第55話 プランABC(2)



「なんだ、改まって」


 虎太郎の発言に、ユウ君がいぶかしむ。


『僕たちは現在、怪盗団と敵対した状態にある。これは、正直、僕が当初思っていたより、危険な状態だった』


「?」


「?」


 俺とユウ君が、とまどいの視線を交わし合う。


『僕の救出だけを考えるのなら、いま話したプランAが間違いなく最善だ。ただ、怪盗団との戦いの今後も考えると――』


「虎太郎の安全が一番大事だろ」


 俺が、慌てて口をはさんだ。


 虎太郎の言わんとしていることを、直感的に察したためである。


「私も珪ちゃんに賛成だ。まずはトラ君を確実に助け出す。それ以外のことは、助け出した後で、また考えれば良い」


『ふふふふふ』


 虎太郎が笑った。


 彼らしからぬ、ひどく優しい声で。


『君たちは本当に良い人たちだなあ』


「な、なんだよ、いきなり」


「君たちと友達になれたことを、僕は本当に幸運に思うよ」


「あ、ありがとう」


『だけど、戦いにおいては、その優しさはマイナスに働く。特に今回のようなケースにおいては』


 虎太郎の声は、いつもにも増して、さらに怜悧になる。


「う」


『優先すべきは、勝利のみだ。それが結果として、怪盗団という大敵を相手にして、被害を最小にする』


「耳が痛いな」


 ユウ君が言う。


『これをケンカだと思ってはいけない。戦争なんだ。敗北は死につながる恐れがある。少なくとも、怪盗団とは、それほど危険な連中だ』


 俺は、ごくりと唾を飲み込んだ。


 命がけ。


 分かってはいる。そのつもりだった。


 だが、こうしてはっきりと言葉にされると、情けなくも、下半身がふるえ出す。


『怪盗団、いや〈三人目〉の怖さは、ユキさんならよく理解できているだろう』


「ああ。ちなみに、珪ちゃんとも情報共有は済ませている」


『それなら、話が早い』


〈三人目〉


 昨晩の戦いにおいて、神がかった手腕を披露し、目下、最大の難敵と思われている

人物である。


『異能の一種であることは疑いようが無い。そして、怪盗団を潰すということは、その〈三人目〉に勝つことでもある』


「考えただけで、頭が痛くなってくる」


「分かるよ。なんせ、あの篠原に勝てと言ってるのと同じことだからな」


 篠原瑠衣。


 我らのリーダーを務めるその御仁もまた、神童の評価に恥じない。


 その神がかりっぷりは、味方にすら、憧れどころか、恐怖を抱かせる。


『格上に勝つための常道は、当然不意をつくことだ』


「ま、ケンカの定石だよな」


 不良校のトップをつとめるユウ君が言うと、説得力がある。


『そして、不意打ちのチャンスは、今がピークを迎えている』


「それは認めるよ。奴らは今、俺たちのことをまったく警戒はしていないだろうから」


 虎太郎が拉致されて、まだ数時間しか経過しておらず、このロッジが突き止められたことすら、想定外だろう。


「ましてや、私たちが目と鼻の先にいるなんて、夢にも思ってはいない」


『奴らは、今、自分たちが大差でリードしていると思っている。その余裕が、僕らのつけいる隙になる』


「だけど、虎太郎が危険にさらされる」


 俺としては、その点がどうしても看過できない。


『珪太、その心配は、嬉しいけども的外れだ』


「うぐっ」


『多少のリスクを覚悟しても、チャンスはものにする。それが結局は、人的被害を最小にする』


「わかってる。わかってるけどさあ」


 それでも考えずにはいられない。


 この先、もっと安全で、もっと確実なタイミングが、あるのではないか。


 もちろん、そんなあぶくみたいな希望にすがっていては、何もかもを失うことは、分かってはいるんだ。


 それでも、虎太郎が酷い目にあう可能性を思うと、身が切られそうになる。


 俺の心情を知らずか、あえての無視か、虎太郎は淡々と話を進める。


『僕をあえて餌につかい、怪盗団の殲滅を優先する。こっちはプランBといったところか。僕は、こちらを選ぶべきだと思っているよ』


「AかBの二者択一か」


『いや、三者択一だ。一応プランはCまで考えてはいる』


「C?」


『非常用さ。できれば、僕もあまり選びたくないプランだ』


 虎太郎の口調からは、どこか忌避感がにじみ出ていた。


「そのCというのは、具体的には?」


 ユウ君が、訊く。


『それは――』


 言いかけて、そのまま声が途絶えた。


「虎太郎?」


「トラ君?」


 しばらく待つが、虎太郎の話は再開されない。


 山の風はいつしか凪いでいる。


「ど、どうしたんだろう」


「わからん。ロッジの中で何かあったのか?」


 俺たちはロッジを凝視した。


 本来が要塞である建物の機密性は高く、外の俺たちには、中の様子はまったく伝わらない。


 さらに少し待つ。


 状況に変化はない。


「何かあったと見るべきだろうな」


「ど、ど、どうする」


 ユウ君が、地面の見取り図をじっと見下ろす。


 突然、ロッジに向かって歩き出した。


 俺は慌てて後を追う。


「奴らが虎太郎に何かをしている可能性がある」


「な、何か」


 言わずもがな、俺は、虎太郎が尋問を受けている様子を想像する。


「状況は不明だが、とりあえず、トラ君の捕まっている部屋の窓の下までは近づいておこう」


「そうしよう。万が一のとき、何かできるかもしれないし」


「トラ君に何かあったら、奴らただじゃあおかん」


 ユウ君が燃えるように言った。


「うん」


 俺も彼女と同じ心境である。


 虎太郎の監禁されている部屋は、ここから見て、ちょうどロッジの裏側にあたる。


 ロッジ玄関扉を横目に、通り過ぎた。


 そのまま十数歩ほど歩いたとことで、


「!!」


「!?」


 不意に、通過したばかりの扉から、大きな音がした。


 くっつきあっていた重い2つが、滑りながら、ひき離された。そんな音。

 俺とユウ君は、すばやく、その場に伏せていた。


 地面に敷き詰められた砂利石が、身体の下で鳴った。


 ロッジの重い扉が、きしむ音を立てながら、ゆっくりと開いていく。


 そこから漏れ出した光が、矢のように伸びて、暗闇を切り裂く。


 光の回廊に、二つの人影が、浮かび上がった。

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