第41話 脱出 記憶の小石

「ねぇ、ギード。お父様への手紙に旅に出る事を、書いて良いかしら」

 定期的に城へ出している手紙は、ただ無事である事だけを伝える内容だった。

 しかし、このギードの隠れ家を出て何処かへ長旅に出るなら、それを伝えておきたかった。

「レナ、君は自分が囚われの身だと言う事を忘れてないかい?」

 能天気な提案に、ギードは呆れてしまった。

「ママが亡くなってから、色々ありすぎて、どの状況があるべき姿なのか、分からないの」

 確かに、レナはアミラが死ぬまで人間の民間人として育ったのだ。

「手紙の事は、考えておくよ」

「ありがとう、ギード」

 あの方の国へ、レナを連れて行けば、全てが始まる。

 しかし、今でも旅は好きじゃない、ギードは「あの日」の事を思い返していた。

 


 あの日、崖から谷に落ちた馬車は大破した。

「父さん! 母さん!」

 ハンスが気付いた時には御者も両親も生きてはいなかった。

「誰か、助けて!」

 大きな声を出すが、聞こえてくるのは風が木々を揺らす音だけだった。

 陽が傾き、気温が下がり始めた。

 辺りに散乱していた、母が用意したハンスの荷物の中に、昔から使っていた毛布があった。

 ハンスは毛布に丸まり、もう息の無い母の側に寄り添った。

 さっきまでは気が付かなかった、獣の気配がする。

 怖くなったハンスは、近くにあった石を手当たり次第、木々の奥に向かって投げ続けた。

 しかし、十歳の力では直ぐに疲れてしまい、ただただ冷たくなっていく母の手を握り締めるしかなかった。


 どのくらい経っただろうか、馬の蹄の音が近づいた来た。

 宮殿の誰かが、助けに来てくれたのだと思ったハンスは、大きな声で呼んだ。

「助けて! 僕達はここだよ!」

 蹄の音が、どんどん近付き、馬に乗った男が現れた。

 見知らぬ男だった。

「さぁ、行きましょう」

 男は、馬から降りるとハンスを抱き上げようとした。

 怖い!

 ハンスは逃げようとしたが、身体が言う事を聞かなかった。

「申し訳ございません、王子。緊急ですので、失礼します」

 そう言って、男は動けないハンスを馬に乗せた。

 馬の身体は温かかった。

 男は自らも馬に飛び乗り、ハンスを抱きかかえ走り出した。

 それがハンスにとっては、父と母との最後だった。

 

