第20話 首都攻防戦②

 地下要塞『玄武』内のシェルターに案内されたイブキとアルフレッドは、ウェールズ親子との間に重苦しい空気が漂っているように感じていた。それは、イブキの両親がスミスの失踪に関与しているかもしれないという疑惑が原因だ。

 イブキとアルフレッドは濡れ衣だと思っているが、ウェールズ親子はどう思っているのか分からない……。

 それでも何か話さなければ……と思うイブキだったが、言葉が見つからなかった。


「……イブキさん? 少しお話ししませんか?」

「えっ!」


 思わず声が出てしまったイブキ。ミコトから声を掛けられて、焦った表情になってしまった。


「はっ、はい! こちらこそお願いします!」


 うわずった声に赤面しながらも、真剣な面持ちでミコトに顔を向けるイブキ。


「そんなにも畏まらないで。こっちが緊張しちゃうわ」


 ミコトは緊張を和らげようとしているのか、笑顔と柔らかい口調でイブキに諭した。


「……お茶でも飲みながら話しましょう」


 シェルター内にあるキッチンには、ある程度の食材が備蓄されているようだ。

 その中から茶葉を見つけると、ミコトは湯を沸かし始めた。そんな時でもイズミはミコトにべったりとくっ付いている。


「イズミちゃん。今は忙しいから、向こうで待ってて」


 ミコトの問いかけに、イズミは首を振って抗議している。


「アル、またお願い」

「畏まりました」


 アルフレッドは再び子犬へと変化した。


 鳴き声をあげながらイズミに近づいていくと、イズミはミコトの後ろに回り込んでしまった。


「あら? どうしちゃったのかしら?」

「むむっ、だめか……」

「くぅぅん」


 とぼとぼとイブキのもとへと帰ってきたアルフレッド。子犬の姿のまま、横になってしまった。


「あらら、すねちゃったわ」


 イブキはアルフレッドの頭を撫でてやった。


「ごめんなさいね。この娘は一度へそを曲げちゃうと、中々機嫌を直してくれないの」

「いえいえ。お気になさらず……」


 ミコトは苦笑しながらも、イブキの笑顔を見れて安心したようだ。


「主人と性格が似ててね、ほんと困った娘なの」


 ミコトはイズミの頭を撫でながら微笑んでいる。


「あの……。ご主人のことですが、さっきの大佐の話しをどう思ってますか?」


 イブキは恐る恐るミコトに問いかけた。

 お茶の準備をしながら、ミコトは少しの間黙っていた。


「ちょっと待ってね。先にお茶の準備を済ませるわ」

「はっ、はい……」


 ミコトは、シェルター内の休憩スペースにあるテーブルの上にお茶のセットやらお菓子、ジュースを置いていく。


「さあ、どうぞ座って」

「……はい。ありがとうございます」


 ミコトに促されて座ると、目の前のお菓子を見て思わず唾を飲み込んだ。


(そういえばお昼から何も食べてなかったな……)


 ミコトが急須で湯呑みにお茶を注ぐと、香ばしい香りが広がり、心が落ち着くような気がした。


「熱いから気をつけてね」

「ありがとうございます」


 柔らかな湯気が立ち込める湯呑みを手に取り、息を吹きかけてひと口だけお茶を啜る。すると、お茶の熱気が全身を巡り、イブキは緊張がほぐれるような気がした。


 ミコトはイズミのためにコップにジュースを入れている。イズミは相変わらずミコトの後ろに隠れて顔を出さない。どうやらミコトの背中側に椅子を置いて、ジュースを飲むようだ。


「イズミ、こぼさないでね」


 イズミは頷くと、コップを持ってミコトの後ろに座った。ミコトも湯呑みを手に取り、ひと口だけお茶を啜ると、ホッと一息ついた。


「……アカツキ大佐の話しは、あなたと会う前から聞いていたわ。けど、本当の事かどうか分からないし、なかば半信半疑で聞いていたの」


 テーブルに置いた湯呑みを両手で添えながら、じっと見つめるミコト。


「けど、あなたがご両親のことを信じて疑わない姿を見て、少し気持ちが変わったの。娘にここまで言わせることの出来るナガト夫妻は悪い人じゃないだろうって……。だから信じてみようかなって思ったのよ」


