第11話 大佐

 ――エレベーターから降り立ったイブキは、基地内を見渡して感嘆していた。


「ふわぁぁ、すごいな……」


 一体どれぐらいの広さなのだろうか?

 

 エレベーターから見ても端が見えなかったぐらいだから相当な広さだろう。


 地面は綺麗に舗装されていて、電気自動車も走っている。まるで一つの街のように、多くの人達が行き交って忙しそうにしている。軍服姿ではあるが……。


 一台の電気自動車が、イブキ達の目の前で停車した。


「これで司令部まで行く。……乗れ」


 軍服の女性に促され、イブキは車に乗り込む。乗り込んだ車に運転手がいない、という事は自動運転のようだ。後部座席に全員が乗り込んだのだが、対面座席になっていた。


「こんな地下でも、自動運転が可能なんですね……」

「この車はね、AIが組み込まれてるんだ。さしずめ『AI自動車』ってところだな。車同士が認識し合ってるから衝突することはないね」

 

 ヴァンが窮屈そうにしながら説明をしてくれた。どうやら彼の身長だと、この車は小さいようだ。


「タダイマヨリ、シレイブヘムカイマス。シートベルトヲ、チャクヨウシテクダサイ」


 車内にAIからのアナウンスが流れた。イブキ達はシートベルトを締めると、車は始動し始めた。

 車が始動してしばらくすると、軍服の女性がイブキに話しかけてきた。


「紹介が遅れたな……。『リサ・キサラギ』だ。大尉をしている」

「あっ……はじめましてイブキ・ナガトです」


 リサ・キサラギと名乗った女性はベレー帽を脱ぎ、軽く会釈で返してきた。イブキもそれに習い、軽く会釈をした。


「ところで……。いい加減そのヘルメットを脱いだらどうだ?」

「あっ……これは。……えーっと」


 リサの突然の問いかけに慌てるイブキ。


「もう面が割れてるから、脱いでもいいんじゃね?」


 ヴァンは助け船を出したつもりなのだろうがイブキは「そうじゃないんだよな……」と苦笑する。


「それはAIが変形した物だろ? 分かっている。気にせず脱げ」


「なんだ、そんな事まで知ってるんだ……」


 イブキはアルを掴んで脱ぐと、ヘルメット型からドロリと流動的変化をし、元の球体に戻った。


「はじめまして。アルフレッドと申します」


 アルは目をパチクリとさせ、お辞儀をするように筐体を前に傾けた。


 リサは目を見開いて驚きの表情を一瞬見せるが、すぐに元の狐目に戻して口角を少し上げた。


「……なるほど。報告で聞いてはいたが、間近で見ると流石に驚くな……。液体金属か……」


 顎に手を置き、アルをじろじろと観察するリサ。

 報告という単語を聞き、イブキは少し躊躇いながらも聞いてみる。


「あの……。あなた達はどれだけ私のことを調べてるんですか?」


 アルに視線を向けていたリサは、その細い目をさらに細めてイブキに視線を変えた。


「それは私から話すことではない。司令部で君を待っている大佐から話しを聞くことだな」


「……大佐、ですか……」


 ヴァンからも聞かされていた大佐という人物はどんな人だろう? イブキは緊張しながらも想像してみるが、髭面でサングラスを掛けた中年オヤジしか想像できない。


(ギルドの社長と一緒だ……)


「怖い人だから気を付けろよ〜」


 ヴァンがニヤニヤと笑いながら脅してきた。


「余計な事を喋るなと、何度言ったら分かるんだ」


 リサの狐目が更に釣り上がり、ヴァンを睨みつけた。


「ひっ! すっ、すみません……」


 ヴァンの体が少し小さくなったように見える。

 脳筋のうえに空気読まない奴なんだなと、イブキは確信するのだった。



◇ ◇ ◇



「シレイブニトウチャクシマシタ、オツカレサマデシタ」


 AI自動車からのアナウンスで、司令部への到着が知らされた。到着とはいっても、門の前で降ろされるかたちだ。

 門には看板が掲げられており、『第17連隊司令本部』と書かれていた。門兵らしき兵士が門前を警護しており、リサを見ると直立して敬礼をする。

「ご苦労」とリサは兵士たちを労い、顔パスで門の中へと入っていく。イブキ達もそのまま通してくれ、さっさと先をいくリサについて行った。

 司令部は高い塀に囲まれており、外周から中を簡単に覗けないような構造だ。だが、高い塀よりも気になる物が塀沿いにある。


「……木を植えてるんだ」


 人工物かもと疑って見ていたが、歩きながら近づいて見るとどうみても本物だった。地下なのに不思議だなと思いながら、イブキは更に奥へと進んでいくとやがて建物が見えてきた。


