第32話 神々という議題
死神蜂との死闘から二時間、俺たちは当然、ゲーム世界からすでに帰還していた。
現実世界における地点は、
今は、なぜか四人で食卓を囲む。
卓上では、高級レストランの料理が、香ばしい湯気を立てていた。
「レトルトとは言え、シェフが
篠原会長は、まるで自腹を切ったような口ぶりだが、
(これってウチの父親の秘蔵品だよな。なんであることを知ってたんだ?)
「こんな美味しい料理は初めて食べます」
虎太郎が、農園野菜のガルグイユに感激の声を上げた。
「ふん、さすが
ユウ君が、鴨のコンフィを豪快に食いちぎりながら、鋭い横目で俺をにらむ。
「ユ、ユウ君。今までの誤解は謝ったじゃないか……」
「おだまりなさい」
と、声をあげたのは、ユウ君では無く、篠原会長であった。
「女性を男性と誤認するだなんて、論外も論外です。今自分が息をしていることを、アナタは黒川さんに感謝しなければなりません」
会長の尖った視線は、手槍蜂の穂先よりおっかない。
「ま、まあまあ。こ、この料理は本当に美味しいよね、ユキさん」
見るに見かねたのか、虎太郎が間に入ってくれる。こいつは本当に良い奴だ。
「ふん、まあな。旨い料理には罪は無いから」
「お二人の口にあって何よりです。今日のお二方の活躍ぶりを鑑みれば、少なすぎる報酬ですが、どうか心ゆくまで召し上がってください」
会長はあくまで自分が主催した口ぶりである。
「と、ところで、会長」
「なんです」
「ど、どうしてウチにこの高級レトルトがあることを知ってたんですか」
俺が質問したのは
ウチの父親がこのレストランの熱烈なファンであることは、ほぼオープンな情報である。
調べれば、レトルトを大量に買い込んでいることも含めて、簡単に分かることだ。
問題は、
「必要上のことです」
「お、俺の親のことを調べる、どんな必要性が」
「何をバカなことを。この建物は、我ら〈光の園〉の本拠地ですよ。法律上の所有者のことはきちんと把握しておかないと、後々面倒になります」
ちなみに〈光の園〉というのは、俺たち四人パーティーの名前で、会長が勝手にゲームに登録してしまっている。
いや、そんなことより!
「こ、ここがパーティーの
「そうです。町村市各所へのアクセスの利便性、充実した設備、豊富な備蓄、堅牢な構造。どれをとっても私が使用するにふさわしい物件です」
「何を勝手なことを言ってるんです。ここは我が家です。会長に提供するつもりはありません!」
「却下します」
「何の権限があって!」
「今晩は死神蜂から得られた情報について、話し合いの場を設けなくてはなりません。もちろん場所はここで」
「そ、そんなの絶対にダメですって。親が帰ってきたときみんながここにいたら、俺はどんな叱責を受けるか」
子供の分をわきまえない行動が、大嫌いな大人たちである。
「今日は帰ってきませんよ」
「はい?」
「今日は部下が一人急病で休んだ上に、大口の契約で問題が発生したはずですから。責任者のご両親は、とても帰宅できないと思いますよ」
「へ?」
俺のスマホが突如重厚なメロディを奏でた。
『今日は俺も母さんも帰れない。しっかり戸締まりして休むように』
父親からのメッセージと会長の顔を、交互に見つめる。
「ど、どうして……」
「まあ、この篠原瑠衣の情報網を甘く見るなということです。おほほほ」
会長は立ち上がり、高らかに笑った。
それを見上げる俺の胸には、絶望的な思いが去来していた。
(に、新山家が侵略の魔手にさらされている)
そして俺は、会長の魔の手から逃れられた
「こ、このムース、本当に美味しいね」
虎太郎も今度ばかりは助け船を漕ぎ出してくれない。
「む、魚ってこんな食べ方もあったんだな」
ユウ君は淡々と料理を
〇●〇
「あー、いい湯だった」
褐色の頬を上気させて、ユウ君がソファにもたれかかる。
「パジャマのサイズは合ってましたか?」
「ああ、ピッタリだ。準備がいいな」
「それは新山くんの家に元からあったものです」
「ん? ……珪ちゃんは一人っ子だろう?」
「父方の親戚がちょくちょく泊まりで遊びに来るんですよ。その家の
まるで自分の自宅について話すような、つつがない説明である。
「ああ、どうしよう、虎太郎。我が家への侵略は、すでに恐るべきレベルにまで達している」
高プライパシー情報まで丸裸であった。
「ああ、お風呂上がりのユキさんは色っぽいなあ。……ぽっ」
「虎太郎、聴いてる!?」
「ささ、みなさん。そろそろ会議をはじめましょうか」
会長の音頭にしたがって、全員が席に着く。
テーブルの上には四人分の温かい飲み物が用意されていた。
(仕方が無い。我が家の所有権は大事な問題だが、この問題ものっぴきならない)
記憶の鮮明な当日の内に、話し合っておきたいのは当然だ。
会議の議題はもちろん、死神蜂が口にした『神々』。
すなわち、〈創りし神〉。〈導く神〉。そして、〈嘲る神〉。
あの超常のゲームを作り出し、管理していると思われる存在についてである。
「ああ、なんでことだ。まさか俺の人生、神様とトラブルを抱えるようなことがあるだなんて」
俺が頭を抱えて、卓上につっぷす。
「落ち着きなさいな。神と言っても、一神教で言うところのそれとは限りません」
「そうですね。日本は
「神という言葉は、もっぱら、とんでもない力を持つ者、という意味で使われるよな」
「いやいや、ユウ君。とんでもない力を持ってる時点でアウトだからね」
「それはそうと、荒井くん」。俺の嘆きを無視して、会長は会議を進行させていく。「私たちが何度か声を聴いたあの女性ナビゲーターが、〈導く神〉というのは本当ですか」
「はい、確かにそう言ってました」
「まさか、あの女性が神様の一柱だったとはなあ。ああ、俺、ずいぶん失礼な口をきいちゃったなあ」
「私はてっきりできの悪いAIかと思ってたよ」
「ううーん。怠け癖のあるAIなんて、逆に開発が難しいと思うけど……」
「――――」
「――――」
俺たちは〈導く神〉について知っていることを粗方話し終える。
「〈創りし神〉。モンスターの生みの親ということですが」
「はい。死神蜂は特にその神に対して、強い敬意を示しているようでした」
「ああ、そんな感じだったな。断末魔の言葉も、あれはきっとその神様のことだろう」
俺が虎太郎の言葉に同調する。
『ギザ様バンザーイ』
「ギザ様だったか。……名前だけ分かってもな」
ユウ君がぼやく。
「何も分からないよりは遙かにマシです。また人語を解するモンスターが現れたときに、何らかの端緒になってくれるかもしれません」
「それにしても、その存在は、どこまであの世界を『創』ったんでしょうか?」
「モンスターのみとは考えづらいですわね。おそらくは、あのゲーム世界全般の製作に関わっていると考えるのが自然です」
「いわゆるゲームクリエーターですか」
その後も、俺たちは〈創りし神〉について、あれこれと想像を働かせる。
最後に、〈嘲る神〉が議題に上がった。
「「「「……」」」」
誰も口を開かない。
居間の隅っこで寝ている、老犬の寝息だけが空間に響きわたる。
俺たちは、この神についてだけ、何一つ知っていることがないのであった。
それは明らかな異常であり、故意になされたとしか考えられない。
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