「ミコトさん……」


 ミコトはイブキに笑顔を見せてくれた。


 ついさっき、初めて会ったイブキに対して信頼を寄せてくれるミコトの人柄に、イブキは感謝の想いで一杯になった。


「ミッ! ミコトさん!」


 イブキは突然立ち上がると、ミコトに真剣な眼差しを向けた。

 突然の出来事に驚き、目を丸くするミコト。


「えっ? どっ、どうしたの?」


「私が必ずご主人を! スミスさんを見つけてみせます! 任せてください!」


「はい?」


 ミコトは面食らった表情で、返事を返すことしか出来なかった。


「私はこう見えても、ギルドでは高い案件達成率を誇っていましてね! 依頼を受けたからには、必ず依頼どおりの結果を出す! そう心がけてやってきました!」


 目をパチパチさせながら、イブキの話しを聞くミコト。反対にイブキは鼻息荒く、興奮した様子で過去の案件を思い出しているようだ。


「大佐が依頼主っていうのが気に食わないけど! 受けたからには必ずやり遂げてみせますんで!」


 前のめりになって主張するイブキ。それを見ていたミコトは、しばらく呆然としていたが……。


「ふふ。分かったわ。あなたにお任せします。」


「ありがとうございます!!」


 イブキは両手でガッツポーズをとり、無邪気に喜んだ。


 ミコトは微笑を浮かべながら見ていると、後ろで隠れていたイズミがイブキをじっと見つめていた。


「あら? 珍しいこともあるわね」


 ミコトはイズミの頭にそっと手を添え、優しく撫でた。撫でられたイズミの表情は無表情で、手に持っているジュースを一口飲むだけだった。


「ふふ。良かったわね、イズミ」


「えっ? 何か言いました?」


 話しかけられたと勘違いしたイブキが、ミコトの方を向くとイズミと目が合った。一瞬、「また怖がられる!」と思ったイブキだったが、なぜかイズミはイブキのことをじっと見つめている。


(うわ〜、なんか怒らせた?)


「えっと〜、イズミちゃん? どうしたのかな〜? 私の顔になんか付いてるのかな〜?」


 怖がらせないように、極力笑顔で話しかけるイブキ。少しにじり寄ったイブキに反応したイズミは、またミコトの背後に隠れてしまった。


(むう……。どう接したらいいのか分からん)


「ふふ。大丈夫よ。恥ずかしがってるだけだから」


「へっ? ……そうなんですか?」


 イブキからすると、とてもそうには見えないが、よく見るとイズミの頬がほんのり紅潮していた。


「とっ、とにかく! 急いでラクシャまで戻らなきゃ! アル!」


 まだ子犬の姿だったアルフレッドは、ぴょんっと跳ね上がると元の姿に戻った。


「アル! すぐにラクシャへ向かうわよ!」


 アルを急かすイブキ。だが、アルフレッドは落ち着いた雰囲気で佇んでいる。


「!? ちょっと! なに落ち着いてるのよ! 早くこのシェルターから出れるようにしてよ!」


 イブキに迫られても、アルフレッドは身じろぎもしない。そんなアルの姿を見て、イブキは益々苛立ちを露わにする。


「アル! いいかげんに――」

「イブキ様、もう着いています」


「えっ?」


 イブキの言葉を遮り、アルフレッドは突拍子も無いことを言い出した。イブキは一瞬、このAIは何を言い出すんだ? と困惑し、とうとう壊れたかと思ったのだが……。アルフレッドは今まで軽はずみな発言はしてこなかったし、どちらかといえば正しい回答をイブキにしてきた。


「ちょっ! 着いてるって、どうゆうことなの!」


「こちらをご覧ください」


 アルフレッドは二眼を光らせ、映像を映し出した。その映像には、ラクシャを上空から見下ろす映像が映っていた。


「これはある衛星から映し出された現在のラクシャです。そして更に、拡大した映像がこちらです」


 夜間にも関わらず、鮮明に映し出された映像を見ると、海上を猛スピードで進む物体が見えた。その周りにも動いてる物体が見えるが、よく見ると船だということが分かる。そして、何よりもその物体を際立たせているのが大きさだ。


「なんか物凄くデカイのが猛スピードで進んでるんだけど……なにこれ?」


「……これは、島です」


「へっ?」


 アルフレッドがまた訳の分からないことを言い出したと思っていると、映像が更に拡大された。拡大されたその物体をよく見ると、たしかに島だった。その瞬間、イブキはあるひとつの答えが脳裏に浮かび、その島を指差した。


「ちょっとまって! この島って、もしかして今私たちがいるこの地下要塞?」


「そのとおりです!!」


「えええええええええ!!」


 イブキは目を見開いて、思わず大声で驚いた。その声に驚いたイズミが、慌ててミコトの背後に隠れた。


「あっ!」


 イズミが驚いたことに気づいたイブキは、慌てて弁明する。


「あわわわ、ごめんね! 思わず声が出ちゃって!」


 イズミが顔を出してくれない。


 しまった……と後悔するイブキ。けれども、ミコトがイズミの頭を撫でて落ち着かせると、笑顔でイブキに合図を送ってくれた。


「すみません、ミコトさん」

「いいのよ。話を続けて」


 イブキは頷き、アルフレッドに向き直ると、あらためて聞き直した。


「まさか、この島が動く要塞だったなんて……。アルは気づいてたの?」


「……半信半疑でしたが、確信を得るまでに時間がかかりました」


 時間がかかった? イブキはアルフレッドのハッキング能力が超一級なのを誰よりも知っている。その気になれば世界中のネットワークを支配し、コントロールすることも可能なのだ。そのアルフレッドを手こずらせる程のシステムが、この要塞には搭載されているのか……? 

