第38話 夢 一体誰の夢なのか
べったりと血の付いたレナの服が執務室に届けられた。
それを見たアンドレとジャメルは蒼白になり、エリザはその場に崩れ落ちた。
ジャメルは門番の記憶をすり替え、不審な暴走馬車が落としていったのは、ただの布切れだった、と言う事で収まった。
「姫君は少しお身体を悪くされて、伏せっている。エリザ、姫君の部屋には誰も入れるな」
エリザは兄の言葉に何とか立ち上がった。
突然、メイド達は一部の部屋への入室を制限された。
レナ姫様が急な御病気で部屋に伏せっておられるためだと言う。
そんなハズない。
だって、あんなにお元気だったのに。
私がレナ様と、秘密のお茶会をしたのは、つい数日前だもの。
とは言え、メイドしかもまだ下っ端のカーラに、何か言える訳でもない。
「あたしの友達の妹もね、昨日まで元気だったのに、突然倒れてい死んでしまったのよ」
「あんた、縁起でもない事、言うんじゃないよ!」
先輩メイドに叱りとばされるメイドを見て、カーラは何も言えなくなった。。
そんな事もあるのね。
「ギードありがとう」
深夜、ムートル国の広場では、エヴァが震える手で、ギードの手を握りしめた。
レナとギードが始めて会った、あの広場である。
以前は営業していた怪しい店舗は、ブルーノ王の厳しい規制によって、今は無人のようである。
「怯えなくても大丈夫。ここで、ほとぼりが冷めるのを待つんだ」
「私、二度と家には帰れないのね」
「そんな事、ないよ」
ギードが、優しくエヴァを抱き締めた。
「ここの人達は、一見怪しいけど、根は良い奴ばかりだから。心配しないで」
「怪しいなんて、失礼じゃない?」
無人に思われた店舗から、胸元が大きく開いた赤いドレスの女があらわれた。
「十分怪しいよ」
ギードが楽しそうに笑った。
「まぁ、おかげで人を隠すにはもってこいの場所だけどね」
「ナナ、エヴァの事よろしく頼むよ。じゃ、エヴァ、また必ず来るからね」
「うん」
エヴァは、握り締めていたギードの手を名残惜しそうに放した。
ギードは、振り返る事もせず暗闇に消えてしまった。
「さぁ、エヴァいつ迎えに来るか分からない男を待ち続ける日々の始まりだね」
ナナと呼ばれた赤いドレスの女は、エヴァの肩をポンと叩いた。
「よろしくお願いします」
「エヴァ、あんた料理が上手いらしいじゃないか。腹ペコの男どもに、何か美味いもん食わしてやっとくれ。それが、あんたのここでの仕事だ」
「はい」
「でも……」
ナナは、震えの止まらないエヴァの手を握った。
「この震えは寒いからじゃないね」
「……」
エヴァは、何とか震えを止めようとするが、どうにもならない。
「誰を殺ったんだい」
「え?」
ナナの突然の言葉に、エヴァは思わず手を引っ込めた。
「前にも居たからね。手の震えが止まらない女。あれは、確か恋人を殺した子だったよ」
「……」
「まぁ、話したくなったら話せば良いさ」
そう言ってナナは店の中へ入っていった。
エヴァは、慌てて後を追った。
エヴァが行方不明になっとベルが知ったのは、それから数日後の事だった。
ベルはレナの祖母ルイーズの命令で街に戻り、レナの行方を追っていた。
深夜人目を避け、城を訪ねたベルはその静けさに驚いた。
「エリザ、何だか静まり返ってしまったね」
「はい」
エリザも、手を尽くしてレナの行方を追っていたが、何の情報も得られていなかった。
「だとしたらエヴァもレナと一緒に消えた、と言う訳か」
アンドレは、ここ数日で、すっかり老け込んでしまった。
「間違いなく、ギードが関わっておるという事だな」
ジャメルは、口惜しさを隠そうともせず、憎々しげにギードの名を口にした。
「あなた達が居ながら、どうしてこんな事に」