「わぁ、なんかすごい」


 目の前に現れた建物は3階建てほどの高さで、綺麗な白い壁で統一されていた。宮殿のような建築様式で、白亜の宮殿と言ってもおかしくないほど格式高い印象を与える。

 入り口には重苦しい扉があり、その左右には衛兵? らしき兵士が二人立っていた。さっきの門兵と同じく直立で敬礼をし、リサに「ご苦労さまです!」と元気に声をだした。


「ご苦労。……大佐は中に?」

「はい! つい先程、日課の巡回を終えて帰られたところであります!」

「そうか、ちょうど良かったようだな」


 兵士の一人が扉を開き、建物の内装が見えた。


(ふわぁ……中もすごい……)


 廊下は絨毯で敷き詰められていて、壁は大理石風になっていて、まるで貴族が住んでいるようだ。イブキは半開きの口のまま、絨毯の上を恐る恐る歩いていく。


「まさかこの壁って、本物の大理石?」

「……あっ? あぁ、そうだよ。こっ、この地下基地を建設するときに、大量の大理石を採掘できたからそれを利用して建設したんだって……」


 なんと贅沢な……。と思っていたイブキだが、ヴァンの様子がおかしいことに気づいた。


「なに? どうしたの? 気分でも悪いの?」


 青白い顔でそわそわしていて落ち着きがない。


「だっ、大丈夫だ。……気にしないでくれ」


 気にしないでくれと言われても、それだけそわそわしていると気になって仕方がないとイブキは思う。


 どんどん奥へと進んでいくリサについて行くが、中の構造は複雑で迷路のようだ。はぐれたら間違いなく迷子になるだろう。これも敵が攻めて来たときの対策なのだろうか……。

 廊下ですれ違う人がリサを見るとほとんどの人が立ち止まって敬礼、もしくは会釈をしていく。やはり階級が高い人なんだなとイブキは再認識した。



 ――長い一本の廊下、渡り廊下に差し掛かった。遠目で見ると衛兵が立っている部屋が見えてきた。どうやらその奥に『大佐』と呼ばれる人がいるようだ。

 部屋の前にたどり着くと、衛兵が直立して敬礼をする。リサは頷くと、部屋の扉をノックした。


「リサ・キサラギ大尉、ただいま任務を終え帰還しました。失礼いたします……」


 一拍置いて、リサは扉を開いた。


 部屋に入ると、リサとヴァンは敬礼をして直立不動になった。イブキは戸惑いつつ、軽く会釈することにした。


 いよいよ『大佐』と呼ばれる人との対面だ。イブキは緊張しながら頭を上げると、その人物は立っていた。


「ご苦労だったなリサ。ゆっくりしてくれ」


 目の前に立っていた人物は女性だった。燃え上がるような紅髪のロングヘアーに紅眼。その眼差しで見られると、一瞬心臓が止められるかと錯覚するほどの強い闘志を感じる狼のような眼だ。それに反してほんのりと膨れた唇は、妖艶な雰囲気を醸し出していて引き込まれそうだ。身長はヴァンよりは低いが女性のなかでは高身長だ。容姿は軍服姿なのに見惚れてしまうほどの脚線美で、特に強調されているのがツンと上を向いた形の良い豊かな胸。出るとこは出て、引っ込めるところは引っ込んでいるといった理想のボディだ。


 だが、何よりも心惹かれるのがその声だ。


 心の奥底を掴み取られるようなその声色は、一度絡み取られると逃れることができず、虜となってしまうだろう。それほどこの女性の声には魅力があり、もう一度語りかけて欲しいと思う衝動に駆られるのだ。


「この娘がイブキ・ナガトか?」

「はい。そうです」

 リサは大佐の問いかけにすぐさま応える。


 大佐はイブキを見ながら目を細めたがその刹那、紅眼が光る。


「――うっ!」


 イブキは足の力が抜けたかのように膝が震え始めた。


 大佐から発せられる強力な圧力に気を失いそうになる。アルはイブキの突然の変化に反応し、大佐とイブキの間に入って守ろうとしている。

 イブキはすぐさま能力を発動し、重力波による壁を展開して圧力から身を守る。すると、幾分体の震えが治まり楽になってきた。


「――ぐっ! 突然なにを!……あなたも能力者ですか!?」


「ほほぉ、跳ね返せるのか。……すごいな」


 大佐は薄く微笑み、紅眼の輝きが治まる。イブキに向けられていた圧力は無くなり、体の震えは完全に消えた。


「ハハハ! 本物かどうか見極めただけだ。すまなかったな」


 大佐は豪快に笑いながらイブキの目の前まで歩み寄り、細く美しい指先を揃えて手を差し出してきた。


「レイ・アカツキだ。よろしくな」


「……イブキ・ナガトです」


 イブキは渋々手を合わせ、握手をした。意外とその手は柔らかくなく、むしろ硬かった。


「イブキ、私は君を待っていたぞ。君の両親との約束を果たすためにね」


「えっ? 今なんて……」


 イブキは突然の告白に息を飲む。


「君の両親は私の命の恩人でもあり、友人だ」


 思いも掛けなかった繋がりに衝撃を受けながら、イブキは点と点が結ばれた実感に打ち震えるのだった。

 

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