第43話 ベルの意地 昔の夢
もう何十年も前、ルイーズ姫の嫁ぎ先に同行するよう突然命令され実家の家族に分かれの挨拶をする時間も無く祖国を後にした。
眠ったままのルイーズ姫と、馬車で旅立ったあの日。
そのルイーズの大切な孫レナの安否確認に行くなら、自分しか居ない。
目指すは、自分の生まれ育った国だ。
「私が、レナ様の無事を確認しに行きます」
そう名乗り出たベルを、一番心配してくれたのは、ルイーズだった。
「ベル、私もお前も随分年を取った。長旅は身体に良くないよ」
「ゆっくりと向かわせていただきますから、大丈夫です」
ルイーズは、ベルの為に万全の準備をした。
夫のクリストフも
「初めての里帰りだな」
と、笑って快諾してくれた。
お互い、いつ何が起きてもおかしくない年齢になった。
これが最後かも知れない。
そんな事を思いながら、ルイーズの用意した快適な馬車に乗り込んだ。
ベナエシ国の城に軟禁されているレナは、とにかく退屈していた。
城の中であれば自由にして良いとの事で、キッチンを覗いてメイド達を恐縮させたり、庭で花の手入れをして過ごしていた。
一体何時まで、ここに居なければならないのだろう。
年老いた女王だけだった城の中を、若い娘が自由に歩き回ると、城の中まで若返ったようで、使用人達も自然と笑顔になった。
ギードも、そんな城の中の変化に気が付いていた。
「レナ、随分と城の中を歩き回っているようだね」
「だって、退屈なんだもの。ギードは、普段は何をしているの?」
「今までは、君を探し出し、ここへ連れて来るのが僕の仕事だったから、今は何もしていないよ」
二人は庭を散歩する事にした。
「ベルから聞いてはいたけれど、この国の草花は薬草が多いわね」
レナが、草花を一つ一つ確認しながら進むので、なかなか散歩は進まない。
「レナは薬草に詳しいの?」
「お祖母様から随分と教わったんだけど、私なんてまだまだよ」
そう言えば、ギードとのまともな会話は久しぶりだった。
そんな二人を、執務室の窓からじっと見つめる目があった。
馬車の中は、ゆっくりの脚を伸ばして乗れるよう、改造されていた。
通常の倍の時間をかけ、ベルは祖国に向かった。
時間潰しにと、用意した針仕事や編み物で目が疲れ、うとうとと転寝をする時間が増え夢を見ていた。
ベルが、アミラ宛てに届いた手紙をアミラに手渡した。
「ああ! そんな!」
手紙を開いたアミラは、悲鳴を上げた。
急に立ち上がったため、ひざ掛けが床に滑り落ちた。
「どうなさいました!」
ベルが急いでやって来て、ひざ掛けを拾った。
「リンダが亡くなったの……」
「お友達ですか?」
「従姉妹なの……」
椅子に崩れ落ちたアミラに、ベルはひざ掛けを掛けた。
「あの方以外の、お身内がおられたのですか」
「男の子を産んだばかりだったのに……」
アミラは、ベルにすがって泣き続けた。
昔の夢。
懐かしい、まだアミラ様がコサムドラ国へ来たばかりの頃だ。
ベルは思わず、ふふっと微笑んだ。
あまりにアミラが泣き続けるため、弱ってしまったベルは、アミラの様子をアンドレに話した。
この時、落ち込むアミラを支えたのはアンドレだった。
あの時、私がアンドレ様とアミラ様の橋渡しをしたようなものだわね。
レナは思い切って言ってみる事にした。
「あの、私、薬草の勉強をしたいです」
何時まで、この生活が続くから分からないなら、少しでも学べる事を考えたのだ。
「好きにするといい」
カリナは、大して興味がないようだった。
「ありがとうございます」
「ハンナ、レナに薬草をおしとくれ」
ハンナと呼ばれたメイドは、高齢のメイドだった。
「この薬草は、乾燥させてお茶にして飲むと、頭痛が良くなります」
