第20話 親友エヴァ 互いに心の支え

「ねえ、エヴァ。今日終わったら時間ある?」

 訓練校で同じグループになったカーラに誘われて、ここまで来てしまった。

「何だか凄く大きなお屋敷だけど、こんなお屋敷で私達何をするの?」

「お料理下ごしらえよ。何だか急な秘密の集会があるらしくて、人手が足りないんですって」

 尻込みするエヴァと対照的に、軽く言ってのけるカーラは、どうやら慣れているようだ。

「あまり遅くまでは無理よ」

「大丈夫。2時間もあれば終わるわ」

 カーラは、慣れた様子で屋敷の通用門から中に入ってしまった。

 慌ててエヴァも、後を追った。

 エヴァとカーラに与えられた仕事は、コック達が使った調理器具や食器を洗う仕事だった。

 洗っても洗っても、次々と汚れた調理器具などが運び込まれる。

 2時間後、エヴァもカーラもヘトヘトになってしまった。

「流石に2時間も洗い続けると、手がシワシワになるわね」

 カーラが、自分の手をまじまじと見て笑い出した。

「おばあちゃんの手みたいよね」

「ほんとだ」

 エヴァの手も、カーラの手同様にシワシワになっていた。

「ご苦労様、これ良かったら食べなさい」

 城のメイドが激務を完璧にこなした幼い臨時雇いの小間使い達に、ケーキとお茶を持って来てくれた。

「わぁ、おいしそう! ありがとうございます!」

「ご主人様からのお心使いよ。それと、これは今日のお給金ね」

 手渡された封筒を、二人は大切そうに受け取った。



 エヴァは、今日生まれて初めて労働の対価としてお金を得た。

「エヴァは幸せ者よ」

「え?」

「私は、ここで時々働かせて貰ってるの」

「どうして?」

「ウチは、父が早くに亡くなったもんだから、母と妹の三人暮らしなの。母の稼ぎだけでは、なかなか生活は苦しくてね」

「そうだったの…」

 カーラが、家の内情を話したのは初めてだった。

「だから私、訓練校でしっかり勉強して、お給金が良いお城のメイドになりたいの」

 エヴァは、家政が得意で訓練校に進学したが、終了後の具体的な進路は考えていなかった。

「ちょっと、凄いわよ!」

 カーラが、給金の封筒を覗いて叫んだ。

「間違いじゃないか、聞いてくるわ。後で返してなんて言われたら困るもの」

 カーラが、メイドを探しに行ったので、エヴァは一人になってしまった。

 カーラの足音が遠ざかるのと入れ違いで、向かってくる二人の男の話し声と足音がし、エヴァは思わず食器棚の足元に屈んで隠れてしまった。

 洗い場に入ってきた二人の男は、小声で話し始めた。

「なんと、姫君が」

「そうなんだ、いや驚いた」

「妃は?」

「亡くなったらしい」

「本当に、その娘は姫君なのか? 誰がか、王に近付こうと身代わりを用意したのでは?」

「分からない」

「名は、姫君の名は?」

「レナ様だ」

 レナという名を聞いて、エヴァは驚き、手に持っていた給金の封筒を落としてしまった。

「誰か居るのか!」

 隠れ続ける訳にも行かず、エヴァはオズオズと立ち上がった。

「なんだ、エヴァ・ジラールではないか、何故ここにいるんだい」

 そこに居たのは、エヴァとカーラが通う訓練校の校長ダニエルと、見知らぬ男だった。

「校長先生、あの、実はお手伝いを…」

「おお、そうだったのかい。もう、仕事は終わったのかい?」

「はい……」

「おい、ダニエル。この娘、今の話、聞いたんではないか?」

「あの、大丈夫です。私、誰にも言いません」

 エヴァは、膝の震えを抑える事が出来ない。。

「そうだね、仕事上耳にした事は誰にも話してはいけない、訓練校で最初に学ぶ事ですね」

「はい……」

「先に行くぞ」

 男が洗い場から去った為、エヴァはダニエルと二人きりになってしまった。

「大丈夫、エヴァ。そんなに怖がる事じゃない。メイドを目指すなら、このくらいの事は日常だよ」

 怯えるエヴァに、ダニエルはそう言うと去って行った。

 解放された安堵から、エヴァはその場にヘナヘナと座り込んでしまった。

「エヴァ、間違いじゃないんだって! 何でそんな所に座ってるの?」

 戻ってきたカーラが目にしたのは、床にぺたんと座り込んでいるエヴァだった。


 

