感を示す者など、おおよその隊員達が動揺を隠せないでいた。
「貴様ら! 第1種戦闘配置中だぞ! 狼狽えるな!」
レイの一喝で、隊員達のどよめきが一瞬で消えた。そして背筋を伸ばし、直立不動の隊員達はレイの次の言葉を待つ。
胸を張り、仁王立ちのレイが隊員達を見つめる。その眼に紅い輝きはなかった。
「これはもう演習ではないぞ! 我々はこのような事態のために編成された部隊である! その事を忘れるな!」
隊員達は自分達に与えられた任務を思い出し襟を正した。そして、各々が任された戦闘配置へと速やかに動き出したのだった。
「レイ様、申し訳ありません。私が不甲斐ないばかりに……。隊員達への訓練がまだまだ甘かったようです」
リサは片膝をつき、頭を下げながら歯を食いしばっていた。
レイの部隊は連隊となってはいるが、蓋を開けてみれば少数精鋭部隊だ。その理由は、レイとリサの能力者2人で連隊級の力があるとされ、必要最低限の隊員で事足りているからだ。しかし、その隊員達の育成は、必然的にリサに偏っていく。
「……構わんよ。誰だって『あんなもの』を見せられたら動揺するだろう?」
モニターに映し出されている『あんなもの』を見ながら、レイの紅眼の輝きが増していく。
レイの鋭い眼差しを見ると、リサは思わず恍惚な表情に変わっていく。
(あぁぁ、レイ様……。なんと勇ましく美しい……)
「キサラギ大尉!」
「はっ!」
レイの突然の呼びかけに、すぐに反応できるリサ。
「いつでも『玄武』を起動できるように準備しておけ! あれを制圧するには、中々骨が折れるぞ?」
「承知致しました!」
即座に応えるとリサは姿を消した。
忠実な部下を見送ったレイは、席に座り直して司令室を見渡した。そこは今まさに、本土上陸のために動く隊員達の緊張感で満ち溢れていた。
レイは再びカルマを発動させ、隊員達の五感に侵入し始めると、膨大な情報量が彼女の脳内に入り込んでくる。常人の脳であれば、雑音と無数の映像を見せられて唯々不快でしかない事を、彼女は寛ぎながら高速で処理していく。そして、ラクシャに配置されている部下の視覚に侵入する。
(……ふん! 民間人はまだ避難できていないのか? やはり中央は緩んでいるな)
レイが懸念していた中央本部の傲慢さが露呈した形だ。防御壁に頼り切っているからこんな事態になるんだと、レイは嘆息する。
「ふん! ……さて、あの小娘は今どこだ?」
レイのカルマには、ある特徴がある。軍に所属してからの数年間、度重なる任務の中でカルマの使い手と対峙することがあった。その中で発見したのが、カルマの使い手に対しては100パーセントの従属は不可能であるということだ。ただし、1つだけ可能な事があった。それは、五感の内のどれか1つだけなら侵入できることが分かった。しかも、相手に気づかれる事なく侵入できる特典付きだ。
早速その特徴を活かして、別れ際に共有しておいたイブキの視覚に侵入した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「イブキ様、あともう少しです」
シェルターから脱出したイブキとアルフレッドは、要塞内の地上にまで上がることが出来ていた。要塞内を上へと飛びながら、本物の地上へと繋がる天井が目の前に広がっていた。天井とは言っても、ホログラムで表現された青空が広がっている天井だ。そして眼下には多くの建物が見え、白亜の宮殿を思わせる司令本部も見えていた。思っていた以上に、誰かと出くわす事もなく順調にきているが、逆にそれが気持ち悪いとイブキは思っていた。
「ここに来た時のエレベーターは使わないの? あれに乗れば地上へはすぐでしょ?」
「今は戦闘配置中なので、エレベーターの電源は切られていますよ」
ですよね〜っと答えたイブキ。
普通の会話をしているように見えるが、実はさっきからアルフレッドの素っ気ない態度が気になって仕方がない。四六時中アルフレッドと一緒にいると、時折AIにはないはずの感情があるように思う時がある。それを不思議に思ったことはあるが、迷惑な話ではない。むしろ感情があった方が嬉しいし、孤独を感じなくて済む。だからこそ、今はなにかギクシャクしていて嫌な気分になってしまう。
