火葬
「嫌! 降りる! ポニー! ポニー!」
シーラは、抱かれながらもバタバタと暴れた。
馬は、かなりの速さだった。さすがのデューンも手綱操作を誤って、もう少しでシーラもろとも落馬しそうになった。
ぐらっと地面が一瞬近づいて、シーラは我にかえった。
ここで暴れても、二人で馬から落ちるだけ。それは、利口な方法ではない。
ぐっとこらえると、涙が出て来た。
「ええぇーん、ええぇーーーん!」
ついにこらえきれなくなり、デューンの腕の中で、大声をあげて泣き出してしまった。
「な、な、何があったんです!」
泥だらけのシーラが、デューンに抱かれて戻って来た時、乳母のカーラは大慌てだった。
「落馬した。怪我はないと思うが、念のため、医者を呼んでくれ」
このような時でさえ、デューンは冷静だった。その冷静さが、薄情に感じて嫌だった。
シーラは、全くの子供になって、ずっと大声で泣き続けた。
「よしよし……。もう大丈夫だから」
耳元に響くデューンの声に、ますます腹が立った。
(何で、ポニーが死んじゃったのに、大丈夫なわけ? そんなはず、ないでしょう!)
そう叫んだつもりだが、ただの泣きじゃっくりになってしまった。
シーラはベッドに押し込まれ、医者の世話になり、興奮を静める薬湯を飲まされ……やっと落ち着いたのは、午後になってからだった。
シーラは、天井をぼうっと眺めながら、やはり泣いていた。
一時期の興奮が収まってくると、ポニーが死んだのは、自分のせいに思えてくる。
いつも以上に速く走らせた。きっと、ポニーは、シーラの期待に答えたくて、無理をしたのだろう。そして、おそらく足を折って……。
と、思うと、ぞっとした。
(確かめなくちゃ……。そうしないと、ポニーがかわいそう)
シーラはベッドから降りた。そして、まだ泥だらけの靴を履き、上着を羽織った。
カーラに見つかったら、怒られるかも知れない。
誰にも見つからないよう、そっと扉をあけて、辺りを確認した。が……。
なんと、部屋の前には、デューンが腕組みをして立っていた。
まるで、ずっと見張っていたようではないか? シーラは、腹を立てた。
「私を止めようとしても、無駄よ! そんなことしたって……」
――私とポニーの間を裂けないんだから!
と言いかけた。
しかし、デューンの言葉は、あっけなかった。
「止めない」
「え?」
シーラは拍子抜けした。だが、それだけではない。
「おいで。連れて行ってあげよう」
デューンが連れて来た場所は、先ほどのところではなかった。
干し草と花に埋め尽くされた穴に、ポニーの亡骸は運ばれていた。
まるで、のんびりと昼寝しているような顔で、シーラは声をかけたら起きるでは? と思ったほどだ。
ウーレンでは、人も馬も火葬する。火が、死を清めると思われている。
シーラは、ポニーの首を撫でてあげた。信じられないほど冷たくて、涙が出て来た。
「ごめんね。私が殺したんだわ。あんな走らせ方をして……」
ぽろぽろ涙をこぼしながら、シーラは何度もポニーの首を撫でた。
「シーラのせいではない。ポニーの死因は、心臓が止まったことだ。元々高齢だったから」
デューンが、そっと肩に手を添えてくれた。
「私の判断の甘さだ」
シーラは、驚いてデューンの顔を見つめた。
いつものように厳しい表情。眉間に皺がよっていた。
「この馬を受け取る時に、少し迷った。先のない年齢だろうと。それを知っていながら……」
……シーラを元気にしたかった。
デューンは口を濁したが、シーラは気がついた。
となれば、デューンのせいではない。やはり、シーラのせいだろう。
いや。
「牧場にいても、ポニーは死んだ?」
「わからないが……おそらく数年後には」
シーラは、泣くのをやめた。涙をゴシゴシこすって拭いて、笑顔を作ろうと努力した。
「じゃあ、よかった。私がこうして送り出せるんだから」
シーラは、何度か死んだ馬を見たことがある。
大人は、見るんじゃないと制止したが、牧場に住んでいれば、見たくなくてもよく目にした。
死んで生まれた仔馬や、産後の容態が悪くて死んだ牝馬や、放牧中に柵に激突した若馬など。
比較的日常のことだから、死ぬまでは手を尽くすが、死んだあとは物扱いだった。
足に縄をまいて引っぱり、穴に落として油をまき、火をつける。穴がいっぱいになったら砂をかけ、次の死に備えて他の穴を用意する。
おそらく牧場でポニーが死んだら、そうされただろう。そして、ポニーの親友だったはずのシーラは、その事実さえ知らないだろう。
――きっと、ポニーだって……そうじゃなくてよかったと思っている。
デューンは、短剣を抜いた。
そして、ポニーのフサフサで美しいたてがみを一房切り落とし、シーラに手渡した。それを受け取ったら、また泣けて来た。
カーラの息子のカールが、デューンの合図で火を入れた。
ポニーは、あっという間に火に包まれ、炎で見えなくなった。だが、シーラには、はっきりと見えた。
炎が、馬の姿となって、空に向かって、駆け上がってゆくさまを。
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