2話 面白い人間であるな。気に入ったぞ
ベン・アッガー。
この名を、読者諸氏に覚えていただきたい。
かつて、魔王を倒した『勇者の仲間』の
現在は、生まれ故郷でもあるアキマ王国軍の名誉騎士長。
また、此度の
「ベン様! 歩兵隊が竜と会敵! 魔術師部隊の援護を求めております!」
「ほう、どうしたもんかのう」
「さすがベン殿だ」
「どんな状況でも落ち着いておられる」
「いや、ボーっとしてるだけだと思うんだけど」
ラットとウィンに、シンジが冷静に突っ込む。
「山の採掘者の避難、完了しました!」
「は? あんだって?」
「労働者の! 避難は! 完了しましたッ!!」
「そうか、それで、歩兵隊は今何をやっとる?」
魔王を倒して、六〇年。御年すっかり八五歳。
「なぁ、兵士さんたち、あの耳の遠いボケ爺さんに任せてたら、全滅するぞ」
「問題はない」
「アキマが産んだ英雄ベン殿を信じろ」
「いや、その
過去の栄光はもう出涸らしどころか、ただの
しかし、捕虜の進言も虚しく、カリスマの弊害というやつで、兵士たちは次々と無策の突撃を繰り返し、消耗していた。
「くそ、異世界転生の初っ端でこんな地獄篇を見せつけられるとは……ん?」
二人の騎士に挟まれたシンジと、老英雄ベンの目が合った。
白い髭の大柄な老兵が、ずんずん歩み寄ってくる。
「お前さん、その格好、槍兵か?」
「え?」
ボケ老人の、深い皺が刻まれた表情が輝く。
「おお! 久方ぶりの“竜槍歩兵”じゃ!!」
「はぁ? 何言ってんだ、アンタ」
ベンは、困惑するベースを背負ったガラクタ甲冑男に、今までとは打って変わって快活な声をだし、
「はっ!」
気迫と共に、掌底をシンジの胸部に突き刺す。
「……?」
最初、痛みは感じなかった。しかし、それは突如襲ってきた。
―――ドクンッッ!!!!
「いっ―――」
その大声は“仙竜山脈”全体にこだました。
「てええええええええええ!!!!!!!!」
その“技術”を習得した者は、まるで、心臓が“巨大化”したようだったと語る。
「人知を超えた力を持つ、二人の勇者殿にお仕えするため創始した“鼓動”!
心臓を“強く”打ち、全身に素早く大量の血を巡らせ、身体能力を向上させる!!」
のたうち回るシンジに、ベンが得意げに“鼓動”の解説を始める。
「なんか、乳首の毛穴からスイカを出した痛みだったけど―――」
想像しづらい痛みの表現をした後に、シンジは確かな実感を得る。
「俺、強くなってる……!」
「そうだろう、はははっ!
ちなみに、さっきのは“鼓動術”のコツを掴むための荒療治!
二回やると心臓が爆裂するので、後は地道な修行じゃ!!」
サラリと心臓の爆裂警報を出される。
しかし、シンジは高まったテンションのせいで、ツッコミを入れ忘れる。
「さぁ! 手始めにあの山竜を仕留めてくるが良い! 我が一番弟子よ!!」
「ウッス! 師匠!!」
そう言って山竜の方へ駆け出したシンジは、一時的に上がった身体能力と、その場のテンションで猛然と走り出した。
「うおおおおお!!!!」
そして、忘れていた。自分がベースを背負っただけの一般人であることを。
「どうしよおおおお!!!!」
間抜けな叫びを上げながら、深緑の竜の前に躍り出てしまう。
竜にお手玉のように扱われ続け満身創痍の兵士たちが、驚愕に目を見開く。
「な、なんだあの少年は!?」
「我々でも歯が立たない! 逃げるんだ!」
「いや、彼の格好と動きを見ろ、きっと、ベン殿が遣わしてくださったのだ!」
「そうだ! 我らが英雄、ベン殿を信じろ!」
「「「「「「ベーン! ベーン! ベーン!」」」」」」
「いや、その英雄様のボケボケ万歳突撃で君たちボロボロなんだからね?
マジで大丈夫なのか、この国の兵隊」
しかし、そういうシンジが一番大丈夫ではなかった。
山竜は、まさにシンジの世界で神話に見る翼もつ恐竜といった造形。
身の丈は八階建てのビルに相当するほどであった。
神々しく、アキマの騎士たちを一方的に蹂躙する様は、遠目で見ていっそ清々しかった。
「……」
「グルルルル……!!」
だが、鼻先十五
「……一曲、弾かせてもらえるか」
「グル?」
どうやら“鼓動”の効果は一瞬であったらしく、上がった身体能力もテンションもすっかり下がっていた。
もはやこれまでと、ベースを取り出し、辞世のブルースを奏でる。
「お~お~ シンちゃんの~ ぶる~すぅ~~~」
「グル……」
さんりゅう は こんわく している !
即興でワンコーラス歌い終える。
すると、予想だにしない出来事が起きた。
『……下手くそな歌であるな、人間』
「へ? 喋れるの」
『ほう、お主、転生者であるな』
「うん、そうだけど?」
『異世界からの転生者は、このホロギウムの言葉持つすべての民と話せるという』
「そうなんだ、ウッス、ヤマさん。俺、シンジ、よろしくね」
『三〇〇〇年の時を生きる竜に随分軽やかな挨拶であるな。
ふっ、面白い人間である。気に入ったぞ、シンジ』
シンジは、二束三文少女漫画のヒロインのような気に入られ方をした。
※※
「で、ヤマさんは人間なんか食わないし、興味ないから、とっとと帰れって」
傍から見れば、シンジが山竜を言葉によって鎮めたように見える。
ド下手くそな歌と、塵よりも軽い挨拶がきっかけになったことなど分からぬ者たちは、呆気に取られている。
「はっは! さすが我が一番弟子よ!」
「いや、あのときはついその場の勢いで言っちゃったけど、アンタの弟子になったつもりは」
「では帰還するぞ! 誇り高きアキマの騎士たちよ!」
「聞けよ、この押しかけ師匠」
「あの、シンジ様」
半ば無理やり『竜槍歩兵』見習いとなったシンジに、黒衣の少女、ラキィと二人の近衛兵、ラットとウィンが話しかける。
「どしたの御三方」
「実は、シンジ様の御力をお借りしたいのです」
ラキィが語るには、こういうことであった。
「我らがお仕えする王女、フィア様が、牢にいることは知っておりますね」
「うん、知りたくもないのに勝手に伝わってきたよ」
「実は、今、王国では、死霊が人を殺す事件が起こっているのです」
「へ?」
「シンジ様には、その解決を手伝っていただきたいのです」
「……なにそれ、異世界やっぱすげぇ」
そういうことになったのであった。
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