第3話『花売りの少女リルル』

 ノーライフキングの玉座をどかしたら、案の定、隠し通路が見つかった。


「システム面はWizardry寄りなのに、ギミックはドラゴンクエスト式なんだな」


 俺はそんなことを一人呟きながら、ひんやりとした大理石でできた階段を、カツカツと足音を響かせながら降りていく。


 しばらく隠し通路の階段を降りていくと、そこは、かつて礼拝堂として使われていたであろう、荘厳な空間だった。


 高い天井にはステンドグラスの痕跡があり、壁には天使の彫刻が施されている。その祭壇の前には、色とりどりの花が敷き詰められた石の棺が置かれており、そこに、一人の少女が静かに横たわっていた。


 身にまとっているのは、薄汚れた白いシーツのような布一枚だけ。ほぼ半裸の少女だった。その白い肌には、無数の切り傷や打撲の痕が生々しく刻まれている。見ているだけで、こちらの身まで痛くなるようだ。


 逃げられないようにするためか、手足の腱は無残にも切断され、さらに自然治癒しないように、その断面は焼きごてで無慈悲に焼かれていた。


 目も、何らかの腐食性の薬物で焼かれたのだろうか。まるで白内障を患った老人のように、白く濁り、光を失っている。ほとんど動きはないが、そのか細い口元からは、ひゅー、ひゅーっと、かろうじて風が抜けるような呼吸音が聞こえてくる。


「……っ、生きているのか?!」


 俺は、慌ててサイドポシェットから回復薬を取り出し、その唇に口移しでなんとか含ませようと試みるが、少女の状態は一向に改善する気配がない。


「くそっ、ダメか……! だが、俺に与えられた唯一のチート……【世界樹の葉】なら……っ!」


 俺が最後の切り札を使おうと覚悟を決めた、その時。背後から、静かな声が響いた。振り返ると、そこに、高位の魔術師がまとうような豪奢な法衣を身につけた、白髪初老の男性が立っていた。


 年の頃は70歳前半。顔立ちは凛々しく整っており、手入れされた美しい髭からも、かなり高貴な身分であったことが窺える。この男こそ、精神体となったノーライフキングである。


『我はお主に討伐されたことによって、やっと長年に渡って続いた呪いから解放される。我はお主には感謝してもしきれない……クソがッ』


 うっかり最後の方に、ノーライフキングの本音が駄々洩れになっていたような気がするが、多分、聞き間違えだろう。


「そんなことはどうでも良いんだ。それより、早くこの子を助けなきゃ駄目だろ。お前のノーライフキングパワーで、何とかならないのか?」


『無理じゃ……。仮に、我の生前の若かりし頃の、全盛期の魔術をもってしても……それは不可能じゃろうな。治癒術とは、あくまで身体の持つ自己回復力を劇的に早めるものに過ぎん。その少女が負っている傷は、もはや自然治癒でどうにかなる領分を、とっくに超えておる』


「分かった。お前には無理か。だが俺になら――可能だ」


『……我を倒した勇敢なる者よ。お主が何をしようとしているのかは、我には分からぬ。だが……一つだけ言えるのは、その棺に横たわる少女は、お主が命を懸けてまで守るような、そんな価値のある相手ではない……。あの少女は、我への供物としての役にしか立たぬ、ただの器じゃ』


「なぜだ?」


『その生贄の少女は、お主が考えるような清らかな乙女ではない。自らの身体を売って金貨を稼ぐ、卑しい売女じゃ。誰にでも股を開く淫売よ。その身も心も、とうに穢れておる。そのような者を……我を倒した、勇敢なる英雄が救うに値しない』


「はぁ?……知らねぇよ。なんか知らんけど、白髪のじいさんの癖に、本格的な処女厨こじらせたキモい発言して恥ずかしくないのかよ。生前と死後をあわせて、一体何年生きているんだ? お前はユニコーンか、何かか」


『はわわわっ……わっ、我もだな、別に個人的に、そういうアレな、こじらせた思想をしているわけではないのだ……はわわっ、我も、世間一般のっ、そうそう、あくまで世間一般の下劣で低俗な凡夫どもの思考を想像して、話していただけで、我自身がそのような下賤で狭量な考えをしているわけではないのだ。むしろ、そういう処女厨的なのってさ、ちょいキモいとすら思っているよ……信じて……っ!……ほらさっ、我は、分別ある大人だからさ、我を誤解してくれるな、ははっ……』


