第51話 三人目の幽霊(1)

 虎太郎が捕らえられている山腹のロッジは、本来の用途である、城塞としての堅牢さを発揮し、俺たちの侵入を阻む。


「いったん状況を整理しよう」


 俺たちは、建物から少し距離をおいた。

 ロッジの全体像を把握できる間合いで、作戦を一から練り直す。


 作戦会議の最初の議題は、人質救出におけるセオリー通りに、犯人側の人員と装備についてである。


「ロッジの中にいるファントムは二人。それは間違いない」


 怪盗団の構成員が全3名というのは、確定情報と言って良い。


「残りの一人は、現実世界でスマホの運び屋か」


 ゲームアプリ〈GAEゴッド・アンド・エビル〉を立ち上げることで、俺たちプレイヤーは、この異世界にやって来れる。


 その際、扉の役割を果たしたスマホは、現実世界に置き去りになる。


 帰り道のことを考えれば、スマホの安全を確実に確保するのが、絶対に必要である。


 だが、今回の怪盗団は、車中にてアプリを立ち上げざるを得なかった。


 結果、連中は、スマホの保護と運搬のため、メンバーを一人現実に残さざるを得ない。


「こっちに来ているのは、〈炎烈士〉とジョブ不明の〈三人目〉……のはず」


 俺たちプレイヤーに取っては、ジョブの情報こそが、敵の有する火器の情報にも等しい。


 ここでのミスは取り返しがつかない。


 俺の脳裏に、情報をもたらした、シエナ西門を管理者、左半身を大きく欠いた風体がよぎる。


「ガインの見立ては信頼できるさ。心配には及ばない」


 ユウ君は断言した。


 俺は、ガインという人物とは今日会ったばかりだが、この黒川有季ことユウ君の信頼を勝ち得ているなら、十分に信頼に値するだろう。


 そのように判断した。


「なら、現実世界に残ったのが〈盗賊シーフ〉か」


 ふと、現実世界に残してきた、篠原会長のことが思い出された。


「どうする? 現実世界にいったん戻って、敵の情報を伝えてこようか」


 俺の提案を、ユウ君がうっとうしげに手を振った。


「いらんいらん。私たちが一切手を出さなくても、どうせ篠原が上手くやるさ」


「それもそうだ」


 俺はあっさりと提案を引っ込める。


 別に、会長のことを嫌いな訳では無い。


 いや、別に好きではないが、今回の判断に、そのことはなんら影響しない。


(ウチのパーティーのリーダーにして、異能の天才・篠原瑠衣るい。あの人が誰かに遅れを取る姿なんて、できの悪いフィクションだ)


 老魔女が、高層オフィス街をホウキで飛び回る光景の方が、まだリアリティがあった。


 俺も、きっとユウ君も、そのように考えたのである。


 ヒュルリ――


 不意に、風が、俺の耳殻を揺さぶる。


『……、君、た……ち』


 耳元に、唇を触れさせられる感覚。


「!?」


 俺は、はっと後ろを振り返る。


 しかし、そこには藍色の闇が広がるばかりであった。


「? どうした、珪ちゃん」


「ユ、ユウ君には聞こえなかったの?」


「何がだ?」


「……あ、いや。なんでもない」


 なんだ? 風のいたずらか?


「話を続けるぞ。私たちのすべきは、ゲーム世界内の二人をボコって、トラ君を取り返すことにある」


 ユウ君が小さく息継ぎをして、「そして、それには一つ大きな障害が立ちはだかっている」と、宣言した。


「この頑丈なロッジ?」


「いいや。それも確かに面倒だが、もっと大きな問題が控えている」


「……ああ、例の〈炎烈士〉か?」


 嬉笑を奏でながら、人間を火だるまにしようとした、掛け値無しの危険人物。


 あのタカが外れた笑い声が、耳奥で勝手にリフレインされる。


「それも違う」


「え?」


「確かにあの男の炎は危険だが、本当に恐ろしいことは別にある」


「あの男より危険なこと?」


 俺は、この虎太郎救出作戦の最大の障壁は、ヤツとばかり思っていたのに。


「それは、〈三人目〉のことだ」


 ユウ君の言葉を耳にした刹那、昨晩の戦いの一連が、思い起こされる。


 思えば、展望タワー〈ミリオン〉における戦いの経緯は、複雑に曲がりくねった。


 登場人物は、俺たち四人、怪盗団の三人、そして、警官隊およそ百名規模。


 これら三勢力が、タワー内の二地点にて鎬を削り合った。


 もっとも、俺たちと警官隊の間には、明確な敵対関係はなく、三勢力といえども、三つ巴ではなかった。


「昨日の展望台は大変だったってな」


 俺は他人事のように言うが、実際そうだ。


 主戦所となった、展望台の戦いには混ざらず、ワンフロア下にて〈盗賊〉の足止めに従事していた。


 よって、主戦の経緯を、俺はろくに知らない。


 分かるのは、俺がユウ君たちと合流を果たした時には、すでに警官隊が全滅の憂き目に遭っていたという、結果のみである。


「うーん。よくよく考えたら、俺はその〈三人目〉とは、ほとんど接点がないなあ」


 合流後、戦いは、俺たち三人と、〈炎列士〉と〈盗賊〉の集団線へと推移した。


〈三人目〉の人物は、その戦いには参加せず、展望台の奥に引っ込み、怪盗団の予告内容である『慰霊の鐘』を盗む下準備をしていたようである。


 俺と〈三人目〉は、奇妙なすれ違いを演じたことになる。


 俺とユウ君の間に危機意識のギャップが生まれたのは、この辺が理由だろう。


「展望台でのことを詳しく話しておこう」


 ユウ君はそれを危険視したらしい。


「うん」


 俺の身体が前のめりになる。


 純粋に好奇心がかき立てられていた。


 警官隊と怪盗団の関係は、一言で言って険悪極まる。


 犯行前に予告状をばらまいては、警察に厳重に警戒態勢を取らせ、その上で予告したものを盗み出していく。


 これを何度も繰り返された町村警察の威信は、今や地の底まで落ちきっている。


(町村警察の昨晩の意気込みは尋常で無かったはずだ。にも関わらず、俺の到着前に、あっさりと全滅させられている)


 さらに付け加えるなら、怪盗団の意識は、謎の第三勢力である俺たちに分散させられていたはずである。


 さらにさらに付け加えるなら、怪盗団の連中は、ろくにスキルも使用しなかったという。


「一体、怪盗団はどんな手口を使ったんだい」


 顔をずいと突き出したまま、俺が訊いた。

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