第18話 疑惑の証明

 ――地下要塞基地『玄武』に到着してから、早2時間あまり。ここまでの事を振り返ると、イブキにとっては濃密な時間だった。

 レイ・アカツキ大佐が実は両親と知り合いだったこと。両親と出会う経緯から、隠されたファイルが見つかり、動画ファイルを通じて知らされた異能力『カルマ』について……。

 今まで知り得なかった情報を全て詰め込まれ、頭の整理がつかないところへウェールズ氏捜索の依頼者がなんとレイ・アカツキ大佐だったという事実――。


 何を信じ、何を疑うかの取捨選択に迷うイブキだったが、レイ・アカツキ大佐とウェールズ氏との関係を知ってから決めれば良いと思うのだった。


「……レイさんが私を指名したの何故ですか? ウェールズ氏とはどういった関係なのか、是非ともお聞かせいただきたいですね?」


 レイという人物の今までの言動からすると、回りくどい事は嫌いなはずだ。ならばストレートに聞いたほうが、得策だとイブキは判断した。


 質問の仕方が気に食わないのか、リサ・キサラギ大尉は不満気な表情でレイの座るソファーの後ろからイブキに視線をぶつけてくる。

 ヴァンはというと、この話しに興味が無くなったのか、腕時計の端末から浮かび上がったホログラムを見て何か調べているようだ。

 

 一方のレイは落ち着きはらった表情で、イブキを正面から見据えていた。その紅い瞳で見つめられると、吸い込まれるように一歩も動けなくなる。カルマの影響なのか、それとも生まれ持ったものなのか……。おそらく両方だろうとイブキは勝手な想像をしていた。


「我々はある人物を探している。その人物とウェールズ氏に繋がりがあるのが分かってな……。しばらくの間ウェールズ氏をマークしていたんだが、行方をくらましてしまった」


 行方をくらましたと聞いて、イブキは依頼内容の一部を思い出す。


「たしか、バイオテクノロジー関連の開発企業で何かの責任者をしてた筈……。その事と何か関係が?」


「……うむ。その話しの前に見てもらいたいものがある。付いてきてくれ」


 レイはイブキの返答を待たずにスッとソファから立ち上がると、軽快な足取りで扉へと向かう。


「ちょっ! なっ、何ですか!?」

「付いてくれば分かる」


 レイは後ろも振り向かずに扉へと歩いていく。扉には先程までレイの後ろに控えていたリサが、いつの間にか扉を開けていた。


「! いっ、いつの間に」


 驚くイブキに気にも止めないリサは、部屋を出て行くレイの後を付いていく。


「イブキ様! 我々も行きましょう!」

「あっ! 待ってよアル!」


 ぴょんぴょんと跳ねながらアルフレッドが飛び出すと、慌ててイブキが後を追いかける。


「えっ!? ちょっと待って! 俺も行くよ!」


 ヴァンも慌てて部屋を出ていった。



◇ ◇ ◇



 宮殿のような司令部内を、しばらく歩くと中庭が見えてきた。その中庭には、花畑といえる程に色とりどりの花が咲いていた。


「本当にここは地下なの? 信じられないぐらい花が咲いてる」


 感嘆の声をあげるイブキが見渡していると、花畑の中心に2人の人影が見えた。どうやら女性と子供のようだ。その2人に向かってレイはズカズカと歩いていく。


 レイがその2人に近づくと、お互いに何か話しをしているようだ。そして、レイがその2人を連れてくると、顔がはっきり見える距離まで来た時にイブキはふと気づいた。


(この2人、どこかで見た気がする?)


「……イブキ様、この方達はウェールズ氏の?」

 アルフレッドの言葉でイブキは思い出した。


「あっ! たしかウェールズ氏の自宅で見た写真の人?」

 イブキは写真を思い出しながら、2人の姿を確かめた。

 間違いない写真の2人だ。


「紹介しよう。ウェールズ氏の奥様と、そのご息女だ」


 レイに紹介されたウェールズ氏の妻は、少し困惑しながら会釈をした。


「はじめまして、『ミコト・ウェールズ』と申します。そして、娘の『イズミ・ウェールズ』です」


 自己紹介をしたミコトは、セミロングの黒髪に中肉中背で30代半ばといったところか。ただ、少しやつれているように見える。イズミはミコトの後ろに隠れ、顔を半分だけ覗かせてジッとこちらを見ている。顔を隠してはいるが、ツインテールの髪型なのは間違いない。おそらく4歳か5歳ぐらいだろう。