 イブキは疑問に思いながらも『確信を得た』とのアルフレッドの言葉に満足はしていたのだが……。


「まあいいわ。とにかく急いでラクシャへ向かうわよ。さっきの『緊急招集』っていうのも気になるし……」


「承知いたしました!」


 アルフレッドはぴょん! っと跳ね上がって液状化すると、球体から流線型のヘルメットに変化しながらイブキの頭部に収まっていく。


「ミコトさん……いってきますね」


 イブキはサムズアップをして、笑顔をミコトにむけた。


「いってらっしゃい。無理はしないでね」


 ミコトもサムズアップをしてイブキを見送る。すると、イズミがミコトの背後から顔を覗かせて――――サムズアップをした。


「きゃあああ! かわいいぃぃ! イズミちゃんありがとう!」


 イブキは大喜び。


 顔を真っ赤にして、ミコトの背中に顔を埋めるイズミの仕草が更に可愛さを増していく。


 ミコトは、その行動に驚きつつも内心は大喜びだった。

 

 極度な人見知りの娘が、イブキに対しては今まで見せたことのない表情、仕草で反応している。生まれた時からあまり感情を表に出さず、無表情の娘の将来を気にはしていたが、この様子だと期待が持てそうだ。


「アル! いくよ!」


 イブキの掛け声と同時にシェルターのドアが開錠される。イブキは少し顔を出してシェルターの外を覗くと、誰もいないことを確認した。


「誰もいないね……。私達が逃げ出さないとでも思ってるのかな?」


 イブキは周りを伺いながら、ゆっくりと足を進める。


「この要塞の監視システムを信用してるのでしょう。どこに隠れても、見つかるシステムみたいですから……」


 アルフレッドの言い方だと、とっくの内に自分達は見つかってるんじゃないか? 


「じゃあ、私達はまだ見つかってないみたいだけど……なぜ?」


 当然の疑問を抱いたイブキは、すぐにつっこみをいれる。


「それは……。今は協力してもらっているので、大丈夫なのです」

「協力?」


 さらに疑問を抱かせる言い方をするアルフレッド。ハッキングで支配しているなら分かるが、協力なんて……どういうことだ? と困惑するイブキにアルフレッドは話題を変えてきた。


「それよりも今はここを出ましょう。ナビゲートします」


 納得のいかないイブキだったが、仕方なく応じることにした。


 アルフレッドは一部分を仮面のように変形させ、イブキの顔を覆った。イブキの視界には、電子映像化された風景が映し出され、壁の向こう側や上階にいる人間まで把握できるようになっていた。そして、正面には赤い一筋のラインが見えていた。


「この赤いラインを辿っていけばいいってことね?」


「そのとおりです。要塞の外に出る最短ルートを示しています」


「了解!」


 イブキは赤いラインに従い、要塞の奥へと進んでいった。



◇ ◇ ◇ ◇



 ――――時間は少し遡る。


 首都ラクシャに数多く存在する高層ビル。その中のビルの屋上に3人の男達がいた。


 1人は全身黒のスーツを身に纏い、夜なのにサングラスを掛けていた。


「イブキ! ちょっと待て! あっ! 切られちゃった……」


 イブキと通話をしていたギルドの社長だった。社長は少し落胆しながら扇子を内ポケットから取り出し、扇ぎながらラクシャの夜景を眺めた。


「……ンドゥクちゃん? まだ、そいつ起きないの?」


「……さぁ? 死んでるんじゃないですか?」


 ンドゥクは目だけを動かして、素っ気ない返事をした。社長とは対称的な全身白のスーツを身に纏い、褐色の肌と黒髪が際立っていた。そして、顔立ちは黒豹を連想させる獰猛な顔をしていた。

 

