不遇職【錬金術師】が【運極振り】でダンジョン潜って一儲け!
くま猫
第1話『運極振りは最高です(怒)』
俺の名前はレイ。不遇職【錬金術師】にして、運極振りの転生者だ。生前の名前は山田光太郎。どこにでもいる、しがない安月給のサラリーマンだった。
満員電車に揺られ、上司に頭を下げ、すり減る一方の精神と引き換えに、わずかな給料をもらう。そんな灰色の毎日。今はもう遠い昔の話だ。
この剣と魔法の世界に転生してから、早2年が経つ。もはや転生初日のようにオタオタすることはない。それなりに場数を踏み、この世界の理不尽さにも慣れてきた。
いわば、プロフェッショナル転生者である。……と、自分にハッタリをかましていなければ、正直やっていられない。
俺は今、昨日偶然見つけた前人未到のダンジョンに、まさに足を踏み入れようとしているところだった。
目の前には、巨大な岩壁にぽっかりと空いた、闇へと続く大口。
洞穴からは、ひんやりと湿った土の匂いと、千年分の埃が発酵したような微かなカビの匂いが漂ってくる。ここが人間の住まう領域ではないことを、その空気が雄弁に物語っていた。
ギルドの地図にも載っていない、正真正銘の初物ダンジョンだ。冒険者として、心が躍らないわけがない。いや、正確に言えば、金儲けの匂いに、俺の鼻がひくついているのだ。
ダンジョンとは何か?
それは、大地の奥深くに広がる、謎と危険に満ちた迷宮のことである。そこは、異形のモンスターが跋扈する危険地帯。一歩間違えれば、骨も残らない。
だが、そんな死地とも言える場所に、命知らずの冒険者たちは後をたたない。
何故なら、ダンジョンでモンスターがドロップする希少なアイテムや、その奥底に眠るとされる古代文明の秘宝が、俺たちのような一攫千金を夢見る者たちを、抗いがたい魅力で惹きつけてやまないからである。
ダンジョンの探索で生計を立てる者を、この世界では
今日もどこかのダンジョンで、勇者、賢者、戦士、僧侶、魔法使い、盗賊……様々な
ある者は、歴史に名を刻む不滅の名声を求め、またある者は、王侯貴族すらも羨むほどの財宝を求め、そしてまたある者は――俺のように、ただ明日のパンのために、日々の食い扶持を稼ぐために、ダンジョンに潜る。
「ちなみに俺は、完全に食い扶持のためだ!」
冒険者にとって、未発見のダンジョンを見つけることは、この上ない名誉だ。ギルドに報告すれば、【ダンジョン第一発見者】として、その名が永久に記録される。酒場の吟遊詩人が、その武勇伝を歌にしてくれるかもしれない。
だが、そんな浮ついた名誉よりも、俺にとっては遥かに現実的なメリットの方が重要だった。初物のダンジョンでしか手に入らないユニークアイテムを、誰にも邪魔されずに独り占めできる可能性があるのだ。
「ちなみに俺は、ユニークアイテム目当ての、金にがめつい冒険者だ」
俺がこのダンジョンを見つけたのは、全くの偶然だった。昨日、森の中でゴブリンの群れに追われ、死に物狂いで逃げている最中に、雨上がりの濡れた苔で足を滑らせて、見事に谷底に真っ逆さま。
そこに、まるで俺を待っていたかのように、都合よくダンジョンの入口があった、というわけだ。
「さすが、運極振り。ツイてるぜ!」
……と言いたいところだが。まあ、冷静に考えれば、本当にツイていたら、ゴブリンの群れに襲われたり、毎日食うに困る生活なんて送っているはずがない。
まっ、それはそれ、これはこれだ。人生とは、そういうものだろう。
この世界のシステムが、俺のようなゲーマーにとって最も理不尽な点は、ステータスポイントが生まれついてのもので、レベルアップなどによって成長することが一切ない、というところにある。
転生特典でステータスを自由に振れると、あの胡散臭い神様に言われた時、俺のゲーマーとしての血が騒いだのが運の尽きだった。
どうせなら、誰もやらないような尖ったビルドで無双してみたい。そんなロマンを求めて【運】に極振りした結果が、このザマだ。
……いわゆる『転生ハイ』って奴だな。
それに俺が死んだ当時はアニメや漫画のファンタジー物も『不遇職』や『極振り』やが一強だったんだよ。だから俺も真似した。それ以上でもそれ以下でもない。
(……騙された!)
