カールの処分
ウーレン族は名誉を重んじる。
婚約者を連れさらわれることは、最大の侮辱。許されることはない。
たとえどのような理由があろうとも、カールがシーラと共に逃げたのはまぎれもない事実。
ウーレン王族であるデューンが、無礼討ちでカールを斬るのは当然。むしろ、名誉のためにそうするべきである。
そうしなければ、デューンは女を奪われて報復できない情けない男として、いい笑い者になるだろう。
カールは、そういうウーレンの社会を知っていた。だが、シーラは全く知らなかった。
デューンが抜刀したのを見て、シーラは驚き、戸惑った。
殺気というものを、シーラは生まれて初めて感じた。
デューンは、いつものように、ほぼ無表情。だが、いつもとは全く違った。赤い目がますます赤く光り、射殺されそうだった。
一度顔の正面で立てた剣を、きりり……と斜に構える。
――本気だわ!
シーラは、息をのんだ。
だが、デューンの対象は、シーラではなかった。
デューンは、殺気に打たれて動けなくなったシーラの横を通り過ぎ、腰を抜かして震えているカールの前にたった。
「ひぇええ……」
顔を覆い隠し、ただ情けない声をあげているカール。無表情なデューン。
「ま、待って!」
シーラは叫んだ。
「待って! カールを殺さないで!」
――私は、何のために逃げたの? カールを助けたかったからじゃない!
それが……何よ、このざまは!
カールに怒鳴られたことを、シーラは忘れた。
デルフューン家のことも、モアラ家の評判も、自分のことも……。
ただ、デューンにカールを殺されてたまるものか! という気持ちだけが、シーラを支配した。
その感情が、ますますカールを狭地に追いやるとも気がつかずに。
シーラは、カールとデューンの間に割り込んだ。そして、デューンを睨みつけた。
「カールを殺すなら、私を殺しなさいよ! カールは、私の命令で動いていただけなんだから!」
それを聞いたカールは、慌てて叫んだ。
「ち、ち、違います! お、お、俺が、勝手にお嬢様を連れ出しただけでして。お嬢様は何もしていないわけでして」
びくびく震えるだけだったカールの言葉に、シーラは困り果てた。これでは二人、言い分が違いすぎる。
(そんなこと言ったら、あなたが殺されちゃうじゃないの!)
シーラには、状況によっては自分も殺されるということを、全く理解できなかったのだ。
駆け落ちは、ウーレンでは大罪。死罪になる。
シーラがカールをけしかけて逃げたとしたら、死罪は免れない。
その不名誉をかぶらぬよう、デルフューン家とモアラ家のために、シーラはデューンに殺されなければならないのだ。
二人のなりゆき逃走を証明できるのは、死んだはずの男とその連れだけだ。カールは、勇気を振り絞って、誘拐の罪を被り、シーラを救おうとしていた。
だが。
「とにかく! カールは悪くないの! 私が逃げてっていったんだから!」
「お嬢様じゃないです!」
延々と続くかばい合い。
端から見ると、ただ、どんどんと墓穴を掘っているだけである。
やがて、デューンは剣を納めた。
シーラは、一瞬ほっとした。が、次の瞬間、地面に倒れていた。
何が起こったのか、すぐにはわからなかった。
平手ではあるが、デューンにぶたれ、倒れたことに気がついて、張りつめていた気持ちが一気にしぼんだ。
――私……ぶたれたの?
信じられなかった。
でも、頬の痛みが間違いない事実を伝えている。
だが、それで終わりではなかった。
シーラが見ている目の前で、デューンはカールの襟首を持ち上げた。そして、強烈な一発を食らわした。
バキーン! と、人が人を殴ったとは思えないほどの、大きな音がした。
カールはすっ飛んで行って、地面に倒れ、動かなくなった。
「キャーーーーー!」
シーラは思わず悲鳴を上げた。
どこからともなく、間者たちの馬が現れた。
カールの乗っていた馬が、裸で繋がれていた。そして、馬車が別の馬に引かれていた。
間者たちは、ぐったりとしたカールを馬車に押し込んだ。
「待って! あなたたち、カールをどこに連れてゆくの!」
シーラは泣き叫んだが、無視された。
ぺたりと座り込んだシーラを、デューンが抱えて起こした。
「ちょっと! 何をするのよ! 放してよ!」
シーラは、バタバタと暴れた。
――私を……ぶったくせに! カールを殴ったくせに!
ついにデューンは一言も口を聞かないまま、シーラを馬に乗せて、走り出した。
馬、馬車、婚約者。
とりあえず、すべては取り戻した。
だが、今回の事件の後片付けは、まだ、これからだった。
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