第54話 公務 全てが勉強
「レナ様、ご機嫌はいかがですかな?」
城ですれ違う度に、声を掛けてくれたドミニク老人がいなくなってしまった。
ドミニク王子の記憶から犯人の顔を見たレナは、どうしても犯人を捕まえたかった。
先延ばしにしようとしていた、警備隊での公務を申し出た。
もし、レオンに会っても深く関わりさえしなければ、エヴァの様に傷付ける事もないだろう。
自分が傷付く事を恐れていては、何も学べない。
城にある警備隊本部に、幹部と幹部候補が集められた。
「慣例どおり、十五歳になられたレナ姫様がこの警備隊本部で公務に入られる」
隊長ディーンから報告を受けた幹部と幹部候補からは、歓声が上がった。
ドミニク老人の死以降、警備隊では不穏な空気が流れていた。
もし、警備隊が森の警備を減らしていなければ、あのような事件は起きなかったのではないか。
若い幹部候補の中には、幹部の対応のまずさを指摘するものもいた。
そんな中での朗報である。
今後国を担うであろうレナ姫様が、この警備隊にやって来る。
「本当に行かれるのですか」
レナの本棚に追加されたリンダの遺した本を横目で見ながら、ジャメルは言った。
「もちろん、本気よ」
「ならば良いのですが一時の気の高ぶりで決められたのでしたら、他の者の迷惑になりかねませんので」
レナはジャメルが言いたいことが分かった。
「大丈夫、無茶な事はしないわ」
「分かって頂ければ、それで結構です」
明日から警備隊での公務が始まるという夜、レナは魔人皇族の歴史書を読んでいた。
慣れない文体が頭に入らず、これまでも何度も何度も読み返していた。
この夜は、初めてのページに手をかけた。
「これって……」
レナの目に飛び込んできたのは、魔人皇族が統治していた国を示す地図だった。
それは間違いなく、祖母ルイーズが居るベナエシ国だった。
その夜、レナは夢を見た。
ハンスと永遠の愛を誓った、あの温室の夢だ。
ミロキオに囲まれハンスと二人、何を話すでもなく、ただ見つめ合い微笑み合っている。
そんな夢だった。
朝、レナの心に、幸福と空虚が同時に襲った。
レナは、空虚を振り払った。
私は大丈夫。
だって、ミロキオの花に誓ったんですもの。
警備隊は、数日前から大騒ぎだ。
何しろ、国の姫様がここで働くと言うのだ。
レオンは、大掃除を言いつけられていた。
掃除をしろと言われても、この散らかった部屋のどこから片付けろと言うのか。
山の様に積まれた書類は、全て重要書類で、新人のレオンが手をつけられるわけもなく、箒と雑巾を持って呆然としていた。
「これじゃぁ、掃除のしようがないわよね」
レオンと同期で同じく幹部候補のアンが、ゴミ箱を持って横に立っていた。
「今から一時間後、机周辺を大掃除いたします! 机の上にあるもの、全てゴミと見なして廃棄しますので、よろしくお願いします!」
アンが突然、部屋中に響き渡る声で叫んだ。
「ちょっと、アン!」
レオンは幹部達が怒り出すと思った。
ところが幹部達は、慌てて出したままの書類の片付けを始めたのだ。
「アン、レオンすまない。戻ったら必ず片付けるから、俺の机はそのままにしてくれ!」
外出する幹部達は、そう言い残して出かけていく。
「アン、君は幹部達が怖くないの?」
レオンは思わず本音が出てしまった。
「いえ、ちっとも」
アンのこういう所、本当に羨ましい。
レオンは、幹部の邪魔をしてはいけないと思っていた。
「勿論邪魔はしてはダメよ。でも、それだけじゃ自分に与えられた事が出来ないでしょ?」
アンはそう言いながら、窓掃除を始めた。
「ほらレオンも窓掃除。一時間で終わらせるわよ!」
「う、うん」
慌てて箒を置き、窓掃除を始めた。
すっきりと綺麗になった警備隊の幹部室に、新しく机が一つ運び込まれた。
「え、ここなの?」
本部長室に運び込まれる思っていたアンが驚きの声を上げた。
「レナ姫様は警備部隊を希望されていたのだが、流石にそれはアンドレ国王が反対されて、この幹部室になったんだ」
振り返ると、ジャメルが立っていた。
「ジャメル様!」
アンが慌てて敬礼をする。
レオンは何故学校の数学の先生が、ここ警備隊本部に居るのか分からなかった。