そんなことを考えていると、天井付近にまで到着。イブキ達はホログラムの層を抜けると、ドーム型の天井が目の前に現れた。天井には所々に大きな窪みがあり、それは規則正しく並んでいた。
イブキがその窪みの入り口へと降り立った。風が流れていて、かなり奥深くまで風が通っているようだ。
「これって、もしかして通気孔?」
「そうです。ここを通って外に出ます」
あらかたの予想はついていたが、かなりでかい通気孔だ。ただ、イブキは疑問に思うことがある。
「けど、ここは要塞だよ? 通気孔だからって、簡単に進入やら脱出なんてできないでしょ?」
通気孔を通って敵から侵入されないように想定してるだろうし、ましてや脱出なんて……。
「イブキ様なら大丈夫です。既にシミュレーション済みです」
「えっ? どうゆうこと?」
アルフレッドは、特に説明もなく『まあまあ、このまま進んでください』とだけ言ってイブキを誘導していく。相変わらず説明不足なアルフレッドにイブキは嘆息するが、仕方ないと諦めて奥へと進んでいった。
通気孔内部は、ダクトが地上まで伸びている仕組みだ。迷路のようなダクトをしばらく奥へ進むと、行く手を遮る物が見えてきた。
「…………。ほら、やっぱり出れないじゃない」
ジト目のイブキが、アルフレッドに静かな抗議をする。
目の前には巨大なファンが稼働していて、猛スピードで回転していた。風が外へと流れているので、換気ファンで間違いないだろう。
「こんなの、通れるわけないじゃん……」
よく見ると、換気ファンは奥へと何基か続いている。たとえ何らかの方法で1基目を通り抜けたとしても、次の換気ファンが待ち構えている。
「他に出る方法はないの?」
「ここしかありません。ここがメインの通気孔で、他の通気孔は奥へ進むほどダクトが狭くなっています。人が1人通れるぐらいの幅と高さしかありませんよ」
なるほど……ここしか動きやすいスペースがないということか、と納得するイブキ。納得はするが、ここを通るかどうかは別問題だ。
「さっきシミュレーション済みとか言ってたけど、どんなシミュレーションをしたの?」
「それはですね……」
アルフレッドが返事をすると、ヘルメット上部からレーザーが照射され、イブキの目の前にホログラム3D映像が展開された。
『MISSION』と表示された立体文字が飛び出してくると、デフォルメ化されたイブキが現れ、巨大な換気ファンの前に立っている映像に切り替わった。
「こちらの映像でご説明します」
「あんた……いつの間にこんなの作ったんだよ」
呆れ顔のイブキを他所に、アルフレッドは淡々と進めていく。
「この脱出方法はですね、大胆さと精密な重力操作が必要になります。ですがイブキ様なら大丈夫です。1000回程のシミュレーションを行いましたが、1回しか失敗してません」
「失敗してんじゃん!!」
一瞬の沈黙の後、アルフレッドは淡々と話し始めた。
「1回だけですよ? 99パーセントの成功率です。問題ありません」
「その1パーセントが怖いんだよ!」
なぜ? といった雰囲気を出すアルフレッドに苛立ちつつも、仕方なく脱出方法を聞き出そうとイブキは考え直した。
「もぉ……。とりあえず分かったわ。で? どんな脱出方法なの?」
「はい。まずは映像を見てください」
さっきから見せられている映像の中の『キャラクターイブキ』が動きだす。
「この映像のように、イブキ様の前に立ちはだかる換気ファンは14基並んでいます。当然の如く破壊などしてしまうと、監視システムに引っかかり、私達は追われる身となってしまうでしょう」
「14基って……」
「メインの通気孔なので、複数の換気ファンが必要だったみたいですね」
イブキは重力波を展開し、目では見えない先の換気ファンの存在を確認する。
確かに14基並んでいて、ここを突破すれば地上に出れそうだ。だが、どんな通り抜け方をアルフレッドは考えているのか?
