第16話 カルマ

 ――『カルマ』


 シンから告げられた。

 

 異能力のことを『カルマ』と……。


 疑問には思っていた。この異能力は一体何なのか? なぜ自分がこの異能力を使えるのか? だが、何度問いを繰り返しても答えは出なかった。

 その答えを、父親のシン・ナガトが出してくれるとは思いも寄らずに……。


 ホログラム動画のシンは、淡々と話しを進めていく。


『17年前、ジレーザ帝国に巨大隕石が落ち、僕とルナは調査隊に選ばれたが何ら結果を得ることが出来なかった。しかし、僕たちは独自でジレーザ帝国の各地を調査し続けていく内に、北部に位置する山深い村『ノーリ』を発見したんだ』


 その村と、異能力のことに一体何の関係があるのだろうか? イブキ達は疑問に思いながら、無言でシンの話しを聞く。


『ノーリ村では古くからからの言い伝え……。伝説が残っていたのだが、実に興味深い伝説だった』


「伝説だと?」


 レイは思わず声に出してしまった。


『ジレーザ帝国が建国されるよりも遥か太古の昔、超古代文明が存在していたそうだ。その文明は現代よりももっと科学が発達していて、人々の知能もかなり高かったようだ』


「――――」


 皆が沈黙する。


『その超古代文明の名は――。『アナンダ』――幸福という意味だそうだ』


「あなんだ?」


「イブキ様、アナンダです。ア・ナ・ン・ダ」


 イブキの発音がおかしかったようだ。アルフレッドがすかさずフォローする。


「アナンダ? そんな古代文明など聞いた事が無いな……」


 首を傾げながら、リサに目配せをするレイだが、リサ本人も知らないようだ。


 ヴァンは早速、自分が持つ端末で検索をしているようだが「そんなの載ってないなー」と呟いている。


「ジレーザ帝国は秘密主義ですからね。情報を隠しているのかもしれません」

 アルフレッドも解析を行っているが、アナンダの情報は拾えないようだ。


『この伝説で語られるアナンダ文明の人々は、不思議な力を持っていた。そして、その力を持って文明の発展に大きく貢献したようだ。その力こそが、カルマだ』


 シンが話し終えると、ルナが一歩前に出てきた。


『ここからは私が話すわ。――カルマとは『行為』っていう意味なの。ナユタでは『業』って言ってるわね。過去に行なった行為は、その善し悪しによって未来の結果が変わってくるっていう考え方なの』


 ルナがホログラムで表示した図解を使って説明を始めた。


『アナンダ文明の人々は、カルマ=行為に重要な意味を持っていた……。なぜか? 彼等は自らが行なった行為から得られる結果の過程には、何か見えない大きな力が働いていると信じられていたの』


 ホログラム動画のルナの表情が、次第に真剣なものに変わっていく。


『彼等はその見えない力を信じ、感じとって具現化させることができた。まさしく今、イブキ達に発現した能力が、アナンダ文明の人々と同じ『カルマ』ということになるの』


「なんだと?」

「えっ? どうゆうこと?」


 イブキとレイが同時に驚いた。2人は疑問に思ったのだ。そんな太古の昔の能力が、なぜ自分達に……。


『けれど、カルマの仕組みを知ったところで能力を発動できるかは別問題。カルマを教えた……いや、目覚めさせた人物がいたの』


 金縛りにあったように、全員が身動きひとつせずに次の言葉を待つ。


『その人物とは――『サダルマ・プンダリカ・アスラ』――アナンダ文明の女王よ』


「――――!」

「女王!?」


 衝撃を受けたイブキ達。


 シンとルナから明かされたカルマとアナンダ文明、そして女王アスラ――。


 その後は、文明が興ってから滅亡するまでの伝説が語られた――。



◇ ◇ ◇



 アナンダ文明が興った年代は、およそ四千年前。現在のジレーザ帝国の最北端に存在していたとされる。この地は当時から極寒の地で、何ヶ所かの集落が存在していたが、狩猟を中心に僅かな人々が暮らしていた。

 

 その一つの集落から、不可思議な力を使う少女が現れた。

 

 その少女は白い大地に溶け込むような白い髪、白い肌の持ち主で、さらに白銀の眼を持っていたという。

 

 少女は不可思議な力=カルマを使って、極寒の風雪に耐える建物を建造した。海からは大量の魚を浮かばせ、山からは多くの獣をその力で引き寄せ、捕獲して人々に与えた。

 

 少女は人々に農業を教え、自給自足ができるようになると、人々の心田に『原種=オリジン』を植えて、カルマの使い方を教えた。その種がやがて芽吹き、成長すると1人、また1人とカルマが使えるようになっていった。

 覚醒した人々は知能も格段に上がり、点在していた集落が集まると、組織が形成されていった。そして、国家が出来上がった。

 

