第28話 アクションとパズル

 手槍蜂スピア・ビー


 今、俺の視界を覆い尽くしているこのモンスターについて、俺に名前以上の予備知識は無かった。


 にも関わらず、エンカウントから十分が経過した現在、俺はこのモンスターのほぼすべてを知り尽くしたと自負している。


 もちろん生態の全部を、という意味では無い。


 餌はどうだとか、巣はなんだ、交尾はどうだと。


 そんな学術的な話題には、そもそも興味が無い。


 人間おれにとって重要なのは、そのモンスターがどんな攻撃方法で自分を襲ってくるか、ということだけである。


 手槍蜂は、攻撃の方法を一つしか有さないという意味で、極めてシンプルな種だった。


 ブブブブッ


 大きな羽音をかき鳴らして、槍を構えての飛翔突撃。攻撃はこれ一択。


 攻撃が失敗したのなら、再度距離を取り直してからの再突撃。


(本っ当に単純明快なモンスターだ)


 これが一対一の決闘なら、結果もまた単純だったであろう。


 決まり手はすれ違いざまのカウンター斬撃で、百戦しても俺が百連勝する。


 ただし、これは決闘でない。


 勝負が500対1となれば、話は全く変わってくる。


 角度差、高度差、時間差。


 あらゆる数の工夫を凝らして、敵の大群が押し寄せる。


「うわわわっ」


 逃走したくてもそんな角度はりえない。


 俺は覚悟を決めるより他に無かった。


「せっ、せえい」


 強襲してくる手槍蜂を、一匹一匹処理していく。


 かわしざまのカウンターが取れるのは、最初の三体くらいまで。


 残りは回避専念でやりすごす。


 しかし、大きすぎる物量差は、個人の技量では補いきれない。


 ついに、槍の鋭い先端部が、俺の心臓の真上に的中した。


「!?」


 穂先が深青色の革鎧にめり込もうとする。


「――――ギギッ!?」


 だが、革鎧は表面をわずかに窪ませたばかりで、俺にはされたという意識すら薄い。


 革鎧の丸みに沿って、手槍の軌道が逸らされる。


「ふんっ」


 身体を泳がせた手槍蜂を、俺が、一刀で切り捨てた。


(か、会長に借りは作るのはヤバいんだけど、この装備に関してはマジで感謝だ)


 『凶獣の革鎧』と、『無銘の片手剣』。


 初期装備とは比較にならない、これらの性能を頼りに、俺はどうにか敵群の攻撃をしのぎきった。


 俺と虎太郎を攻め続けた手槍蜂どもは、俺たちから距離をおく。


 俺たちを大きく包み込むように、野球場二つ分ほどの包囲円陣を形成した。


 ほんの一時、俺たちに猶予が与えられたのである。


「だ、第三波攻撃もどうにかやり過ごせたか……」


 とは言え、俺はもう限界であった。


 身体の傷は少ないとは言え、気力体力が底を突きかけている。


 全身から力が抜け、膝が地べたに突きかける。


「珪太!」


 俺の脇の下に肩を差し込んで、虎太郎が俺の体重を支えてくれた。


「あ、ああ、すまない」


 俺は慌てて、背筋をしゃんと立て直す。


(俺よりも苦しいはずの虎太郎の、手を煩わせるとは何事だ)


「まだまだ、まだまだ、だ!」


 俺のこれは、単なるカラ元気にすぎない。


 しかし、それが本物の元気の呼び水になるのだから、人間の心というのは不思議である。


「それよりも、虎太郎こそ大丈夫か?」


 言っておいてなんだが、大丈夫な訳がない。


 スキルが今現在使えないのは言わずもがな。


 虎太郎の装備は、物理防御力が皆無の『若葉のローブ』と、近接戦闘力ゼロの『風守かざもりの杖』があるだけである。


 スピードやパワーなどのパラメータ補正も、俺よりずっと小さい。


「ま、なんとかなっているさ」


 虎太郎が言う。


「……?」


 口先だけの強がりでは無い。


 虎太郎のダメージは、満身創痍の俺と比べて、明らかに小さかった。


(こいつも俺と同数の手槍蜂に襲われているはずだよな。それなのにどうして?)


「はははは、なかなかしぶといじゃあないか。人間たちよ」


 ストレスフルな声が頭上から降ってきた。


「てめえ、この蜂野郎」


「グエン様と呼べ」


 遙か高みから、俺たちの戦闘を傍観していた死神蜂デスサイズ・ビーが、再び俺たちに姿をさらした。


 その降下速度は極めてゆっくりである。


(こ、これはチャンスか!?)