イブキは不安を抱えながら、できれば聞きたくないと思い始めた。
「さて、脱出方法ですが……。回転しているファンの速度を緩めて、羽根と羽根との間をすり抜けます。ただし、完全に止めてしまったりするとファンの異常だと認識され、警報が鳴ってしまいます。」
「……ん?」
「それを14回繰り返して脱出完了です!」
「…………。えっ?」
「?? どうしました?」
アルフレッド作の映像では、キャラクターイブキが笑顔で換気ファンを潜り抜けている。
なんともシュールな映像だが……。
「この映像……私がファンの操作をして、潜り抜けてるように見えるんだけど……。アルが操作してくれるんじゃないの?」
「……後ほど説明はしますが、現在この要塞のシステムに侵入できない状態なのです。申し訳ないのですが……」
アルフレッドの申し訳なさそうな回答に、思わず口籠もるイブキ。納得のいかないことではあるが、後で説明すると言ったアルフレッドを信じるしかない。
「……しょうがないな〜。とりあえずやってみるか」
「ありがとうございます! ナビゲートすることは出来ますので、その辺りはお任せください!」
ヘルメットの前面が変形し、再びイブキの顔がフェイスシールドで覆われた。
イブキの視界には赤いポインターが表示され、前方の換気ファンに重なりながら点滅している。
「換気ファンの羽根の形状ですが、プロペラ状になっていますので、真っ直ぐ潜り抜けることは出来ません。進入角度は下から上へ抜けることになります」
ホログラム3D映像の中のキャラクターイブキが、笑顔でプロペラの形状と進入角度を説明しながら実践している。
「アル……この映像いらないんだけど」
「えっ? なぜでしょうか? 分かりにくいですか?」
そういうことじゃないんだけど……と思いながら、イブキがまた嘆息する。
アルフレッドはまた、空気を読まずに淡々と説明を繰り返していった――。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――――要するに、このポインターが緑色になったら重力操作でプロペラの回転を抑えて、赤色になったら解除すればいいんだね?」
「その通りです。私がベストなタイミングで、進入角度もナビゲートします」
ようやく、長いチュートリアルを終えた気分のイブキ。早く地上へと出たい気持ちが強まっていた。
イブキの視界には、アルフレッドが即席でプログラムしたアプリの表示画面が見えていた。換気ファンを潜り抜けるためだけのナビアプリの様なものだ。アプリの表示画面には、スタートまでのカウントダウンが始まっていた。
「このカウント時間は、現在の各換気ファンの回転数、イブキ様の飛行速度など、あらゆるデータを算出したベストのスタート時間となっています。これを逃してしまうと、再プログラム処理となりますのでご注意下さい」
カウントダウンの残り秒数は15秒を示していた。
「……了解よ。それじゃ行きますか!」
「はい!」
「ちょっと待ったーーーー!!」
「「えっ!?」」
イブキとアルフレッドは声のした方を向くと、なんとそこにはヴァン・ヴェーヌスが立っていた。
「ちょっ! あんた! なんで、こんなとこにいんのよ!」
「へへっ、ずっと後をつけて来たんだ。全然気がつかなかったみたいだな?」
イブキとアルフレッドは驚愕した。十分に周りを警戒しながら行動していたはずなのに……。
「それ以上、先には進ませねえぜ! 元のシェルターに戻ってもらうぞ!」
自信満々な表情で、指を指してきたヴァン。
ヴァンのその姿を見て、イラッときたイブキは思わず舌打ちをした。
「イブキ様! もう時間がありません。1基目を抜ければ、彼はついて来れません。早く行きましょう!」
「分かってるわよ! けど、1発お見舞いしてからよ!」
そう言うと、イブキはヴァンに向けて手を向けた。
「これでもくらっとけ!」
「へぶっ!!」
突然、ヴァンは何かに押し潰されるように前のめりで倒れた。
ヴァンが倒れると同時に、スタートのファンファーレがイブキの耳に飛び込んできた。
「イブキ様! スタートです!」
「行くわよ!」
予備動作無しで飛び上がったイブキの飛行速度は、一気に進入速度へ到達。1基目の換気ファンを見据えた時には、既にポインターは緑色になっていた。
高速で回転するファンのプロペラに意識を集中すると、イブキの意図したとおりにプロペラの回転速度は落ちていく。しかし、換気ファンに搭載されたセンサーが異常を検知しない程度に微調整しなければいけない。
進入を開始する付近に到達するが、換気ファンからアラーム音は聞こえない。このままいける、と判断したイブキは進入動作に移る。
ナビアプリの表示画面には、オレンジ色のラインが見える。これはベストな進入経路を示しており、ライン通りに潜り抜けないといけない。
イブキはすかさず床スレスレの位置を飛行し、まるで背面跳びをするかのようにファンに対して背中を向け、プロペラの羽根と羽根の間を見事にすり抜けた。
「流石です! イブキ様!」
「シミュレーションの時と進入角度が違うわよ! 修正して!」
「承知致しました!」
アルフレッドは高速でプログラム修正をする。
そうこうしている内に、次の換気ファンが迫っている。
「アル!」
「OKです!」
再びナビアプリを起動。ポインターとオレンジラインが表示される。
「ッ!!」
オレンジラインが全くの逆方向に表示されたことから、一瞬躊躇する――が、そこは運動神経の良いイブキ。自ら軌道修正をする。
重力操作で自分の体重を軽くし、弧を描くように飛行すると、オレンジライン上に自分の体を持っていった。
(間に合った!)
