第三章 魔王退治は一旦地球に戻ってから

1話 そうなんだ、うぃっす、マモ姫ちゃん

「だんじょんじょじょ~ん、だんじょんじょ~ん」


 ホロギウム東、ラギオ帝国から南に砂漠の道を歩き続けて二〇日あまり。とある町はずれの地下迷宮内で、酷い歌詞と歌声がこだましていた。


 声の主は、もちろんのこと、竜皮の鎧と装飾のない鉄兜を身に着け、左手に大盾を、右手に伝説の仙竜の爪から削り出した聖なる槍を携えた、勇者の証無き転生者の旅人少年である。


「シンジ殿、上機嫌でございますな」


 おっかないしゃくれ岩石顔に、世界針への信仰を厚く持つレッサーオーク僧侶ジオ。


「うむ。あるじシンジの喜びは拙者の喜び」


 邪悪な死霊魔術の儀式によって生まれたキメラで、今はいろいろあって少年に仕えるサムライエルフ。


『シンジさんが嬉しそうでマイトも嬉しいのですよ』


 亡者も魔物も怖くて戦闘にはまったく役に立たない、人見知りな骸骨商人マイト。


 誰も、シンジを否定しない。


「けっ。とんだ駄々甘どもだぜ。やっぱりこのラル様がしっかりしねぇとな」

「地図も碌に読めないアホ妖精は黙ってろ」

「なんだと! おいらはちゃんと分かってたぜ! その証拠に、ちゃあんと近道だっただろうが!」

「それは、お前が間違えた道で発動した大岩ゴロゴロローリングストーントラップから逃げるために全力ダッシュしてきたから、早めについただけだろう」


 魔物はびこる迷宮内で随分とやかましい探索であるが、問題はない。


「―――!! やいシンジ!」


 一億年もの間、脆弱な身体で命を繋いできた小人妖精の危機察知能力が、狭い通路から迫りくる脅威を感じ取った。


「アイアイサッサー!」


 珍妙な返事と共に、シンジが一党の先頭で盾を構える。


「ジオ、退路確保。サムライエルフはマイトを守れ。マイト、お前は噛まなきゃ効果がない薬草をもぐもぐタイムだ」


 頭目として、てきぱきと指示を出すシンジは、中腰になって槍を引き、“鼓動”を使える体勢を取る。


『死ねぇ!! 勇者共ォ!』

「勇者じゃないって、言ってるだろ」


 大盾にガン! と、ゴブリン数匹の質量が襲い掛かる。


「ぬぅぅ!!」


 シンジは兜の奥でひん曲がった表情になりながら、それを受け止めると、

仙竜爪槍せんりゅうそうそう―――

 ―――トクン、と、“強すぎない鼓動”を打つ。新技。一日一回しかできない『大太鼓オオダイコ』ではなく、


弩尓ドンッ!」


 盾の裏側から、鋭い突きが三度、続けて見舞われる。


ッ! 喝ッ! 喝ッ!」

『グエッ!?』


ゴブリンが三匹、撃ち漏らしもなく頭蓋に穴を空け、迷宮の床に沈む。


「痛ってぇ……けど、ちょっとは慣れてきたかな。サムライエルフ、交代だ」

「はい、主シンジ、拙者が今すぐ―――いや、やはりそれがしの方がいいのか。ふむ、一〇〇〇年も生きて相変わらず唯々諾々と主の名に従うばかりである上に、一人称も定まらぬ自分とは一体―――」

「いかん! 一〇〇〇年目のモラトリアムで俺が死ぬ!?」


 シンジ は きき に おちいった !