「やめてよぉ〜。まだ死なれちゃ困るんだから!」


 やれやれといった感じで呆れるンドゥク。仕方なく社長が指摘した男の方へと、音も立てずに近づいた。

 男は目に見えない十字架に張り付けられる様に、両手を広げて空中で静止していた。なぜ? と問われれば、それはンドゥクの『カルマ』の能力によるものだろう。

 ンドゥクは男の前で立ち止まり、右手を前に差し出した。


「いいかげん目を覚ましてください」


 親指と中指を合わせて弾くと乾いた音がした。その音に一瞬身震いした男は、小さく呻き声をあげながら目を開いた。


「うぅ……こ、ここは?」


 男は自分の置かれている状況をひとつずつ確認しながら、意識を覚醒していく。


「やぁ〜。やっとお目覚めだね、スミス・ウェールズ君?」


 張り付けにされていたのはスミスだった。サングラスを掛けた男を見て、眉根を寄せるスミス。

 こいつは誰だ? スミスは自分の記憶を辿ってみるが見覚えがない。

 スミスの反応を見た社長は、サングラスに手を掛ける。


「あぁ。このグラサンをかけてるから分からないんだね?」


 社長はサングラスを少しずらした。


 スミスは目の前の男が見せたものを見て、あるひとつの単語を思い出した。


「……『ヴァローナ』か」


「ご名答! 良く知ってるね?」


 スミスはため息をつくと社長を睨んだ。


「ジレーザ帝国の諜報機関がなぜこんな所にいるんだ? わざわざ私を追いかけてきたのか?」


 スミスはジレーザ帝国から亡命する時に、一度だけヴァローナの諜報員と遭遇したことがある。任務のためだったら、どんな手段でも実行する危険な奴等だ。


「半分正解と言っていいかなぁ? 任務遂行のために君が必要になった……とでも言っておくよ」


 扇子をスミスに向けて扇ぐ社長。


 眉間にしわを寄せて不快感を露わにするスミス。


「私はお前らの言いなりになんかならないぞ! 私を解放しろ!」


 スミスは拘束から逃れようと、体を動かすが全く動いていない。


「無理無理無理〜。ンドゥクちゃんのカルマは強力なんだから〜」


 社長は不敵な笑みを浮かべながら、ンドゥクに目配せをする。

 

 ンドゥクは手の平を見せると、その上から物体を瞬時に出現させた。


「そっ! それは!」


 驚愕したスミスが目にした物は、無色透明の液体が入ったアンプルだった。


「なぜそれを持ってるんだ! 社内で厳重に保管――」


 そんな理屈など、目の前の奴等には通用しないことにスミスは気付き、途中で言葉を止めた。


 扇子を扇ぎながら社長は、また不敵な笑みを浮かべた。


「この薬品は成長を促進する効果があるそうだね? 主に植物や動物などの遺伝子操作をするために」


「なぜ知ってるんだ!? それはナガト博士と私で共同開発した薬だ! それを知っている者はいないはずなのに!」


 社長は扇子で顔を半分隠して笑い始めた。誰が見ても狡猾な笑いだと分かるぐらいに……。


「くっくっくっ。そのナガト博士ってこれかい?」


 社長が指を差した方には、ンドゥクがいる。


 ンドゥクは、ため息を吐きながら瞬時にナガト博士に変わった。


「えっ!?」


 スミスは絶句した。


 しばらくの間スミスは目を見開いたままだったが、体が震えだすとみるみるうちに怒りの形相へと変わっていった。

 社長は扇子をすぐさま閉じると、口角を上げながらアンプルに手を伸ばした。


「怒るまえに、この薬をどうするかに集中したほうがいいよ。ただ盗むだけだったら誰でもできるでしょ?」


 社長がアンプルに手をかざすと、無色透明だった薬品の色が黒く染まっていった。


「ななっ、なんなんだ? こっ、今度は手品でも見せるのか?」


 スミスは精一杯の虚勢をはる。


「手品よりももっと凄いエンタメショーを見れるよ? ……あっ! 君は見せる方だったね」


 不敵な笑みをこぼした社長は、ンドゥクに目配せをする。すると、ンドゥクの手の平に浮かんでいたアンプルが、瞬時のうちに注射器に変化した。


 スミスに戦慄が走る。


「なっ、なにをするつもりだ! まさか、それを私に打つつもりか!?」


「正解! 頭冴えてるね~」


 社長は顎で合図をすると、ンドゥクはスミスの腕に注射針を刺した。


「うわああああ! やめろおおおお!」


 スミスは絶叫した。そして絶望した。


 薬品が入り込む感触が腕に伝わる。徐々に刺された部分が熱くなり、その熱が全身へと一気に駆け巡った。


「あああああああ! うぐぅぅぅぅぅぅ!」


 スミスの体に変化が現れる。血管が黒く変色し、全身に広がっていった。そして、筋肉や目や爪など、スミスの体が黒く変色していく。


「……今度はうまくいきますかね?」


 ンドゥクは過去に何度か見た光景と見比べながら、変わった変化がないか探っているようだ。


「う~ん、五分五分かな~? ……けど、今までの奴らよりかは素質はあるんじゃない? なんせあの『ノーリ村』出身だしさ」


 スミスの絶叫を見る二人は、スポーツ観戦をするかのように事の成り行きを楽しんでいた。


 スミスの絶叫は鳴り止まない――。


 まるで何かの始まりを告げるかのように――。

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