 俺は剣の柄をぎゅっと握りしめた。


 敗色が極めて濃厚な現状。


 これを打破するためには、大きな博打に打って出るしか無い。


(そのまま無防備に降りてこい。この剣を投げつけて、逆転の一撃を見舞ってやるぞ)


 俺の所持する剣は二本。


 もし一本目の投擲とうてきがかわされたとしても、そこに後ろ腰の『ロング・ダガー』を投げつけるという、二段構えの作戦を立てられる。


(もう少し、もう少し)


 死神蜂は、なんら警戒の様子も見せずに、ゆっくりと降下し続ける。


(今っ!)


 一発逆転の投射に打って出ようとした俺の腕を、


「ダメだよ、珪太」


 虎太郎が押さえつけてしまう。


 その隙に、死神蜂は再び高度を取ってしまった。


「と、虎太郎、どうして邪魔をしたんだ」


「……」


「余計な真似を。後一歩で上手くいったのに」


 これは死神蜂の台詞だった。


「は? ……え?」


「みえみえの罠だよ。自分の身体を囮にして、君の暴発を誘ったんだ」


 虎太郎が言う。


「くそ、本当に忌々しいな、そこそこに聡明な人間よ。君がいなければ、そちらの愚鈍な人間は、虎の子の装備品を、自らドブに捨ててくれたと言うのに」


「そ、そういうことか」


 俺は、抱きしめるように剣をかかえた。


 この15分間は、俺にとっては何ら光明の見えない時間だったが、相手にしてみても、なかなか焦れったいものだったらしい。


「俺たちがここまで粘るとは思っていなかったんだろうな」


「そうだ。あんな安易な罠を張ったところを見ると、相手は相当に焦っている」


「しかし、奴のどこに不安要素がある」


 このままの状況を延々と続けられれば、遅かれ早かれ、俺たちは敗北死だ。


「遅いか早いかが、奴にとっては重要なんだろう」


「……はいはい、そういうことか」


 篠原会長とユウ君。


 あの二人が、そろそろこちらに気づいても良い頃合いである。


「というか、未だにあの二人がここに現れないことは、明らかにおかしい」


 言いながら、虎太郎が上空の死神蜂を観た。


「何か妨害工作をしているんだろうね。二人も僕たちと同じ包囲陣にすでに閉じ込められている? あるいは、僕らの悲鳴が届かないような工夫をしている? もしかすると、二人が偶然、僕らから遠ざかっているだけなのかも」


「お、俺たちはどうする? 一人だけでもどうにか包囲を突破するか?」


「いや、そういう博打は一切やめよう」


 虎太郎はこう提案した。


「ただただ戦い続ける。おかしな策や罠には頼らない。徹頭徹尾、戦いを長引かせるんだ」


「……きついな。ぶっちゃけ」


 そういう地味な作業というのが、精神的にも肉体的にも、一番こたえるのである。


「しかし、奴にとってももっとも嫌な展開なはずだ。違うかい?」


 虎太郎が死神蜂に声をかけた。


「ふふふ、好きに解釈したまえよ。目の前の事象を思うさま判じ、勝手な意味づけをする。それは確かに人間の特権と言えるのだからね」


 死神蜂が、俺に切断されていない方の、腕を挙げる。


 ブブブブブブッ


 俺たちを取り囲んでいた手槍蜂たちが、円陣から攻撃陣形へと推移する。


 槍を一斉に構えての、全体突撃が、再び俺たちを襲い来る。


「う、うおおおっ!?」


 今度の第四波攻撃は、過去三回と比較して熾烈を極めた。


 頭上をも含めた全ての方位から、切れ目無く穂先が飛び込んでくる。


 激しい衝撃が、何度も俺の全身を揺さぶった。


「いやああっ!」


 裂帛れっぱくの気合で、俺はその波にあらがう。


「まだまだまだまだ!」


 燃えるような声を発して、闘志に薪をくべ続ける。


 気持ちがわずかでも萎えれば、敵の猛攻は瞬く間に俺を呑み込むだろう。


 前後左右に激しく動き回る中、俺の身体が、偶然、ある方角を向いた。


「!??」


 そして、驚きの光景が目に入る。


 なぜ虎太郎が俺よりも浅手だったのか。その理由を俺は直ちに理解した。


「ず、ずるいぞ、虎太郎。俺がアクションゲームを頑張っているのに、一人だけパズルゲームを楽しむだなんて!」


 そんな場合では無いというのに、非難の声が、俺の唇をついて出た。

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