「すみません、人見知りが激しくて……。ほら、ちゃんと挨拶して」


 イズミは余計に顔を隠してしまった。


「いえいえ、気になさらないでください」


 イブキはアルフレッドに目配せをすると、アルフレッドは自らの筐体を変化させた。みるみるうちに子犬に変化し、愛らしい表情で尻尾を振りながらイズミに近づいていった。


「……」


 警戒していたイズミだったが、子犬の仕草を見るうちに硬かった表情が和らいだ。イズミは手を子犬の前に差し出すと、ペロッと舐められたことに、こそばゆい表情をしながら子犬の頭を撫でた。


「良かったわね、イズミ」


 子犬を可愛がるイズミを見て、ミコトの表情も和らいだ。


「ありがとうね、お嬢さん。……ところであなたのお名前は?」


「あっ、私はイブキ・ナガトです」


 イブキの名を聞いたミコトは、目を見開いて驚きの表情を見せた。


「もしかして、ナガト博士の娘さん?」


「そっ、そうですが……」


 ミコトの反応に困惑するイブキ。


「私の両親を知っているんですか?」


 ミコトは少し考えた後、レイの方へ視線を向けた。


「構わないですよミコトさん。あとでどうせ分かることですから……」


 レイの返答を受け、ミコトは「分かりました」と答えると、イブキの方へ視線を戻した。


「あなたのご両親……ナガト博士とお会いしたことはありません。ただ……」


 ミコトは一呼吸置くと、言葉を続けた。


「私の夫であるスミス・ウェールズとは連絡を取り合っていたようです」


「えっ?」

 

 イブキは心臓の高鳴りを感じ、ほんの一瞬だけ息が詰まった。


「そっ、それは一体どうして? なぜウェールズ氏と連絡を?」


 イブキにとっては降って湧いたような話しだ。驚くのも無理はない。だが、何か引っかかるような気がする……。


「ごめんなさい。それは私も分からないのです……。非常に高度なセキュリティが施された、ネット上のトークルームで対話をしていたようです。しかも、トーク履歴は残さない徹底ぶりで……」


 ミコトは申し訳なさそうにしている。


「もしかして……私を指名した理由って、この事が理由?」


 イブキの指摘に、レイの眼光が鋭く突き刺さる。


「そのとおりだ。ウェールズ氏とナガト博士の関係を調べていくと、秘匿性が高くて情報が乏しい。……ならば、娘である君と接触する事で何か分かるのでは……と思った訳だ」


「……私を疑っている?」


 レイの表情は変わらない。こちらが牽制することで、相手の表情を読み取ろうと思ったイブキだったが……さすがに簡単ではなかった。


「ふん! 全て疑ってかかるのが私の仕事だ。その上でウェールズ氏と接触できれば儲けものだと思っていたが……当てが外れたな」


「私を試したって事ですか?」


 イブキの問いかけに、レイはうっすらと笑みを浮かべるだけだった。沈黙は肯定だとイブキは解釈した。


「一体ウェールズ氏は何者なんですか? 私の両親と関係があって、軍が彼の捜索に動くなんて、絶対に訳ありでしょう?」


 側からみればウェールズはただの研究者だ。その研究者に多くの人間が関わっているのは何かあるはずだ。


「奥様、構わないですね?」

「はい。お話しください」


 ミコトから承諾を得たレイは「感謝します」と一礼し、話し始めた。


「スミス・ウェールズはジレーザ帝国出身だ。……だが、今は我が国に亡命し、ナユタ国民になっている」


「えっ!? 亡命者だったんですか? 言われてみれば少し顔立ちが違うなと思ってたけど」


 まさか亡命者だったとは気が付かなかった。


「ジレーザ帝国は国土が広く、他民族国家だ。比較的ナユタ国に近い地域で生まれたから顔立ちは似てるんだろうな」


 写真で見た印象では、苦労してそうな顔だったが、納得のいく生い立ちだとイブキは思った。


「彼はジレーザ帝国の一流大学で遺伝子工学を学び、第一人者と呼ばれる程の地位を確立していった。だが、巨大隕石の落下事件以降、国内の様子が変わったようだ」


 亡命の理由とは、政治的迫害、弾圧によるものが多いが、果たしてウェールズはどんな理由で亡命したのだろうか?