まぁ、今更愚痴っても仕方がない。転生時に、いきなり石壁の中にテレポートさせられて【*いしのなかにいる*】という、即詰み状態にならなかっただけでも、運が良かったと思うべきか。
ちなみに、プロフェッショナル転生者2年目、つまり俺のステータスは、何度見てもため息しか出ないが、こんな感じである。
===================
名前:レイ
種族:人族【LV:7】
職業:錬金術師
能力値
【筋力:1】【魔力:1】【速さ:1】
【耐久:1】【運:10】
装備
【冒険者の服】 【革の小盾】【革の小盾】
加護
【女神の恩寵】
特殊
【世界樹の葉】
====================
この世界での【運】のステータスは、地球でのそれとは若干意味合いが異なる。
地球での運が漠然としたものであったのに対し、この世界の『運』の数値は、モンスターのアイテムドロップ率や、宝箱の中身といった、確率が絡む事象に直接的な好影響をもたらす能力なのだ。
「実際、俺がモンスターを倒したら、かなりの確率でドロップアイテムを落とすからな。さすが、なけなしのポイントを9も注ぎ込んだだけのことはある……アッタワァ……」
だが、運の数値が高いからといって、無職でいても金に不自由しないとか、攻撃されても死なないとか、そんな都合の良いことは一切ない。無職なら普通に餓死するし、致命傷を負えばあっさり死ぬ。
この世界の【運】は、筋力や魔力のように、あくまで一つの戦闘能力として考えた方が正しい。俺が夢見ていたような「運極振りでカジノ無双、ウハウハハーレム生活」みたいなことは、一切なかったぜっ!
ドロップ率アップの効果は、確かに凄い。……本当に、確かに凄いのだが、そのメリットを帳消しにするほど、【運極振り】というビルドは立ち回りが難しいのだ。
どのくらい難しいかと言うと、転生したばかりの頃は、「あっ、俺、完全に詰んだわ」と本気で思ったほどである。
俺は【運:10】以外の能力、つまり筋力、耐久、速さ、魔力といった、戦闘に直結する能力が、すべて最低値の【1】。赤ん坊並みだ。
転生したての頃は、真っ向勝負でスライムにすら苦戦するありさまだったのである。
「――だが、今の俺は、あの頃の俺とは違うぜ!」
俺がこの世界で、かろうじて安定してモンスターを狩れるようになったのは、ゴブリンを死ぬ気で倒した時に得たドロップアイテム【毒玉】を手に入れてからだ。
運極振りの俺がゴブリンを倒せば、ほぼ確実に【毒玉】をドロップする。しかもなんと……一度に5個もだっ! 俺は、ゴブリンから入手できる毒玉を、アイテムボックスに常に大量にストックしている。
その毒玉をモンスターに投げつけ、毒のスリップダメージで相手が死ぬまで、ひたすら後退しつつ、モンスターからの反撃を小盾で【
それが、俺の確立した唯一無二の戦闘スタイルだ。その泥臭い立ち回りに欠かせないのが、【二盾流】である。俺は剣や槍といった、およそ主人公らしい武器は一切持たない。
その代わりに、左右の両肘に小型の円形盾
ビジュアル的には、魔法少女な暁美ほむら、または聖闘士星矢の紫龍が、小盾を両腕に装備しているイメージを脳内に思い浮かべてくれれば、かなり俺の姿と近いイメージになると思う。
「フッ……。これが俺の編み出した――二盾流だっ!」
まあ、口に出してみると、あんまりかっこよくはないかもしれない。
だが、毒玉を投げつけて、じわじわとスリップダメージで倒すこの戦法は、極振りステータスの俺が、この世界でサバイバルするための、唯一にして至高の生存戦略なのである。