1基目と同じく背を向けて、背面跳びのように潜り抜けていった。
「うっしゃーー!」
「流石です! イブキ様!」
次の換気ファンまでにはまだ距離があるようなので、当初の進入ラインに戻したいイブキは、ナビアプリが示すオレンジラインに沿って飛行する。
「なんとかいけそうね!」
「はい!」
「そもそもあいつが――」
突然、ダクト全体が揺れると同時に轟音が聞こえてきた。
「えっ? 何!?」
ダクト内の照明が赤色に変わり、アラーム音が鳴り響いた。
「えっ? いっ! いったい何が!?」
急な事態に困惑するイブキだが、さっきの轟音やダクトの揺れ方からすると、イブキが原因ではなさそうだ。
「イブキ様! 後ろから何かが接近中です!」
「今度は何!!」
後ろを振り返ると、2基目の換気ファンが爆発。プロペラが轟音と共に弾き飛ばされた。
「ッ!!」
イブキは飛行速度を緩めて空中で停止。噴煙が立ち込めるのを見ていると、人影が見えてきた。
「逃さねぇぇって言っただろーー!!」
「筋肉バカヤローー!!」
現れたのはヴァンだった。そして、その姿を見たイブキは怒りのあまり叫んだ。
今までの努力を全て無駄にする、暴挙とも言える破壊行為。
ワナワナと震えるイブキの目には炎が宿っていた。決して許すまじ! と決意するイブキ。
「イブキ様! 後ろを見てください!!」
「もお! なんなのよ!!」
振り返ると、壁の両端から分厚い壁が出現し、通路を塞がれてしまった。
「防火壁です! 完全にセキュリティシステムが稼働してます!」
「そんなの、もう分かってるよ!!」
後方にはヴァン、前方は防火壁。おそらくこの先も防火壁で塞がれているだろう。
八方塞がりのイブキは、頭を抱えながらもがく。
「あぁぁ!! こんな事になるなら、最初っからこうしときゃ良かった!!」
イブキは防火壁に向けて手をかざすと、その手をグッと握りしめた。すると防火壁の表面がへこみ、金属の軋む音や擦れる音が鳴り響き、その場にいる者たちの耳を不快にした。そして、防火壁は紙くずのようにグシャグシャにされ、さらに圧縮されていく。
「あぁぁ!!」
悪戯を見つけた子供のように騒ぐヴァン。
「イブキ様!」
圧縮された防火壁は、イブキが作り出したサッカーボール大の空間に収められてしまった。その空間の中で燃え盛っているが、炎や煙、臭いなどは漏れ出してはいなかった。
「そんなことして、ただで済むと思うなよ!」
「お前が言うなーー!!」
怒りを通り越して、殺意すら覚えるイブキ。このヴァン・ヴェーヌスという男は天然なのか? ただのバカなのか?
