第56話 献花 強力になる魔力

「レナ様、おはよう御座います」

 最近では、レナを起こすのもカーラの仕事になっていた。

「おはよう、カーラ」

 この日のレナは非番で、午後からカーラと二人古城へ行ってルイーズの薬草の手入れをする事になっていた。

 しかし、レナの本当の目的はドミニク老人が殺害された現場に行く事だった。

 カーラはレナの洗顔や着替えを手伝い終えると、朝食の準備を始めた。

 公務を始めてから、朝食は自室で取るようになった。

 少しでも時間を無駄にしないためだったが、父アンドレと顔を会わせる機会が減ってしまい、少し寂しさを感じないでもなかった。

「ねぇカーラ、お願いしていたお花、用意してくれた?」

 カーラは心外と言わんばかりの顔で、レナを見た。

「もちろんです。私が、レナ様から頼まれた事を忘れる訳がございません」

「そうね、頼りにしてるわ、カーラ」

 レナはカーラに気圧されてしまった。



 レナの乗った馬車の前後に、警備隊の馬車が1台つづ走っている。

「何だか妙な気分よ」

「何がですか?」

 同行のカーラは、レナ専用の豪華な馬車での移動に少々はしゃいでいだ。

「公務している警備隊に守られている事。本当に妙な気分よ」

 しかも、その中に何とレオンの姿があったのだ。

 レオンもレナと同じく、今日は非番の筈である。

 どうしてわざわざ、休みを返上してまで……。

 森に入り暫くして、馬車がゆっくりと止まった。

 ドミニク老人の遺体が見つかった場所だ。

 レナとカーラは、用意していた花を持ち、馬車を降りた。

 まだ、現場には小さなドミニクの恐怖が、生々しく感じられた。

 レナはそっと花を供えた。

 カーラと警備隊も、レナの後に続き花を供えた。

 レオンが非番を返上して警備隊加わったのは、亡きドミニク老人に花を供えるためだったようだ。

 そう、レオンは、とっても優しい子だもの。

 変わってないのね。

 レナは黙祷をささげつつ、事件当日の事が何か分からないかと神経を集中させた。

 この程度の魔力、レナにとっては大したことでは無い。

 突然、森の木々が風も無いのに、葉を揺らした。



 今まさにすれ違わんとする二台の馬車、飛び移ろうとする大男に飛び掛かり、縺れ合いながら馬車から落ちるドミニク老人、泣きながら馬車を急発車させるドミニク王子。

 腰の曲がった老人が、大男に勝てるわけも無く、王子を乗せた馬車が無事走り去るのを満足げに見送るドミニク老人最後の姿に、レナは涙した。

 それが、森の木々がレナに見せた真実だった。

 レオンは、黙祷するレナの目から涙が溢れたのを見ていた。



 あの日、二人のドミニクが目指したのも古城だった。

 到着後直ぐ庭に出て来たレナは、庭の手入れをしているクリストフに駆け寄った。

「レナ様、よく来てくださいました」

 直ぐにクリストフと共に、庭の薬草の手入れを始めた。

「ドミニクさんの事は残念でした」

 クリストフが肩を落とした。

「早馬でも走らせてくだされば、私が薬草を持って城まで行きましたものを……」

 クリストフは、自分を責めていた。

「違うのよ、クリストフさん。ドミニクは狙われていたのよ」

「どういう事でございますか。ドミニクさんは、誰かに恨まれたりする様な方ではありません」

 驚いたクリストフは、つい大きな声を出してしまった。

 休憩中の警備隊にお茶を用意し終わったカーラが、やって来るのが見えた。

「クリストフさん、この話はここまで。私が必ず本当の犯人を見つけ出すわ」

「危ない事をなさってはいけません!」

 レナは、土で汚れたクリストフの手を取った。

「大丈夫よ、クリストフさん。私は大丈夫」

 だって魔人ですもの。

 もし、あの場に自分がいれば、あの程度の大男魔力でコテンパンにしてやったのに。



 薬草の手入れに、思いの外時間がかかり、帰る頃には日が落ちようとしていた。

「暗くなる前に、急いで森を抜けましょう」

 警備隊の提案で、馬車は速度を上げて走った。

 しかし、森を走っている最中に、馬車は闇に包まれてしまった。

 このまま、走り続けるしか方法は無い。

「!」

 少し先に、この馬車を待ち伏せている気配を感じた。

 悪意を感じる。

 皆を危険に晒すわけにはいかない。

「カーラ、私少し疲れたみたいなので、休むわね」

 レナは休むふりをして、神経を集中させた。

 いつの間に、こんな事が出来る様になったのだろう。

 自分でもよく分からない。

 レナ一行の気配を消した。

 待ち伏せていた者は、レナ達一行に全く気づく様子はなかった。

 ただ、明らかにこの馬車を狙っている。

 何か捕らえる方法は無いか模索したが、一行の気配を消すだけで精一杯だった。

 無事森を抜け、城に戻った。

 今日のレナの予定を知る者はほんの一部だ。

 なぜ、あそこでレナを待ち伏せていたのか。

 誰か、レナの行動を知る者がが、情報を漏らしている。

 それだけは間違いない。



「レナ!」

 レナの魔力の気配に気が付いたハンスは、思わずレナの気配を追ってしまった。

「おや、レナも随分と魔力が強くなったじゃないか」

 まだ、レナを諦めていないカリナにまでレナの気配を悟られてしまった。

「そうですね……」

 ハンスは、あの夜跳ね返った自分の魔力を受けてしまい倒れたカリナを連れ放浪の旅をしていた。

 目指す場所はただ一つ。

 レナを感じない場所。

 もっと、遠くに離れなければ。

「いつになったら、国へ帰れるんだい」

 カリナは、ベナエシ国に戻れると思っている。

「早く戻ってレナを手に入れないと、私は魔力と共に弱りそのまま死んでしまう」

 カリナが悲し気に、ハンスに訴えた。

「私を助けられるのはギード、お前だけだよ」

 カリナは、ハンスの手を取った。

「最近じゃ、お前の心すら見えない日もあるんだよ」

 後もう少し、後もう少しだ。

 ハンスは自分に言い聞かせた。



 レナは、思い切ってジャメルに相談する事にした。

 誰にも相談せず独りで全てを抱え込んでしまった結果、エヴァを巻き込んでしまった。

 二度と同じ様な事を起こしてはいけない。

「では、姫君は、誰かが情報を漏らしていると?」

「その可能性が高いんじゃないかしら」

 もちろん、たまたま通りかかった馬車を見て待ち伏せていた可能性も否定はできないが、ドミニクの死が誰かのハカリゴトだったとすれば、城内部に情報漏洩の原因があるはずだ。

 レナの仮説に、ジャメルも少し納得した様だった。

「何より、ご無事に戻られて良かったですな」

 ジャメルは、レナの語る仮説よりも、レナが馬車三台とそれに乗る人達の気配を消して、森を抜けた事に驚いた。

 ジャメルでもかなり難しい、高度な技術を要する事なのだ。

 レナの魔力は、何処まで強力なものになるのだろう。

 もし、その強力さの理由が魔人皇族であるところあるなら、行方不明のハンスとカリナにも、レナ同様に強力な魔力を持っている事になる。

 カリナの魔力については未知数だが、ハンスの魔力に関しては何度か目の当たりにしている。

 何よりもドミニク老人の復讐に燃えるレナの暴走を止めなければならない。

 ジャメルには、頭の痛い事が多い。

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