#12、大型クエスト⑤
夜の平原に、華が咲いていた。パチパチと音を鳴らし、闇夜で赤く咲き乱れている。
地面から伸びた焚火の傍を何人かの冒険者が囲み、騒いでいた。ある者は仲間と楽しく談笑し、ある者は無言で食事を摂り、ある者は己の武器を磨いている。
「旨い」
ドリトラ特製フォングベアのシチューに舌鼓をうっていたフィールは、ほぅっと息をつく。現在、クインズハーピー討伐隊は一回目の夜営に入っていた。
フィールの近くにはクロード、ギルバートの他に王蛇四兄弟が座している。
「そうじゃろそうじゃろ。おかわりはたんとあるからの」
孫を相手にするように慈愛の笑みを浮かべるドリトラ。それを三人の弟達がやいのやいの言っている。
時折、突き刺すような女の視線がフィールを襲うが、フィール自身は大して気にせず、黙々とスプーンを口に運ぶ。
「フィー、このシチュー気に入ったの」
「ん」
「俺も。あ、ドリトラさん。差し支えなければこのシチューの作り方と材料と配分教えてもらってもいいですか」
「おお、構わんぞ」
意中の相手を落とすなら胃袋を掴むのは有効な手の一つじゃからな。レシピを書いた紙をクロードに手渡し、彼にだけ聞こえるようにドリトラは囁く。
どうやらクロードがフィールに想いを寄せていると見抜いたようだ。頑張れ少年と肩を叩き、ドリトラは自分の席に戻った。
「どうしたんだ、クロード。少し顔が赤いようだが?」
「ななな、なんでもない」
「ホッホッホッ。青い青い」
「懐かしいべな。ワシらにもあんな時期があったもんじゃ」
「あー、爺さん方。あんまウチのクロードをいじめねぇでやってくれや」
「すまんすまん。ところでフィール嬢ちゃんや」
「何だ」
「話は変わるんじゃが、ワシは生まれてこの方、錬金術士など見た事がなかったのだが、それは具体的には何をどうするものなんじゃ?」
ふと疑問に思ったドリトラ、ドリトリとにかく四兄弟の誰かの言葉に残りの三人が追随する。それもそうだ。トルノアの街に錬金術士という職業人は驚くほど居なかった。
そこへギルバートの援護射撃が入る。
「そういやフィーと組んで数日経ったが、その辺はオレ等もスルーしてたな」
「そういえば何だかんだ言って俺達も完成品しか拝んだ事なかったね」
「そうだったか? まあいい。錬金術というのはな……」
開いた口を直ぐに閉じる。
錬金術とは素材と素材を釜にぶちこんで新たなアイテムを創る。それ以上でも以下でもない。ない、のだが果たしてそれでいいのかとフィールは悩み、手にした食器に目を落とす。そして閃いた。
「簡単に例えるならこの料理に近い、な」
「料理?」
「この味を出すために、ドリトラは何をしたか思い出してほしい」
全員の脳内にドリトラの調理風景が思い起こされる。
油を引いた鍋でベアの細切れ肉に焼き色をつけ、一旦肉だけを取り出し、空になった鍋の中で野菜、ハーブ加えた後、水を入れて一煮立ちさせる。要は切る、焼く、煮るだ。
錬金術もそれに近い。
素材と素材を釜の中で粉砕、抽出、融合。そうして一つの新しいアイテムにする。
フィールの説明に、六人がなるほどと首肯した。
「理解してもらえたようで何よりだ。ところで先程錬金術士を見た事が無いと言っていたがトルノアの街には錬金術士はいないのか」
「いやそんな事はねえぜ。オレと見た事は要るらしいとは聞いたこたぁあるが、姿は見た事ねぇな。クロードはどうだ?」
「俺も。ただ冒険者登録の合格数値商品の一部がその人の作った物が紛れてるとかいう噂は聞いたかな」
「一部? 全部ではないのか」
「そうそう。完全ランダムで、中に効果のついた武器や装備があるんだって」
「ほう。ワシ等はそれは初耳じゃ」
「だが何故誰も姿を見たことがないんだろうな」
「さあのぅ。単純に目立ちたくないか、何か事情があるやもしれんのぅ」
そんな錬金術士もいるのかと、フィールは驚く。フィールにとって錬金術は自分を形作る一部、隠すという概念がなかったからだ。
(一度会ってみるのもいいかもしれない)
そんなこんなで時は進み、深夜。
大半の冒険者が眠りについた頃、フィールは焚火の前にいた。近くにギルバートやクロード、“王蛇四兄弟”の姿はなく、完全にフィール一人。
パチパチと火の粉が爆ぜる。
その音に耳を澄ませながら、フィールは「ふぁ」っと口を開く。
「(分かってたけど見張りは暇だな)」
そう。今、フィールは魔物が襲ってこないか警戒する見張りの役目を担っていた。
ガイウス曰く周辺に市販の魔除けの粉を撒いているが、盗賊の可能性もあるので遠征の行きと帰りは持ち回りで見張りをしようということになったのだ。
選出方法は籤引。
そして運が良いのか悪いのか、トップバッターを引き当てて今に至る。
ふぅ、と北西東に頭を振る。
各方向に焚き火が一つ。二位から四位がそれぞれ立ったり座ったり、思い思いの方法で周囲を警戒している。
彼、彼女等もフィールと同じく選出された見張り番だ。
燃え盛る炎に次の燃料を投下し、フィールは地面に置いていた四角に視線を移す。
迷宮出土品“たいまあ”
ギルドから貸し出されたマジックアイテムで、ある一定の数字を自動で数えると持ち主に音で知らせてくれるらしい。
数字は全部で1200、2400、3600。
今回は三回目、3600で次の見張りと交代だ。
現在は二回目の2400を過ぎたところ。終了まであと少しだ。
退屈しのぎに釜を取り出して、夕食前に偶然見つけたキュアリア草、ガルミントでキュアポーションを作る。
少ししてこの世でただ一つ、状態異常を直して状態異常を付与する訳の分からないキュアポーションが完成した。
ピピピピ。
「ん、もう時間か。次の奴に声を掛けるか」
五番目の籤を引いた者が眠るテントへと足を運ぶ。目的は他の冒険者の物よりも一段階上等なテント“聖騎士の誓い”の寝所だ。
フィールが数回声をかけると中から、頗る不機嫌なモニカが出てきた。
「交代だ。ほら、たいまあ」
眠っていた途中だったのだろう。モニカはフィールの手から乱暴に、たいまあを奪い取ると、ぎろりと睨む。
「ジークに手を出したら許さないから」
「? そうか」
「手を出したら冒険者続けられなくしてやるから覚悟しておくことね」
いまいち真意ははかりかねるが、きっとまだ寝惚けているのだろう。そう解釈したフィールは、ふんっと鼻を鳴らし通りすぎていった彼女を見送り、自分もテントへと歩を進め……ようとした。
「ちょい待ち」
何者かがフィールを引き留める。
振り向けば会議室でギルバートと軽口をかわしていた女剣士、ルイズがテントだけ顔だけ覗かせていた。
「……何だ?」
「あー……。一応先に言っとこうと思ってな。近い内にウチの奴等が迷惑かけっから謝っとくわ。ごめん! じゃ、おやすみ」
それだけ言って、ルイズは顔を戻した。
「(アイツも寝惚けていたのか?)」
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