第47話 老婆の昔話 求めるものは生血

 カリナが生まれ育った村は、山の中にあった。

 諸国との戦いに敗れ、この山の中に隠遁生活となったのは、随分昔の話である。

 そして、その詳しい経緯は、何一つ記録されておらず、知る者は誰一人いなかった。

「どうして、そんな大切な事が分からないの?」

 カリナは父に詰め寄った。

「忘れた方が良いと思った先祖が、全て記録を消してしまったんだよ」

 カリナは悔しかった。

 何故、こんな山の中小さな村に暮らさなければいけないのか。

 そしてなぜ、望みもしない、望まれもしない国へ嫁がねばならないのか。

「それが決まりなんだよ」

「そんなの嫌よ」



「本当に、ここベナエシ国へ嫁いでくるのが嫌で仕方なかった。まだ十代、しかも顔も知らない相手に嫁ぐんだからね」

 カリナは懐かしむように言った。

「でも、国の平和の為に、と言われてしまっては、小娘だった私にはどうしようもなかった」



 小さな村で受け継がれた、滅びた国の皇族の血を絶やすわけにもいかなかった。

「こんな山の中に追いやられてしまったけれど、私達は立派な魔人皇族の後継者なんだよ、カリナ」

 立派な魔人皇族の後継者、この言葉を胸に、カリナはこの国にやってきたのだ。

 あれから随分長居い時間が流れた。

 生意気なルイーズを追い出し、義父と夫がが死んでからでも、随分な時間だ。



「立派な魔人皇族の血を受け継いだ一人がレナ、お前だよ」

 自分で後継者を産むことは出来なかった。

 でも、レナ、お前が居る。

 カリナが、そっとレナの頬に触れようと手を伸ばした。

 ギードに緊張が走った。

 あぁ、ママ。

 ママが私の魔力を封じ込めようとしたのか、やっと分かったわ。

 魔人が忌み嫌われているからじゃ、なかったのね。

 ママは、この事を知っていたのね。

 


 レナの部屋では、レナの読んでいた本が気になって仕方の無いベルが、落ち着かないでいた。

 その本に、ただ一ヶ所、しおりの挟まれたページがある。

 人の読んでいる本を、覗き見るなど行儀の悪い事。

 しかし、この古めかしい本は気になる。

 あんなに本を読むのを嫌がってたレナが、わざわざ本棚から探し出してまで読んでいた本だ。

 レナは、まだ暫く部屋に戻りそうも無い。

 少し覗き見るだけなら……。



「レナっ!!」

 ギードは、カリナとレナの間に割って入った。

「ギード! お前!」

 叫んだのはカリナだった。

 カリナの放った魔力は、ギードを通過した。

 そして、レナに当たったかと思うと、それはそのまま再びギードを通過し、カリナに跳ね返った。

 一瞬の出来事だった。

 自らの魔力を受けたカリナは、その場に崩れ落ちた。

「え、何? ハンス、貴方大丈夫なの? 大おば様は?」

 ギードは、崩れ落ちたカリナの体を椅子に戻した。

 そして、レナを抱きしめた。

「レナ、無事で良かった……」

 そこへ、血相を変えたベルが飛び込んで来た。

「おのれ! レナ様に何をする気だ!」

 ベルが手に握った箒をギードに振り下ろす前に、ギードの身体はレナを抱きしめたまま崩れ落ちた。

「ハンス!」

 ベルは、何が起こったのか訳が分からず、箒を振り上げたまま呆然と立ち尽くしていた。



 カリナ王女は、急な病気により暫く公務は難しい、という事になった。



 レナをここへ軟禁していた二人が、意識の無い状態に陥った。

 レナの軟禁が解けたのだ。

 問題は、そのうちの一人が、この国の女王様だという事だ。

「おばあ様に、ここへ戻ってもらいましょう」

 レナに異論を唱える者は、誰もいなかった。

「ルイーズ様に、またお会いできるなんて思ってもみませんでした!」

 ハンナは涙を流して喜び、張り切って城の掃除の指揮を執った。

 レナは、目を覚まさないギードに付きっきりだった。

「ねぇギード。私、必ず貴方を目覚めさせるわ」

 私が大怪我をした時、ギードもこんな気持ちで看病してくれたのかしら。

 レナは、眠ったままのギードの隣で、あの古めかしい本をくまなく読み漁った。



 そして、改めて、あのページを開いた。



『復活の儀式

 如何なる理由で弱った魔力でも、取り戻す事が出来る儀式。

 準備する物は二つ。

 魔人皇族に受け継がれる杯。

 魔人皇族の血を受け継ぐ処女の心臓から抜いた生血。

 杯に生血を注ぎ、一気に飲み干す』



 恐らく、あの時、カリナはこれを行おうとしていたのだ。

 カリナは魔力が弱っていたのだろうか……。

 ギードがレナを襲ったのも、レナから処女を奪う為だったのだろう。

 そんな事なら、ギードを受け入れれば良かった。

「そんな事、仰ってはいけません」

 ベルにはキツく言われてしまった。

「そうね……」

 明日には、お祖母様と一緒にエリザもここへ来る。

 エリザなら、何とかする方法を知っているかも知れない。

 レナは、ただギードが目覚める事だけを願った。



「レナ…、レナ…」

 その夜、誰かに呼ばれた気がして目が覚めた。

「誰?」

「僕だよ」

「ハンス? 目が覚めたの? 直ぐ行くわ」

 レナは、起き上がろうとしたが身体が動かない。

「ごめんよ。そのままで聞いて。僕はカリナ様と、この城を離れる」

「そんな!」

「近いうちに、エヴァの所に行って欲しい」

「ハンス、どこへ行くの?」

 私も一緒に、レナは言おうとした。

「ダメだよ。でも、僕が本当にハンスに戻れたら、直ぐ君の元へ行くから。兄さんや弟にも、伝えて……。レナ、お誕生日、おめでとう」

「待って!」

 突然体の自由が戻ったレナは、飛び起きギードの部屋に向かった。



 そのベッドには、まだギードの温もりが残っていた。

「カリナ様のお姿も消えました!」

 使用人達が隈なく探したが、ギードとカリナの姿は無く、行方も掴めなかった。

 日が変わり、レナは十五歳になった。

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