「はいはい。分かったから、はやく成仏してくださいね」


 初老のおじさんは、一つ咳払いをして額の汗を拭ったあと、再び荘厳な表情を取り繕い、言葉を紡ぐ。



『……勇者よ。全ての者を救うことなど、誰にもできはしない。時には、非情に切り捨てる選択……目の前の哀れな者を見捨てる勇気も、また必要なのだ。……我も、お主と同じように若かりし頃は、己の器の大きさを知らずに、あらゆる人間を救おうと奔走し、その果てに神に……いや、魔に魅入られ、魂を売った。その結果が、このザマよ。ダンジョンを作り、ダークエルフなどに生贄の少女を定期的に差し出させるような、堕落した存在にまで堕ちたのだ』



「でっ、結局、何が言いたいんだ?」



『お主の、その少女を救おうとする英雄的な行いは、確かに美談じゃろう。じゃが……生きている限り、お主の前には、この哀れな少女と同じように、救いを求める者が次々と現れるじゃろう。……そしてお主は、きっとその全てを救うための、更なる力を欲するようになる。そのために強くあろうとすれば、きっと我のように、最終的にはその身を滅ぼし、守ってきたものも、大切にしてきたものも、そのすべてを失うことになるであろう。我には……希望を抱くがゆえに絶望に飲まれ、最終的には破滅する、若き日のお主の姿が、ありありと見えるのじゃ……』

 俺は、ぐしゃぐしゃと頭を掻きむしったあとに、白髪初老の男に、ただ一言、応える。


「……はぁ。そうやって無駄にごちゃごちゃ考えるから、白髪になるんだぞ」


 一つ、深呼吸をしたあとに、俺は本当の言葉を紡ぐ。


「簡単な話だ。目の前に救える人が居るなら、救う。俺は、そういう生き方しかできない……いや、少しだけ違うか」


 俺は、脳裏に浮かぶ生前の記憶を振り払い、言葉を続ける。


「そういう。……そうやって生きて、そうやって死んで、そこに後悔はなかった。ならば、この世界でも、その生き方を貫き通すまでだ」


『……なんだと……お前、死を経験……っ、まさか……っ?!』


「さすがは究極のアンデッド、ノーライフキング。察しが良いな。そうだよ、俺は転生者だよ。そういう馬鹿な生き方しかできずに、結果、あっけなく死んだ、ただの馬鹿だ。だけどなぁ、その生き方を、俺は一度だって恥ずかしいと思ったことはないぜ」


『…………っ!!』


「その結果、また死ぬのであれば、本望だろうが!」


『……それ……はっ……』


「そんじゃ、いくぜっ! 一世一代の使い切りチート、【世界樹の葉】よ! 目の前の少女を、救えっ!」


『……おおっ……この神々しい……光はっ……!!』


 俺の叫びに応えるように、【世界樹の葉】がまばゆい光を放ち、棺の中の少女の全身を、優しく包み込む。【世界樹の葉】の本来の能力は、保有者が死亡した際に、自動的に一度だけ復活させるというもの。


 しかも、復活した者は、生前の能力の10倍になって蘇る。まさに、俺の最後の切り札と言うべきチートだ。いや、チート



 それを見ず知らずの少女に使うことに……「後悔なんて、1ミリもねぇ」



 神々しい光の中で、奇跡が起きる。少女の全身の切り傷が、まるで巻き戻されるかのように塞がっていく。


 白髪交じりだった金髪は、輝くような艶を取り戻し、焼けただれた手足の腱は、しなやかな弾力を取り戻す。そして、白濁としていた眼球は、再びエメラルドの輝きを宿していく。


 ――否。


 それは治癒や修復などという、生易しいものではない。再構成だ。まるで全身の細胞を、一つ残らず新しいものに入れ替えるかのように、その身体は、あるべき姿へと、いや、それ以上の輝きを持って、組み立て直されていく。


 それはもはや、進化と呼ぶ方が近かった。その神々しい光景を目にし、精神体は、静かに涙を流しながら、一人つぶやく。


『我が……間違っていたというのか……。よもや死んだあとに、それに気付かされるとは……。ああ……愛しのシズ……お前は、こんなにも身近にいたのだな……』


(……誰だよシズって)