ベルは思わずジャメルとエリザを責めてしまった。
「ベル、レナは自分から出て行ったんだ。ジャメルやエリザの責任ではないよ。相手が巧妙過ぎたんだ。ギードとは何者なんだ……」
ギードの正体について、誰も知る者はいなかった。
「レナ、レナ」
レナは誰かに呼ばれた気がした。
返事をしたいのに声が出せない。
何とか声を出そうとしている間に、レナを呼ぶ声は遠くなり聞こえなくなった。
ドナルド・クレマン家の地下室から出てきたのは医者とギードだった。
「ドクター、レナはいつ目を覚ますだろうか」
「もう、そろそろかとは思いますが……」
「そうですか」
ギードは、そう言って医者のレナに関する記憶を小さな塊として取り出し、それを小箱に収めた。
明日医者がやってきた時、これを医者の記憶に戻せば良いだけだ。
「おや、先生こんなところで、どうされたんです?」
ギードが医者に問い掛けると、医者は首を捻りながら去って行った。
クレマン邸に戻ると、ドナルドが満面の笑みでギードを迎えた。
「やぁ、君のおかげで素敵な物を手に入れたよ。これで、街を放浪していたレナ姫を救った我が息子がレナ姫の婿として城に戻れるぞ」
今にも踊り出しそうな勢いである。
「まだ、レナの目が覚めていません。全てはレナが目覚めてからです」
ギードはそう言ってドナルドに微笑んだ。
「ギード、君の魔力さえあれば、そんな事、訳ないだろ?」
さぁ、今直ぐレナを目覚めさせるのだ。
ドナルドの心の中は、わざわざ覗かずとも、すっかり顔に出ていた。
「今は時期ではないでしょう。もう暫く、城の連中を焦らしておきましょう」
ギードは、そう言って地下室に向かった。
愚鈍な我が息子が、このくらい策を練られる男であったなら、どれだけ将来が明るいだろうか。
ドナルドの心を、ギードは嘲笑った。
お前の息子が愚鈍なのは仕方後ないさ、だって、お前の息子だからな。
それにレナをお前の息子になどやるつもりはない、レナは僕のものだ。
「レナ、もう少し眠っていてね」
ギードが優しくレナの傷付いた頭を撫でた。
記憶の中で、一番古い記憶は、ここと同じ地下だった。
「やっと逢えたのね。ハンス。私の大事な坊や」
若い女性の声。
あれは母だったんだよレナ。
レナは夢を見ていた。
夢の中のレナは十歳だった。
「どうして、そんな事をするんだ!」
父の声だ。
「ごめんなさい」
父の声が余りに大きかった為、何故叱られたのか分からなかったが、思わず謝った。
「あなた、やはり私にこの子を育てるのは無理です」
母は恐怖で声が震えていた。
自分は何をして、これ程父を怒らせ、母を怯えさせたのだろうか……。
辺りを見渡すと、兄がズタズタに切り裂かれた洋服を着て、呆然と突っ立っていた。
そんな兄を母は、レナから庇う様に抱きしめ部屋を出て行った。
あれを私がしたと言うの?
父が静かに語り出した。
「やはり暫く親戚のお婆さんのところへいこう、ハンス」
私はハンスじゃないわ、レナよ。
それに、あなたは誰?
レナは混乱した。
確かに父と母だが、レナの知っている父と母ではない。
それに、レナに兄は居ない。
「ブルーノ兄さんも一緒に?」
レナは思わぬ言葉を発した。
違う、これは、私じゃない!
「いや、ブルーノは行かないよ。ハンス」
「僕だけなんて、嫌だ!」
これは夢だ。
レナがそう思った時、後ろに気配を感じた。
「ごめんよ、レナ。君に変な夢を見させてしまった」
レナが振り返ると、そこに居たのはギードだった。
「ギード!」
「もう暫く眠っていてね」
その瞬間、レナは再び深い眠りに落ちて行った。
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