「彼は亡命を決意し、このナユタ国へ辿り着いた。彼の亡命を、受け入れるのに出した条件は、彼の技術力の提供と――――ジレーザ帝国の情報提供だ」


 亡命を受け入れる条件としては妥当か。こういった取り引きが行われ、ライバル国との水面下の戦いが繰り広げられている。とうぜん相手も人材流出を恐れ、防ごうとするのだが……。


「お互いの利害が一致し、ウェールズ氏はナユタ国民となった。やがて奥様と出会い、結婚をし、家族もできた。だが、順風満帆だった生活に陰りが見えてきた」


「陰り……ですか?」


「はい。その頃から主人と、ナガト博士との交流が始まったようです」


 その頃を良く知るミコトが、話しに割って入る形となった。イブキに気を使って話してるようにも見える。


「交流が始まった当初は、『あの人は天才だ!』『知り合えて光栄だ!』と賛嘆していたのですが……しばらくすると、主人の様子が変わっていきました。思い悩む表情をしたり、無口になる事が多くなりました」


 やがてウェールズ氏は失踪。失踪理由が分からないまま、現在に至っている。


 イブキは複雑な気分だった。今までの話しを聞く限りでは、両親がウェールズ氏の失踪に関与している可能性がある。しかし、それを否定する気持ちも当然ある。


「ウェールズ氏失踪後、この事案は私が担当する事になった。その理由は……ウェールズ氏が研究開発していたバイオテクノロジー技術の一部が流出。ジレーザ帝国で軍事転用されている事が判明したからだ」


「流出! 軍事転用ですか?」


 流出したということはーーウェールズ氏が、もしくは現状から見るとナガト博士もジレーザ帝国と繋がっている可能性も出てきた。


「そうだ。国防に関わる事案だからな。……正直なところ、ナガト夫妻には容疑がかけられている」


 イブキは茫然とするしかなかった。そんな事はないと否定しつつも、不安な気持ちで一杯になった。レイ達の視線が、今となっては突き刺さるように痛い。


「私はすぐさま奥様とご息女を保護し、この地下要塞に匿ったのだ。ちょうど君が、ウェールズ氏の自宅に着いた時だな」


 ヴァンと数名の軍人がいたのは、そのためだったのか……。イブキは一つずつ繋がっていくのを感じた。


「その後のことは、説明せずとも分かるな?」


「……はい」


 イブキはそれ以上、何も応えることが出来なかった。反論したい気持ちはある。けれど、親の無実を証明できるものがない現状では、何を言っても無意味に思えてしまう。

 

 ここに来たのは必然だったのだ。すべてはレイ・アカツキ大佐が準備をし、思惑どおりに連れて来られてしまったのだ。


「ナガト博士達は無実です!」


 突然の一声に、全員が声の方へ顔を向ける。すると、アルフレッドが元の球体に戻っていた。


「ナガト博士達に限って、そんな事は絶対にしません!」


 アルフレッドの突然の叫びに、イズミが驚き震えている。


「ほほぉ……。ではどうやって証明するのだ?」


 レイは冷ややかな目で、アルフレッドを見下ろす。さっきまでは、レイの視線に恐れていたアルフレッドだが、今は違う。


「私のハッキングで出来ないことはありません! 必ず証拠を見つけ出してみせます!」


「アル……」


 イブキは忘れていた。この相棒は、いつもイブキが窮地に立たされた時、必ず守り、活路を見出してくれていた事を……。

 イブキはアルフレッドの言葉に勇気づけられた。


「そうよ! 私の両親は誰かが不幸になることなんて絶対にしない! だって、その事を1番分かっているのは私なんだから!」


 レイはイブキの啖呵を聞き、口角を少し上げて紅眼を輝かせた。


「ふん! おもしろい! ならば――」

「「――――っ!!」」


 突然、サイレンのような警告音が鳴り響いた。


「何事だ!?」


 リサ・キサラギ大尉はすぐ様、腕時計の端末に話しかけていた。端末から声が聞こえる。


「首都『ラクシャ』より緊急招集の連絡! 軍規に基づき、第二種戦闘配置につきます!」


「レイ様!」


「構わん。総員、ただちに首都へと向かう」

「はっ!」


 返事と共にリサの姿は一瞬にして消えた。中庭から本部内を見ると、突然の事態に人が慌ただしく動いている。


「イブキ……話しの続きはまた今度にする。ヴァン曹長!」

「はっ! はいー!」


 突然呼ばれたヴァンは、声を裏返しながら急いで直立した。


「イブキ・ナガト、ウェールズ親子をシェルターにお連れしろ。その後は貴様も第二種戦闘配置だ」


「はっ!」


 レイは華麗に踵を返すと、颯爽とその場を去っていった。ただ一瞬――紅眼の僅かな揺らめきをイブキは見逃さなかった。


「今のは一体……?」


 レイの後ろ姿を見ながら、違和感を感じるイブキだった。

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