 いまわの際に、俺には見えない何かが、ノーライフキングには見えていたのかもしれない。

 あるいは……、ただの痴呆による妄言の類か。


 真実は、もはやノーライフキングのみぞ知る。処女厨拗らせて童貞として死んだ彼は、満足したような、それでいて少し寂しそうな表情で、空気に溶けていくかのように、消滅した。


 そして、その場には、白い小盾と黒い小盾、そして紅いマントが、ドロップアイテムとして残された。


「5時間も掛けて倒したのに、レアドロがなかった時は、内心ちょっと焦ったけど、最後にはちゃんと落としてくれたな。やはり運極振りは健在だ。よし、早速装備してみよう」



 ===================

 名前:レイ

 種族:人族【LV:15】

 職業:錬金術師

 能力値

【筋力:1】【魔力:1】【速さ:1】

【耐久:1】【運:10(+100)】

 装備

【不死王のマント】 【満月の小盾】【新月の小盾】

 加護

【女神の恩寵】【邪神の寵愛】

 特殊

【限界突破】

 ====================



 うーん。


 新たに追加された【邪神の寵愛】と【限界突破】の効果が気になるな。これは、宿屋に戻ってから、ゆっくりと調べることにしようか。


「って、よく見たらって、何ごとだッ?!」


 運極振り10でも、あれだけのドロップ祭りだったんだ。110とか、一体どうなってしまうんだ? まあ、考えても仕方ない。


 俺がノーライフキングの装備一式に着替え終わり、十分ほど待っていると、棺の少女が、ゆっくりと目を開けた。


 意識はまだ朦朧としているようだが、うっすらと、こちらの姿を捉えているようだ。


「具合は、大丈夫か?」


「うっ……あっ、目が、みえます……。足も、手も、うごきます……」


「よかったな」


「っ……あ、あなたは、だれ、ですか……?」


「俺は、通りすがりの冒険者だ」


「わたしっ、不死の王のいけにえにされるために、ダークエルフに連れ去られたのに……。たす、かったのですか……? ひっぐ……」


「ああ。悪い不死の王は、俺が倒した」


 毒によるスリップダメージでなっ!


「わたし、……その、親がいないしっ、ダンジョンに入れるほど強くもないっ、ので、村の裏路地でっ、の仕事をしていました……。そしたら、怖い人たちに連れ去られて……それから、それからっ……」


「無理に話さなくてもいい。……大変だったな」


「っ、ひっぐ……はぃ……ふぇぇ……」


「俺の名前は、レイって言うんだ。君の名前は?」


「あたし……リルルって、いいます……。あたしの仕事は、です……」


「なるほど。リルルさん、念のためにステータスを確認させてもらってもいいかな? 治癒がうまく機能しているか確認したいんだ。変な状態異常とかが残っていたら、早めに治療しないといけないからな」


「もっ、もちろんですっ」


 リルルはそう言うと、自分のステータス画面を俺に共有してくれた。


 ===================

 名前:リルル

 種族:人族【LV:1】

 職業:花売り

 ステータス

【筋力:20】【魔力:10】【速さ:20】

【耐久:10】【運 :0】

 装備

【生贄の布】

 加護

【不死王の贄】

 特殊

【超自然治癒】

 ====================


 うおっ! すげっ……! 運以外のステータス、全部俺より高いじゃん。まあ、そりゃそうだよな。だって俺、運以外、全部〝1〟だもんな。


 世界樹の葉で、ステータスが10倍になったからか。はえぇ……すげぇな、チートって。でも、運のステータスだけが0なのは、【不死王の贄】の効果なのかな?


 ノーライフキングの野郎、どこまでも性根が腐ってやがる。まだ生きてたらぶん殴ってやってたのに勝手に死にやがって! ファック!


 俺は心の中で、今は亡きアンデッドの王に、最大限の罵声を浴びせた。


「ここも、外の森も、まだモンスターが多くて危険だ。安全なところまでは、俺が案内するよ」


「あっ……レイさん、よろしくっ、おねがいしますっ」


「任せなさいっ! あと、俺のことは〝レイ〟って呼んでくれると、なお嬉しいぞ」


「レイ……。あらためて、ふつつかものですが、おねがいします。……もし、レイがよければ、あたしのことは〝リルル〟って、呼んでくれますでしょうかっ」


「こちらこそ、よろしくな。リルル」

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