 カーラと分かれて、自宅へ向かう道中エヴァはレナの事を考えていた。

 王様の姫君がレナと言う名前なのね。

 レナと同じだわ。

 レナは今何をしてるのかしら、時々手紙はくれるけれど、レナはうっかりさんだから自分の住所を書き忘れてるのよね。

 今度、いつあの家に戻って来るのかしら。

 レナが居たら、今日聞いちゃった話、真っ先にレナに教えてあげるのに。



 ジャメルから他国との外交について学んで居たレナも、ふとエヴァの事を思い出していた。

 エヴァ、今頃何をしてるのかしら……。

「姫君、聞いておられますか?」

「あ、ごめんなさい」

「何か、ほかの事を考えておられましたな」

「うん、エヴァの事」

「なるほど」

「会えないかな」

「と、申しますと」

「披露目の前に会いたいな」

「考えておきましょう」

「ほんとに!」

「ですから、勉強に気持ちを戻してください。時間がありません」

「はい……」

 でも、ちょっと魔力でエヴァの様子を……。

 近頃使い方が分かってきた魔力を使おうとするも、直ぐにジャメルにばれてしまう。

「姫君」

「バレちゃったか……」

「浅はかな」

「ごめんなさい」

「友の心など、覗き込むものではない」

「はい……」

 エヴァとの再会に、レナの心は浮き足立った。



 エヴァは初めて手にした給金で、家族には美味しいお茶を、そして親友レナにはお揃いのクリームを購入した。

 レナも家事で手が荒れてるだろうから、きっと喜んでくれるわ。



「じゃぁ、出すわよ」

 カーラと二人で求職票を提出しに役場にやってきた。

「エヴァも城のメイド希望で出そうよ」

 誘われたから、と言う訳でもないが、どうせ働くなら城のメイドになりたい。

 レナに再会した時、城のメイドとして背筋を伸ばし誇りを持って働く自分を想像していた。

 だが、数日後夢はあっさりと打ち砕かれた。

「エヴァ、お前、城のメイドを希望してたのかい?」

 帰宅したエヴァは、母から一通の手紙を受け取った。

 メイドとして働く事は許可されたが、城のメイドとしては不採用の通知だった。

「やっぱり、お城で働くのは難しい事なのね」

 落ち込むエヴァを、母が笑い飛ばした。

「何言ってるの、城で働こうと思ったらコネか家系が必要なんだよ」

 初めて聞いた。

「そうなんだ……」

「どこか有名な家と遠い親戚とか、そんなレベルでも良いらしいんだけどねぇ」

「そんなの、本人の能力とか全く関係ないじゃない」

「世の中、そんな物だよ」

 エヴァは、今までに無いほど落ち込んだ。

 しかし、翌日更に落ち込む事になる。

「エヴァ! 私、城のメイドに合格した! エヴァは!?」

 朝、エヴァの顔を見るなりカーラが駆け寄ってきた。

「私は、ダメだった……」

「え、エヴァの方が私より成績も良いのに……」

「そんな事ないよ」

「きっと、また募集はあるから大丈夫だよ」

 何度求職票を出しても、私は合格できないのよ。

「そうね、また出してみるわ」

 勉強も実技も私より成績の悪いカーラが城で働くなんて納得できない。

 社会に出る前に、社会の不条理で、エヴァの心は今までに無いほど荒れていた。

 レナ、レナは、どうしてるのかしら。 

 やっぱり私の親友はレナよ。

 こんな時そばに居てくれるのが親友でしょ?

 どこにいるのレナ。

 エヴァの心が通じたのか、エヴァにレナから手紙が届いた。

「ママ! レナが家に招待してくれるって! 行っても良いでしょ!?」

 やっぱり親友はレナよ。

 カーラへの嫉妬心が、一気に吹き飛んだ。

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