「先生? どうして先生がここに?」
「じきに分かる」
ジャメルは、そう言ってレナが使う机を確認して去って行った。
「レオン、あなたジャメル様を先生って呼んだ?」
「うん、だって学校の数学の先生だったんだ」
「人違いじゃないの?」
アンには信じられなかった。
国王と共に育ち、国王の右腕と呼ばれるジャメル様が、学校で数学を教えてたなんて、あるはずがない。
警備隊隊長ディーンが、レナを連れて幹部室にやってきた。
「レナ!?」
思わずレオンは、声を出してしまった。
「ちょっと、レオン!」
アンに足を踏まれて、レオンは我に返った。
「し、失礼いたしました、レナ姫様」
まさか、似てるだけで、あのレナな訳がない。
「良いのよレオン」
レナの言葉に、全員がざわついた。
「レオン、あなたレナ様と知り合いなの?」
「私とレオンは、同じ学校に通っていたの」
レオンは、一瞬言葉が出なかった。
「え、あ、あの、やっぱりレナ、なんだね」
「そうよ、レオン。また後で、ゆっくり説明するわ」
レナは幹部達に一礼をした。
全員が返礼し、静まり返った。
レナが口を開いた。
「本来でしたらレオン達幹部候補と同時期に公務を始めるべきでしたが、事情があり本日からとなってしまいました。遅れを取り戻すべく、頑張りますのでよろしくお願いします」
そこにいた全員が一斉にレナに敬礼をした。
「では、レナ様、レナ様の机はこちらになります。本当に本部長室ではなく、この幹部室でよろしいのですか?」
隊長のディーンが、再度レナに確認した。
「勿論です」
「では、本部長室の本部長に着任の挨拶に参りましょう。その後、レオンとアンに合流してください」
「はい」
ディーンの後について、レナは本部長室に入って行った。
張り詰めていた空気が、一気に緩んだ。
「ちょっとレオン、どう言う事よ」
アンはじめ、幹部達がレオンに詰め寄った。
「ぼ、僕だって、何も知らなかったんだよ」
「詳しく話しなさい」
「僕とレナとエヴァは、家が近くて……、ただそれだけだよ!」
この状況を一番詳しく知りたいのはレオンなのだ。
十分程で、ディーンとレナが幹部室に戻ってきた。
「レナです、よろしく」
「アンです」
生まれて始めて王室の者と言葉を交わしたアンの声は、緊張で上ずった。
「アン、緊張してるの?」
レオンが笑い出した。
「女の子を笑うなんて失礼よ、レオン」
レナには叱られてしまったが、今目の前にレナが居る事が嬉しくて、心が弾んだ。
「さ、仕事を始めましょう。アン、教えてもらえるかしら」
「勿論」
レナとアンは、早速仕事を始めてしまった。
アンと同じ警備隊の女性用制服を着たレナは、何だかレオンの知っているレナとは違う人に見えた。
「王室の人も、普通の人と同じなのね」
昼休憩。
レナは、アン、レオンと共に警備隊本部の食堂に居た。
「お父様もお祖母様も、本当に普通よ」
レナがそう言った時、食堂が静まり返った。
「おや、レナ姫様。ご公務を始められたのですな」
現れたのは、ドナルド・クレマンだった。
屋敷の地下に隠していたはずのレナが、城に戻り公務を始めると聞きつけやってきたのだ。
「クレマンさん、お久しぶり。お役を解かれたはずですのに、どうされたのでしょう」
ドナルドは、レナに近付くとレナの耳元で囁いた。
「知っているんですよ。あのギードめと、我が屋敷の地下で何をなさっていたのです」
レナは、ドナルドから一歩下がった。
「何の事でしょうか」
「おや、おとぼけになられますか?」
「さぁ、分からないものは、分かりません」
「それなら、それで良いでしょう。お父上にお話するだけです」
食堂から出て行こうとするドナルドの前に、レナが立ちはだかった。
「それは許しません。あなたは私への無礼と、亡きドミニクへの暴力で城を追放され役を解かれた身です。今すぐ城から出て行きなさい!」
レナの勢いに、居合わせた警備隊がドナルドを取り囲んだ。
アンとレオンも、慌てて後に続いた。
レオンには、ドナルドと対峙するレナの姿が一国を背負う女王の様に見えた。
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