第9話 深夜二時

 深夜二時。

「クソあっちーんだけど」

 手のひらへ落としたマガジンの残弾は十。

「クーラーでもつけりゃどう」

 押し込みなおす背後でアジンが、両脇のダガーの位置を調整していた。

「バカ言わない。室外機運転させて待ち伏せは笑う」

「ならこの無駄口もだ」

 飯の種を追いかけ始めたのはうららかな春の正午。花見のシートのその上で、一斉配信されたターゲットの情報を受け取っていた。そりゃあ界隈には界隈のルールがあるってものを、派手に破って目立つだけ目立ったソイツはどうやら一匹狼を気取っているらしい。首を取れば年末のモチはもちもち、食べ放題の案件そのもの。つまり競合他者も枚挙にいとまはなく、始まったビッグレースにこちらもサービスへ誠心誠意と心を込めて、最速の成果を目指したあげくが真夏の締め切った室内で電気もつけずターゲットのご帰宅を待ち構える今、だった。

「暗がりならこっちの方が目はもう慣れてる」

 アゴ先の汗を拭う。

 左手にある、窓際のベッドには涼し気な藤編みの枕。置かれた3LDKの一軒家は、しかしながらターゲットのプロファイリングと噛み合わない。シンプル極まる室内はほかにめぼしいものもなく、水玉模様の壁紙に囲まれただ仁王立ちを決め込む。

「予定通りなら帰宅はターゲット、一人。入って来たところを俺が仕留める」

 ダガーの位置を整え終えたアジンが背後から身を乗り出してきた。

「だが複数の場合は」

 こちらと肩を並べて声を落とす。同時にチラリと投げた視線は、すでにわかっているな、と語っていた。

「こっちの出番。パーティでもおっぱじめるんじゃないなら弾も間に合うはず。で」

 ならこちらは真逆だ。返す声を高くしてやる。

「ギャラは折半だよん」

 などと間際で念を押すのは疑っているからじゃない。混線極める競合合戦のただ中で、どういうわけだか組むに至ったのは完全な利害の一致というやつだった。でなければ互いに一人でここまでたどり着くことなどできやしなかっただろう。事実はすでに互いが嫌というほど思い知っている。そしてそもそも折半したところでギャラはといえば、ビンボー染みついた身にはモチがもちもちのモチ、には変わりない額でもあった。

「長かったぁねぇ」

 ウンザリしたようにアジンが絞り出している。

「最初のギャラの使い道は、散髪かな」

 返したとき、玄関のロックが解かれた。仕掛けたセンサーが探知した音に、左手首のモバイルウォッチを振動させている。

 来た。

 口にする代わりだ。開いた両足の間へ軽く腰を落として身構えた。静かに銃を掲げたなら、否応なく緊張は先端にまで張り詰める。感じ取ったアジンも背へ、同じものを一本、通した。

 ややもすれば玄関の、無防備と床を弾く靴音がかすかに聞こえてくる。脱いでいるのか、服の擦れる音もガサゴソ空気を揺らした。

 そんな音へと向かって行くように、隣からアジンがゆっくり踏み出してゆく。その忍び足はネコがごとく繊細で、途中、こちらへ振り返ると、ドアノブ側の壁へ背をそわせた。

 あいだにも玄関の気配は曖昧なそれから輪郭を持った人の動作へすり替わっている。交互に落とす踵をドスドス、この部屋へ続く廊下に響かせた。

 つまりここからは、し損じなど許されない一発勝負というやつだ。備えてアジンも入って来るだろうターゲットに、こちとらいるなら続いて入って来るだろう連れの気配に、神経全てを傾けた。

 ホーリーシット。

 すぐにも吐き出しそうになって飲み込む。あろうことか足音のポリフォニーだ。似たようなリズムで少しづつズレながら、足音は分散して近づいてくる。

 二、三、四……。

 急ぎ数える最中、トンデモない、と言わんばかりの顔で振り返ったアジンと目が合っていた。数えるのを諦めたところで足音は、この部屋めざし駆け出し始める。トンデモなかったアジンの顔が今度はどうするんだ、とこちらへ問いかけ、いや、どうにもこうにも事態に過るのは想像以上の想定外というやつだ。「ヤバイ」の三語も上げ損ねる。

 瞬間、ひとつ、またひとつ。突き破って来たナニカにドアが小さく粉を吹き上げた。開いた小穴に発砲されたのだと気づくまで秒もなく、急ぎ伏せて床を転がる。体はすぐにもベッドへぶつかり、おかげで気配は察知されると、そこから先は乱射となった。ドアを砕いて次々、光は細く差し込み、蹴破った足が最後に突き出す。

 向かい、伏せたままでだ。

 銃口をかざした。

 視界へアジンの背は飛び込んでくる。同時に喉を掻き切る動きは直線的で、美しいほど無駄がない。血飛沫ひとつかぶらぬ角度の切り口も毎度のごとく鮮やかで、たちまち虚脱して崩れる落ちたターゲットの体がドア前をふさいだ

 いや、こいつはターゲットじゃあない。

 捻じれてこちらをむいた顔に眉間を詰める。

 競合者だ。

 クソ。

 アジンを援護し、トリガーを絞っていた。トコロテンよろしく現れた次の顔へ食らわせたなら、倒れたその向こうから新手は身を乗り出し、めがけてアジンがダガーを投げる。額に突き立てのけ反る姿を見るまでもなく、返すきびすでアジンがこちらへ身を弾ませた。その背を護ってトリガーを絞り続ければ、排莢のリズムはこんな時でも小気味いい。辺りへ次第に火薬臭さは広がり、ほどの火力にいっとき相手も後退していった。

 見はからってアジンが、ベッドへ飛び上がる。迷わず窓へ手をかけるが、開かないなどと意図的な工作でしかないだろう。その手が残るダガーを握り変えた。刃を盾に、いったん身を引き窓へ飛び込む。

 深夜二時、聞き慣れた銃声よりガラスの割れ飛ぶ音が耳に刺さる。

「っ、ちょっ」

 アジンの体はきれいさっぱり窓の向こうへ消え去って、こちとら名残りと破片を浴びた。そこで全弾撃ち尽くしたスライドは開き切り、頭上から声は投げ込まれる。

「こっちだっ」

 立ち上がれば被っていたガラスが飛び散っていた。

 まったっく、ここが一階じゃなきゃどうしていたんだ今夜。

 上がったベッドを蹴りつけ、こちらも外へ身を躍らせる。

「これ、どーゆーことっ」

 もう息を殺していても意味はない。

「こんな夜中まで熱心なこったっ」

 つまり握らされたのはガセネタで、ターゲットに辿り着くどころか争奪レースから抹消されかけた、ということらしい。

「それ、お互い様っ」

 くどくど追いかけてこないのが何より証拠だ。

 手を引け。

 脅したつもりなら冗談じゃない。

 返答は二十四時間後にも思い知るだけのこと。

「うあ、表にもまだいるじゃんっ」

「だろうなっ」

 アスファルトを蹴りつけ横っ飛び。

 深夜二時から遠ざかる。

 もくろみ目指し、巡り来る次なる二時へと夜を走る。




「note」の「シロクマ文芸部」お題、「深夜二時」参加作品


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