第9話

第九回

集合と言ってもヤグチマミリの前にやって来たのは一人だった。それは飛んで来た。地表から一メートルぐらいのところを飛んで来た。飛んでくる途中で銀杏の木を一本なぎ倒して来た。まみりの前で方向を転換して地上に降り立った。さっきのごたごたしているあいだにいつの間にかロボットの姿が見えなくなっていたことも気づかなかった矢口まみりだった。

「きみは空を飛ぶこともできるかなり。きみのことを忘れていてごめんなり。きみは矢口くんの分身なり」

「どうだ。すごいだろう。まみり。このロボットは空を飛ぶことも出来るんだ」

「でも、なんでスーパーロボを呼び寄せたなり。パパさんなり」

つんくパパはおごそかにのたまった。

「スーパーロボヤグチマミリ二号はまみりがハロハロ学園でいじめられているのを救うよりももっとおおががりな仕事も出来るのだよ。まみり。パパの頭の中にはある事件の記録が残っている。一九七二年にニューメキシコ州のサウスダコダで怪事件が起こり、村の住民がすべていなくなったという現象が起こった。その村には保安官がいなくて、隣の村の保安官が消え去った村へ行くとインディアンの血を引く九十才になる老人がひとりだけ残っていて空から大きな固い殻を被った丸いさそりが降りて来てみんなの姿を消してしまったと言った。その土地のインディアンの古老の間ではそういう伝説が昔から何代にもわたって語り継がれて来たからその話とこんがらがっているのだろうと地方新聞の記者は書いた。たまたま何かの機会でパパはその記事を読んでことの重大性を認識した。固い殻を被った丸いさそり、いろいろな国にその伝説はある。しかし、それは伝説なんかじゃない。空飛ぶ円盤を宇宙人の乗り物だと言って、その中に宇宙人が乗っているなどと悠長なことを言っている人間がいる。空飛ぶ円盤はそんなものではないんだ。まみり、なんだと思う。それは手術室なんだ。遠隔手術がおこなわれる。ああ。パパは考えただけでも恐怖で身が凍るよ」

「パパの言っていることはよくわからないなり」

「こんなおそろしい事実が公になったら世の中はどうなるだろうか。ああ。おそろしい。ただ言えることは円盤の中には宇宙人がいるなんてことはあり得ないということなんだ。まみりの心の中に暗い影を落とすのは嫌だからこれ以上のことは言わないけど。みんなが宇宙人を見たなんて言うだろう。しかし、それはみな地球人なんだ。ああ、恐ろしい。だから円盤はみな破壊しなければならない。そうしなければ地球は滅亡してしまう。そのための機能もスーパーロボヤグチマミリ二号には持たしてある」

「矢口くんにはパパの言っていることはよくわからないなり」

まみりはまた同じ言葉を繰り返した。

「空飛ぶ円盤も隠密怪獣王も同じものだということなんだ。その腕時計でスーパーロボヤグチマミリ二号を呼び寄せることが出来ただろう。今度はスーパーロボヤグチマミリ二号、巨大化十二メートルと腕時計に向かって言うんだ。それがスーパーロボの操縦機なんだからね」

「パパ、ありがとうなり。スーパーロボットヤグチマミリ二号、巨大化十二メートル」

と矢口まみりは叫んだ。するとどうしたことだろう。目の前にいるスーパーロボはどんどんと巨大化して五階建てのビルくらいの高さになった。矢口まみりの前にはスーパーロボのブーツのさきの方が見える。そのブーツも矢口まみりの履いているものとすっかり同じである。

 そのとき墓地の地下倉庫の中に隠れていたお馬鹿三人は何をやっていたのだろうか。まず王警部はやはり五目玉の算盤をはじきながら、腕を組み、また腕を組みながら、五目玉の算盤をはじいている。そしてときどき天井のほうを見上げて何か考えている。そして紙のはし切れにちょこちょこと数字を書いて、また鉛筆のさきをなめる。そしてため息をついて、それから何かに憤っているように口をふくらませる。自分の退職金の中からミサイルを撃つ費用を捻出しようとしているようである。

チャーミー石川は村のはずれの辻堂でひとり仏様を守っている尼さんみたいに数珠をがちゃがちゃさせて神仏に祈りをあげている。その姿はまるで自転車に乗せられたETのようだった。

井川はるら先生にいたっては見物だった。「羊の血を、羊の血を」と叫びながら地下室の中を彷徨っている。はるら先生は最近、黒ミサにこっていた。床の上でぶつぶつと言っている他のふたりの間をぬって、いつの間にか魔法陣を描いていた。その魔法陣の上に王刑事もチャーミー石川も座っている。「あの悪魔を鎮めるためには羊の血が必要だわ。羊の血が。羊の血がなければ、処女の血が必要」そう言ってチャーミー石川の方をぎろりと睨んだ。井川先生とチャーミー石川の目があった。「きゃぁー。あの人。わたしを殺そうとしている」チャーミーは叫んだが、何故か井川はるら先生は矢口を求めて外に出て行った。

「スーパーロボ、右足をあげて、そしておろして」

矢口まみりが腕時計をとおして命令するとスーパーロボはそのとおりにした。どしんと地響きが起きた。地上にまみりを捜しに井川先生が出て来ただけではなく、王警部もまみりのところにやって来た。チャーミーはまみりの腕にからんだ。

「まみり。あれは。あれは、まみりの親戚の女の子じゃないの」

スーパーロボは五人の前に威風堂々と立っている。

「もう冷凍キングサーモンもたらば蟹も越前蟹もまぐろもほっき貝もあわびもさざえも伊勢海老もオマール貝も、隠密怪獣王、ただでは食べさせないわ。そんなことをしたら物価指数が上がっちゃうでしょう。このスーパーロボと矢口さんが許さないわよ」

「まみり、格好いい」

「僕もひとまず応援するよ」

王警部も付け加えた。

黒ミサに凝っている井川先生だけは悪魔に対抗するには近代科学ではだめ。地下からデーモンを呼び出さなければと、とひとり自分にだけ聞こえるようにつぶやいて、にやにやとまみりの方を見つめている。

「みんな、離れて。スーパーロボが発進するから」

五人はスーパーロボヤグチマミリ二号から離れた。

「はっっっしん」

矢口まみりが命令すると巨大ロボットのブーツの底からジェット噴流が吹き出した。そして重力に逆らってスーパーロボは空中に上がっていく。千メートルくらい上空に上がってからまた逆噴射しながら降りてくる。そして五十メートルくらい前方にある築地市場に降り立った。

「さあ、スーパーロボがいれば怖いものは何もないなり。わたしたちも築地市場に行きましょう」

「まみり、前に見たテレビでは巨大ロボットの手の平の中に操縦者が入って空中を移動して行くというのがあったけど、そういうのはないの」

走りながらチャーミーがぶつぶつと言った。「チャーミー、そんなことでは二十四時間テレビの司会者にはなれないなり」

「なれなくってもいいわよ。まみり」

とっくの昔にスーパーロボは降りたってまみりたちが来るのを待っている。まみりは走りながら汗が出てきた。首筋から汗が出る。まみりの頸動脈が浮き上がる。それを見て黒ミサの井川先生が無気味に笑った。

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