 谷から大破した馬車と、獣に襲われた国王夫妻と御者の遺体が発見されたのは、それから一日が経ってからだった。

 小さな王子の遺体は、獣によって森の奥深くに運ばれたと判断され、捜索は打ち切られた。


「子供と言うのは、こんなに眠るものなのねぇ?」

 誰の声だろう。

 目が覚めたハンスが最初に見たのは、会った事のない老婆だった。

「おばあさん、誰?」

「おや、やっと目が覚めたのかい。お腹、空いただろう。何か持ってこさせよう」

 老婆はそう言って部屋から出て行ってしまった。

 新しい教育係だろうか。

 と、突然ハンスの脳裏に森での出来事が蘇った。

 自分を拒否する両親、大破した馬車、死んでしまった両親と御者。

 一人取り残され、寒さと獣への恐怖。

 何もかもが一度に襲ってきて恐ろしくなったハンスは、ベッドの下に隠れ震えていた。

「何やってんだい」

 戻ってきた老婆が、ベッドの下へ顔を覗かせた瞬間、ハンスの恐怖心は頂点になり絶叫と共に失神してしまった。



 今でも、あの時の混乱と恐怖を思い出すと、大声を上げたくなる。

 そして、弱かった自分に苛立ちを覚える。

 ギードは、クレマン家の玄関に立っていた。

「お待ちしてましたぞ」

 今日こそレナの居場所を問い詰めてやる、ドナルドは待ち構えていた。

 ギードは、レナは城へ戻ったと言うが、本当に城に戻ったのであれば、姿を見せるだろう。

 城ではまだレナは病気で部屋から出てこない上に、人払いまでしていると言う。

 しかし、ドナルドは相手を甘く見ていた。

 ギードは、ふと手を動かすとドナルドの記憶を石にして取り出してしまった。

 人の気配に気付いて玄関に出てきたドナルドの息子の記憶も一瞬にして石にしてしまった。

「おや、ギード。ウチに来るなんて珍しい、どうかしたのか?」

 ドナルドの記憶からは、レナが自宅地下に居た事は消え去っていた。

 ギードは、冷ややかに微笑んだ。

「この二つの石をお届けしたくて」

 何故、玄関に出てきたのか忘れてしまった息子は、怪訝な顔をして屋敷の奥へ消えた。

「この石が、どうかしたのか?」

「これは大切な石です。失くしたり、壊したりしないように」

 ギードは、ドナルドの手に石を置いた。

「これを持っていると、何か素晴らしい事が起きるのかね」

「かもしれませんね」

 自分の記憶は、自分で持っていると良い。

 その記憶の石は、持ち主の脳の一部だ。

 もし石が壊れれば、脳も一緒に壊れるだけだ。



「さあ、レナ、旅の準備は出来た。明日の夜、ここを出よう」

「うん……」

 レナは浮かない顔をしていた。

「そんな顔をしないで。そんな顔で会いに行ったら、あの方ががっかりなさるよ」

「あの方?」

「あの方もレナの怪我を知って、随分心配されたんだから」

「誰?」

「会えば分かるよ。レナは、きっとびっくりするよ」

「そう……」

 ギードは、本当に楽しそうだった。

 そして、ギードが楽しそうにすればするほど、レナの心は沈んだ。

 ギードは、間違いなくこの国にとって脅威である。

 そして、今は親友と言って良いかどうか分からないがレナの親友エヴァを巻き込んだのギードだ。

 そんなギードの言いなりになるしか今は無い。

 こんな事を考えている事すら、ギードには知られてしまうのだ。

「ごめんよ、レナ。僕がもっと早くレナを見つけていれば、こんな状況にはならなかったんだ」

 ギードは、時々こうして何か意味ありげな事を言うが、真相は何も教えてくれない。

「そうだね、今は何も言えない。でも、もう直ぐだよ」

 とにかく、今はギードに同行するしか手はないのだ。

 


 馬車が多く行き交う宵の頃を狙って、ギードとレナは隠れ家を後にした。

 そして、その夜、安居酒屋も建物ごと姿を消した。

「そんな事をして、騒ぎにならないの?」

「なるだろうね」

「だったら、何故?」

「人は直ぐに忘れるさ」

 そう言って、ギードは小さな袋をレナに見せた。

「なぁに?」

「見てごらん」

 ギードから手渡された袋には、小さな石が沢山入っていた。

「これは?」

「レナは、何も知らないんだね。まぁ、良い。後で、どこか人気のない場所に、この石を埋めるから手伝って」

「うん……」

「壊れたりせず、少しずつ自然に還るように、大切に埋めなきゃいけないんだ」

 ギードは、そう言って楽しそうに笑った。

 


 一晩中馬車は走り続け、日が昇る頃、獣の気配しかしない静かな谷でレナとギードは二人で石を大切に埋めた。

「静かな場所ね」

 静か過ぎて怖いくらいだ。

「ここだよ」

 ギードが上を見上げた。

 そこは急な崖になっていた。

「あそこから馬車が落ちたんだ」

「え!」

 レナが一瞬怯えた。

 そのレナの感情がギードの中に入り込み、ギードの目には十年前のあの日の光景が広がった。

「ギード? 泣いてるの?」

 レナに、そう言われてギードは自分が泣いている事に、気が付いた。

「!」

 そして、レナに抱きしめられている事に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る