ひたすら投げる。ひたすら受け流す。敵が倒れるまで、ただひたすらに。その姿は、お世辞にも英雄とは呼べない。
泥臭く、卑怯で、そして何より地味だ。だが、この戦法こそが、この非情な世界で俺が生き残るための、唯一解だったのだ。毒玉を当てて、ひたすらパリィしまくって耐える。
――相手は死ぬ。
「……我ながら、最強だ」
更に二盾流の良さは、仮に盾を一個破壊されても、最悪もう一個でなんとかなるという、リスク管理上の素晴らしさも兼ね備えている。
「中途半端に欲を出して武器を持つと、無意識のうちに攻撃に意識が引っぱられてしまい、防御がおざなりになる。これは、幾多の死線を乗り越えてきた俺の経験則からの結論だ。やはりダメージソースは毒のみに絞った方が、生存率は格段に上がる」
紙装甲の俺では、耐久力に頼った大盾を構えることすら無理だ。だからこそ、小盾で攻撃を弾き、時間を稼ぐ必要がある。
やっぱ、命あっての物種ですよ。おっと、そんなことを考えている間に、さっき毒を盛ったスライムが、ぷるぷると震えながら力尽きたようだ。
その体が光の粒子となって消えた後には、キラリと光る指輪が一つ。おお……レアドロップ品のスライムの指輪か。
ドロップアイテムの中でも、かなりの低確率でしか出ないアイテムだ。普通なら、ドロップするのは薬草程度なんだがな。
「さすが運極振り! ドロップアイテムゲットだぜ! ……まあ、普通にこのスライムの指輪は弱いから、道具屋に売っちゃうんだけどね」
これで当面の宿賃はなんとかなりそうだ。サンキュースライム、君の尊い犠牲は、俺の懐を温めるために無駄にはしない。
そんなわけで、今の俺の冒険は、毒玉・小盾・パリィ祭りってなわけですよ。さっきだって、森の中で遭遇したゴブリンに毒玉を投げつけ、ゆるやかに後退しつつ、奴の振り回す棍棒を小盾でパリィしまくっていたら、ノーダメージで勝てた。
「……まっ、速さが無いから逃げられないし、耐久が無いから大盾を構える防御特化のガン盾スタイルも出来ないし、筋力が無いからそもそもまともな攻撃もできない……。結局、この戦術で戦うしか、俺が生き残る方法はないんだけどな」
おっと……。そうこう言っている内に、今度はあっちのゴブリンがスリップダメージで息絶えたか。毒玉5個ゲット。あざっす。
ゴブリン先輩のドロップする【毒玉】には、本当に頭が上がらない。「ゴブリン先輩の毒玉なきゃ、とっくに無理ゲーだったぜ。ナイスゴブリン!」
ちょっとだけ立ち回りが難しいけどねっ! おっと、そろそろ昨日滑り落ちた谷がある所だ。今回は、ちゃんと木に縄をくくりつけて、安全に降りるとしよう。昨日は、谷底に尻から落ちて、しばらく悶絶したもんな。
俺は、アイテムボックスから取り出したロープを、近場の太い木にしっかりと結びつけ、安全を確保した上で、昨日見つけたばかりのダンジョンを目指し、谷底へと降りていく。
俺が見つけた谷底のダンジョンは、外から見ると、ただの大型肉食モンスターの巣穴にしか見えない。
だが、昨日、少しだけ中に入ってみたところ、明らかに人の手が入った、人工的な作りをしていたのだ。
「まあ、昨日は谷底への落下ダメージで死にかけていたから、ダンジョンの中を本格的に調査する余力まではなかったんだけどな。だけど、今日の俺は準備万全だ!」
おしっ! そんじゃ、早速中に入ってみるか。俺は、ごくりと唾を飲み込み、ダンジョンの重い石の扉に、そっと手をかけるのであった。
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