「大佐のところへは、俺も一緒に行って謝ってあげるから――」
「えい!」
鉄の塊となった防火壁を、イブキは勢いよくヴァンへ向けて発射。見事、足のすね辺りにヒット。
「イダーー!!」
足を抱えて痛がるヴァンを無視して、イブキは再び換気ファンの方へ飛んでいった。
「アル! 続きをやるわよ!」
「えっ!? ですが……」
アルフレッドは驚いた。
すでにセキュリティシステムは発動しており、今さら換気ファンを潜り抜ける必要はない。ましてや、追っ手としてヴァンがここにいるのだ。今すぐにでもここを脱出するために、強行突破しかないはずだ。
「せっかくアルがシュミレートして、ナビアプリまで作成してくれたのに、このまま蔑ろにはできないでしょ?」
「イブキ様……」
そうこうしているうちに、3基目の換気ファンが目前に見えてきた。
「アル! 行くわよ!!」
「承知致しました!!」
スタート時より大幅に時間が経っているので、ナビアプリの設定はメチャクチャだ。予定していた経路は変わっているし、プロペラへの進入角度もあり得ない角度だ。
「イブキ様! 再設定致しましょうか!?」
「このままでいいよ!!」
アルフレッドの提案は間違いではない。AIにとって、1番効率の良い最善手を選ぶのが当然だ。ただし、イブキはそう考えてはいないようだ。
ナビアプリが示すとおりに、イブキは換気ファンに突入する。今回の進入角度は上からだ。重力操作でプロペラの動きを制御し、隙間を潜りぬける。潜り抜けると今度は地面が目前に迫るが、ほぼ直角に方向転換をして激突を回避する。
「流石です! イブキ様!!」
「あったりまえよー!!」
きりもみ回転をしながら猛スピードでダクト内を飛行するイブキ。
「アル!」
「? どうしましたか?」
「いつもの流して!」
「!! 了解致しました!」
オーダーを受けたアルフレッドは、早速音楽を再生する。お気に入りのロックバンドの曲が流れ始めると、イブキのテンションが上がる。
「Year!!!!」
飛行速度がさらにアップ。
あっという間に次の換気ファンにたどり着くが、その前に防火壁が立ちはだかる。イブキはまた防火壁に向けて手をかざし、手を握り締めた。
さっきの防火壁とは違って壁の真ん中だけが陥没し、栓を抜くように弾け飛んで穴が開いた。
猛スピードで穴を通り抜け、そのまま換気ファンに進入しようとするイブキ。
「イブキ様! この速度は早すぎます!!」
「大丈夫よ!!」
ナビアプリが示すオレンジラインに沿って、猛スピードで換気ファンに進入。問題なく潜り抜けると、ありえない飛行角度で曲がりくねっていくイブキ。
「すっ、すごい!!」
あらためてイブキの運動神経の良さを認識したアルフレッド。その後もイブキは飛行速度を緩めることなく、次々と換気ファンを潜り抜けていった――。
――最後の換気ファンに、ようやく辿り着いたイブキとアルフレッド。ここまで来れば手慣れたもので、一切の躊躇なく防火壁、換気ファンを突破。ダクトは上へと続いてる。
「イブキ様! あともう少しです! このまま上昇してください!」
「分かったわ!!」
アルフレッドの言葉を信じ、上昇していくイブキ。ナビアプリにも、出口までの経路と距離の情報が表示されている。距離の数値を見ると、ゼロへと近づいているのが分かった。
「見えてきた!」
出口付近に設置されている鉄格子を重力波で弾き飛ばし、突き抜けるとイブキは外の空気の壁を感じた。
外は思いの外寒く、春とはいえ夜になると気温がグッと下がる。身震いしたイブキが息を吐くと、顔を覆っていたフェイスシールドの中のモニターが曇る。
「前が見えないわ。シールドを解いて」
「はい!」
シールドが解かれると、顔に当たる冷気で開放感を味わう。
イブキは上昇するのをやめ、自分達が出てきた出口を見ると驚きの表情を見せた。
「あれって山? 山の頂上が出口だったの?」
イブキ達が出てきた通気孔の出口は、火山の火口のように見える。
「わざわざ山をくり抜いたの? かなり大掛かりな事をしたのね」
「…………」
イブキの問いかけに無反応のアルフレッド。気になったイブキはもう一度問いかける。
「アル? どうしたの?」
「……イブキ様はなぜ、ナビアプリを再設定せずにそのまま進んだのですか? ましてや、あの猛スピードで突入するなんて……」
「…………」
いつもなら、何かと注文をつけながらも、アルフレッドの言う通りにしていたイブキだ。だが、今回は少し違うようだ。
イブキは少しの間黙っていたが、ヘルメットを脱ぎ、アルフレッドを促す。それを察したアルフレッドは、球体バージョンに戻るとイブキの目を見つめた。
「……私はアルを信じてるの。アルはいつも私のためにいろんな事をしてくれる。だから、ちょっと条件が変わったからって、アルが作成したナビアプリなら絶対に大丈夫だって思っただけだよ」
「イブキ様……」