「ちっ、これは使いたくなかったがしょうがない。、 がんがんいこうぜっ」

「……! うおおおおお!!!!」

『な、なんだこのエルフ、強いぞ、グハッ!?』

『ぎゃあっ!?』


 突如迷いを振り切ったサムライエルフが、抜き放った大剣で魔法のような太刀筋の剣技を繰り出し、ゴブリンどもをサクサクとほふっていく。


 そして、

「サム、カムバァァァァッック」

 と、一人で勝手に奥深くまで駆け出しそうになるのを、シンジが大声で止める。


「―――はっ! 主シンジ、次なる指示を御用命くだされ」


 何やら我に返った様な仕草で、シンジの横に片膝をつくサムライエルフサム


「一旦止まっとけ。お前は放っておくと、道々のトラップを全部発動させながら進んでいって、ゴキブリ咥えた猫さんよろしく迷宮のボスの首をとったどー! して帰ってくるから」


「はっは! 従順な畜生の如きですな」と、ジオが笑えば、

『もうサムライさん一人でいいじゃないですかぁ?』と、マイトも応じる。


「オート操作のヌルゲーは勘弁デース」


 シンジはやりこみ派のようだ。


 さて、そんな、変わった仲間を連れたシンジたち一行を、見つめる目があった。


 ―――ククク、面白い連中じゃ。


※※


 町の学生たちが、魔物に囚われてしまったので助けに行って欲しい。


 それが、シンジたちへの依頼。いわゆるクエストであった。


 さらわれた一〇人の内、既に九人は救出済みである。


「しかしですな、シンジ殿」

「なん?」

「一人助けるごとに迷宮の外までお連れしてから再度潜るというのは、なかなかに非効率であると思われます」

「お言葉だがジオ殿、主シンジは、拙速せっそくは事を仕損じると思っておられるのだろう。

 無力な学生を連れては行けぬし、全員で動かねば思わぬ罠にかかってしまうやもしれん」

「それは拙僧にも理解できますぞ、サムライ殿」


 ジオが聞きたかったのはそこではない。


 、である。


「人の命がかかった鉄火場。焦ったりはしないのですかな」

「焦ってもしょうがねぇべ」

「それはそうでございますが」

「人間、死ぬ時は死ぬ。PCとは違って何もしてないのに壊れるんだ。

 間に合わなかったら、せめて骨だけでも拾って両親にジャパニーズDOGEZAだ」

「ふむ」


 ジオは、シンジがこうしてシビアな死生観を開陳かいちんするとき、決まってこう思う。


 我らが頭目となった少年は、妙に底が知れぬ、と。


「おや? また行き止まりですかな」


 どうやらまた、方向音痴な小人妖精が道を間違えたらしい。


「もういい、ラル、地図は俺が読む―――ええい、うるさい。あとでリラに言いつけるからな」


 シンジは地図役マッパーになった。


「やいシンジ、この先、罠がある気配がするぜ」

「分かった。みんな待ってて。ちょっと行ってくるから」


 シンジは斥候スカウトになった。


「来たぞ、今度はスライムだ。俺の盾に隠れろ」


 シンジは盾役タンクになった。


「シンジ殿、背後からもきゃくがいらしたぞ!」

「弩尓―――喝ッ。よし、今すぐ行く……って、サム、何でそんなところで立ち止まってる」


 シンジは前衛から後衛になった。


「主が止まっていろ、と申されましたので」

「この指示待ちポンコツAIエルフめ」

『シンジさぁん! 助けてくださぁい!!』

「よし待ってろ―――って、頭目おれ、やること多くない?」


 とんだマルチタスクであった。


※※


 辿り着いた、迷宮の最奥。


 一人の少女がいた。

 齢は一二歳程度か。

 学生服を着ていた。


 だが、囚われていたのではなかった。


「騙して悪いのぅ、勇者一行よ。たちと口裏を合わせ、貴様らの力量を試させて貰ったのじゃ」


 の黒髪に、赤い肌。

 額に一本、小さな角。


 魔物が彼女に、かしずいていた。


「わしはウォムリィ。魔物を統べる、魔王の娘じゃ!」


 年齢不相応な威厳ある声が、迷宮の最奥に響き渡る。


 だが。


「そうなんだ、うぃっす、マモ姫ちゃん」

「……よくぞその反応で現実を受け入れたのじゃ」


 まおう の むすめ は こんらん している !


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