ハンナは、親切丁寧に教えてくれた。
三週間もすると、レナも簡単な薬草なら扱えるようになった。
「流石、筋がよろしいですね」
ハンナは、そう言って喜んでくれた。
そして、レナの顔をじっと見つめて、意を決したように言った。
「ベルは元気でしょうか?」
「ベルを知っているの?」
「はい、私とは同じ頃にメイドになったのです」
「元気よ! 多分……」
レナは、城を抜け出してからの事は、わからない事に直ぐ気付いた。
「多分?」
「暫く城に戻ってないから……」
「左様でございましたか」
「ねぇ、昔の話を聞いて良いかしら」
「私が知ってる事でしたら…」
若い頃のベルは、どんな女の子だったのか。
レナの退屈な幽閉生活に、薬草学以外の楽しみができた。
ベルが祖国に到着した日は、雨だった。
雨が降ると、薬草が育つのよね。
降りすぎも良くないけれど。
そろそろ、お城に到着するわね。
レナ様は本当に、この国にいるのかしら。
あの女王様はお元気なのかしら。
帰りに両親のお墓に参りたいものだわ。
ベルの心には、様々な思いが駆け巡っていた。
「今日は雨なので、温室の薬草を見に行きましょうか」
朝食の後、ハンナの提案で温室にやって来た。
温室では、色鮮やかな花が咲き誇っていた。
「綺麗ね、ハンナ」
ここ数日、ハンナからベルの話を色々と聞いたからか、ベルの気配を感じる。
「温室の草花は、南の国の物ですよ」
「そうなの? だから見た事の無いものばかりなのね」
ハンナから、南の国の薬草について話を聞いていると、ギードがやって来た。
「あら、ギード。あなたも、薬草のお勉強?」
色鮮やかな花々に囲まれるレナの姿は、ギードには眩しいほど美しかった。
「レナ、君に来客だ」
「え?」
温室へ来る前、ギードはカリナに呼ばれ執務室へ向かった。
「大おば様、お呼びでしょうか」
「ギード、一つお前に確認しておこうと思ってね」
「はい」
「お前はレナを、どう思ってるんだい」
「え?」
突然の質問にギードはうろたえた。
そんなギードの様子をカリナが見逃すわけが無かった。
「まぁ良い。お前がレナをどう思おうと、レナの運命は生まれた時から決まってるんだ」
「はい……」
カリナの命令で、レナを探している間には何も感じなかった『レナの運命』と言う言葉。
「今夜にでもと思っていたんだが、どうやらレナに客人のようだ。少し先延ばしにするよ」
先延ばし、ギードはその言葉に安堵した。
しかし『レナの運命』は変えられないのだ。
ベルはホールに通された。
懐かしい。
メイドになったばかりの頃、ハンナと二人ここの掃除を命じられ、あまりの広さに二人でため息をついたものだ。
ホールの扉が開き、メイドに手伝われカリナが入ってきた。
ベルは膝を頭を下げた。
「カリナ様、お久しぶりでございます。ルイーズ様付きメイドのベルでございます」
「ああ、覚えてるよ。元気そうだね。今日は、どうしたんだい、里帰りかい?」
ベルは頭を上げた。
「わざわざメイドの私をホールに通し、カリナ様がお越しいただけたと言う事は、こちらの用向きは、ご存知と思いますが」
無礼は重々承知だった。
しかし、身内とは言え他国の姫を勝手に連れ去る以上の無礼は無いだろう。
「そうだね。レナの事だろ? 少しお待ちよ、今ここに呼んであるから」
「では、お待ちいたしましょう」
「しかし、自分の娘の安否の確認に、こんな老婆を寄越すなんて、私の甥は何を考えているんだろね」
「老婆同士で、よろしいではありませんか」
二人の老女の意地のぶつけ合いに、若いメイドはただ立ち尽くしていた。
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