たとえAIでも、イブキにとってアルフレッドは大切な相棒だ。四六時中一緒にいれば、情も湧くといったそんな類いではない。もはや、なくてはならない存在なのだ。
「イブキ様、実は――」
「!!」
突然、眼下から大きな爆発音がした。
爆発音は通気孔の出口、いわゆる山の火口からだ。煙が立ちこめ、本当に火山が噴火したかのようだ。
「えっ? えっ? マジ噴火!?」
「まさか、そんな訳が……」
イブキとアルフレッドは冗談を言いながらも、大体の予想はついていた。イブキは溜め息を吐きながら火口付近を見ていると、やがて聞き慣れた声が響き渡ってきた。
「ぅぉぉぉぉおおおお!!」
雄叫びと共に飛び出してきたのは、やはりヴァンだった。全身真っ黒な姿で、周りをキョロキョロと見ている。
「!! そこにいたか!!」
ヴァンはイブキ達を見つけると、一目散に向かってきた。
イブキはギョッとして、即座に重力波を展開する。勢いよく向かってきたヴァンだったが、見えない壁に阻まれるように前へ進めなくなった。
「くっ、くそ!」
「重力操作で私に敵うわけないじゃん。自分でそう言ってたでしょ?」
通気孔の出口から噴き上がる煙、全身真っ黒なヴァンの姿を見たイブキは、引きつった顔で問いかけた。
「もしかしてあんた……換気ファンを全部壊してきた?」
「こっ、壊してない! お前らと同じように潜り抜けようとしたら……上手くいか…………」
後半の言葉は尻すぼみになったが『上手くいかなかった』と言いたいのだろう。
ヴァンの不貞腐れた姿を見ていると、イブキは我慢できずに吹き出した。
「プッ! アハハハ! あんた、ほんとバカね!」
「うっ! うるせえ!!」
顔を真っ赤にして叫ぶヴァンに対して、イブキは大笑い。2人の言い争いが始まってしまった。
「お前みたいな『怪力女』に言われたかねえよ!」
「はあ? これは重力操作ですぅ! ほんとバカで脳筋なのね!」
「なっ! なんだと!!」
「なによ!」
段々とエスカレートしていく2人に「やめてください」「落ち着いてください」の言葉をかけるアルフレッドだが、2人には全く通じない。
もう放っておこうと、呆れ始めたその時――
「!!」
アルフレッドにしか聞こえない、内部音声が鳴り響く。しかもその音は警告音だった。
アルフレッドは瞬時に液状化し、イブキの頭部に収まる。
「ちょっ! なんなの突然!」
「イブキ様! ラクシャに異常な生体反応があります! お気をつけ下さい!」
異常な生体反応? 顔を仮面で覆われたイブキは、仮面内側のモニターに注目する。
「……えっ? なっ、なによあれ?」
それは、ビル群の中に佇んでいた。
「黒い……なんだろう? 靄みたいなのがかかってるみたいだけど、人型に見えるよね?」
その物体の真横が見え、少し前屈みに立っていた。
「靄じゃないな。燃えてるような感じ? 黒い炎?」
ヴァンが自身のカルマ『千里眼』で見ても存在が不明確なようだ。ただ、周辺の高層ビルよりもかなり大きい物体なのは分かる。
「アル? あれって、メッチャ大きいけど、どれくらいか分かる?」
「推定で……500メートルはありそうです!」
「500!?」
とんでもない大きさである。突然現れた得体の知れない物体に、戸惑いを隠せないイブキ。
「あっ、あれは一体なんなの?」
「生体反応がありますので、あれは生き物です。しかも私が出した答えは……人間です」
「えっ!?」
アルフレッドの回答に絶句するイブキ。あれが人間だとは到底思えない。今まで正しい回答をしてきたアルフレッドだが、今回ばかりは間違いではないだろうか? そう思いたいイブキだった。
「あの黒いのが人間ですって?」
イブキが目を凝らして見ていると『黒い巨人』の顔の部分にあたる所が、こちらを見るように動きだした。
「うわ! 動いた!」
黒い巨人が今度は、体全体をイブキ達の方向へと向け出した。その動きは非常にゆっくりで、スローモーションを見ているようだ。
「なにっ!? ヤバくない!?」
「警戒してください! イブキ様!」
言い終わると同時に、黒い巨人の周りにボール状の物体が出現した。ボール状といっても、全長500メートルもある巨人に対しての大きさだから、1個はとてつもない大きさだ。それが複数に分かれ、規則正しい円を描いて配置された。
「高密度のエネルギーを探知! イブキ様! 迎撃態勢を!」
「っ!!」
全てのボール状の物体に黒い炎が付与され、一気に射出。イブキ達を目掛けて急接近してくる。
「ちょっ!! こんなの無理――」
「イブキ様ぁぁぁぁ!!」
黒炎の塊が、イブキ達に容赦なく襲いかかると、凄まじい熱気と閃光で大爆発を起こす。
その閃光は夜空を照らし、まるで真昼間の如く辺りを明るくした。そして、轟音がいつまでも止むことはなかった。
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