 アナンダ文明の始まりである。


 原種=オリジンを分け隔てなく与え、多くの人々にカルマを教えた少女を人々は女王として推挙した。そして、尊敬の念を込め『サダルマ・プンダリカ・アスラ』(不思議な白い花のアスラ)と名付けた。


 アナンダ文明は目紛しく発展していった。


 インフラが整備され、極寒の地でありながら住まいは暖かく、灯りが途絶えることはなかった。食糧は豊富に揃い、飢えで苦しむことも無い。官公庁も組織、設置され、現代と変わらない文明を築いていたが、それはすべてカルマの力で実現した社会だ。

 また、そこで暮らす人々はカルマを活用し、超人の如く進化していた。


 栄華を極めるアナンダ文明を侵略しようと、各地から侵略者がやってきた。だが、アスラのカルマの力によって、結界を張られたアナンダ文明の領土には誰も入ることが出来なかった。

 それは侵略以前の問題であり、アスラが許した者しか入国することが出来ないのだ。そして、カルマを極めた者達は屈強な戦士としてアスラを護り、領土の拡大に大きく貢献していった。

 

 アスラは心優しい人物だった。アナンダ文明の人々を家族として徹底して守った。

 

 アスラは聡明な人物だった。人々を導き、知識を与え、誰一人見捨てることはなかった。


 アスラは恐ろしい人物だった。アナンダ文明を脅かす者――侵略者には徹底的に応戦し、容赦しなかった。


 やがて人々は、決して折れない心の持ち主のアスラに対する畏敬の念、畏怖の念を込め――『鉄壁の女王』――と呼ぶようになった。


 平穏な時代が続いたアナンダ文明。


 建国千年を迎えたアナンダ文明は――。



 

 突如滅亡した――――。



 

 巨大地震による地殻変動で沈没したという説……。


 大津波に襲われて、すべて流されたという説……。


 神々の怒りを買い、神の雷槌ですべてを焼き尽くされたという説……。


 諸説あるが、滅亡した原因は分かっていない。伝説として語り継がれてはいるが、アナンダ文明の遺跡や遺品などは何一つ見つかっていないからだ。


 アナンダ文明は存在していたのか?


 それを探す手がかりは残ってはいない。けれども、ノーリ村にはこんなことも語り継がれている。


 建国千年を迎えたアナンダ文明には、女王アスラはいまだ存在していた。カルマの力で不老不死を得たのか……。

 再びカルマの力がよみがえった暁には、アスラは目覚め、アナンダ文明が復興されるだろうと……。



◇ ◇ ◇



 ――静まり返った応接室。


 シンとルナから明かされたカルマの力と、原点となる女王アスラとアナンダ文明。


 イブキ達は、自分達に発現したカルマの正体を知り、複雑な思いにかられていた。

 確かにこのカルマの力をもってすれば、強力な武器となり、世界を支配できるかもしれない。人間兵器として、一気に世界のパワーバランスを崩すことが出来るだろう。


 ただひとつ解決していない疑問がある。なぜ自分達にカルマが発現したのか? 


 ホログラム動画のシンが、再び語り始めた。


『さて、ここまで回りくどく説明したのには理由がある。これは仮説ではあるが、君達とカルマとの因果関係を結びつけるためだ』


 全員がシンの言葉に食い入るように見つめる。


『ルナが説明したとおり、カルマは『行為』という意味だ。カルマの力は、行為によって生じた力を利用して具現化させ、結果へと結びつける。

 これを過去の行為……前世での行為として置き換えた場合、その結果は君達の命に刻まれている。いわゆる『宿業』というものだ。

 君達の過去……前世において、カルマは既に刻まれていたんだろう。それは女王アスラから、原種=オリジンを受けた過去があるということだ』


「前世!? ちょっ、ちょっと待って! 頭が追いつかないよ!」


 イブキは頭を抱え混乱する。


「ふん! 前世だと? じゃあ我々は転生者ということか?」


 レイは苦笑しながら呆れかえっている。


 リサは無言で、どう解釈したらいいか悩んでいる。

 ヴァンは「まじか!」と信じられないような顔をしている。


『因果関係については、あくまで仮説だからね。その事についてはまだまだ調査が必要だから、頭の端にでも留めておいてくれ。……さて、最後にもう一つーーこれはカルマを行使していく中で知っておかないといけない事なんだが……』


 まだあるのか? と全員が注目する。


『今、世界中で君達と同じくカルマに目覚める人達が増えてきている。僕達はその人達に会い、カルマのことを伝えて回っているうちに、ある法則に気が付いたんだ』


 ある法則とは?


『カルマには、『善のカルマ』『悪のカルマ』があることを』


 イブキ達はカルマの恐ろしさと、世界の裏側で、見えない勢力が胎動しつつある事を知る事になる。


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