第19話『知井子の悩み9』
魔法少女なんかじゃないぞ これでも悪魔だ こ 小悪魔だけどな!・19
『知井子の悩み9』
空間が、マーブル模様にとぐろを巻いている。
そのとぐろの中心に向かって、浅野拓美はゆっくりと落ちていく。
歪んではいるけれど、マーブル模様は、拓美の十数年の思い出でできていることが分かる。
今まで受けたオーディションの数々。「いいかげんにしろよ」と叱りながら、心の中では応援してくれていたお父さんの気持ちも、その姿で分かる。「残念だったわね」と、落ちたオーディションを慰めてくれた親友が、心の中ではせせら笑っていたことも。ムスっとシカトするように何も言わない友だちが、痛々しそうに思っていて心を痛めていてくれたこと。あるユニットのデビューに胸ときめかせ、人生の目標にした中学生だったころの自分。
音楽の実技テストで、みんなから拍手をもらい、いい気になっている自分。「拓美ちゃんすごい!」先生もクラスメートも、この時は素直に喜んでくれていた。保育所の生活発表会、拓美は、音程の合わない子を懸命に教えていた。お母さんがお迎えに来ているのに、この子たちみんなと楽しく歌いたいと思っていた純な拓美。
よちよち歩きだったころ、公園に連れていってもらい、吹く風に歌を感じ、まわらない舌で、そよぐお花といっしょに歌っていた。わたし。
「ねえ、この子ったら、お歌、唄ってる!」「ほんとかよ!?」 わたしを抱き上げて、心から嬉しそうにしている若いお母さんとお父さん……そこで、マーブル模様はとぐろのまま止まってしまった。
とぐろの中心は、ほの白く、台風の目のように揺らいでいる。多分あそこまでいけば、わたしは、あっちの世界に行ってしまうんだろう……拓美は、そう感じて覚悟を決めた……でも、とぐろは、それ以上には深くはならない。
あなたって、本当に唄うことが好きだったのね
う……うん……
拓美は、涙を溢れさせてコックリした。
すると、急速にマーブル模様は逆回転しはじめ、あっと言う間に、もとの小会議室に戻ってしまった。
「わ、わたし……」
「浅野さん……あなたって、歌を唄うために生まれてきたような子なんだね……」
「うん……そうみたい。でも……」
「そう、死んじゃった」
「…………」
拓美は、うつむいたまま。マユは優しく、拓美の肩に手をかけた。
「半日だけ、生きていることにしよう……」
「え……」
手にしたA4の白紙が本当の合格通知に変わった。
えらそうな(でも、実はペーペーの)スタッフが、ヤケクソで配電盤に拳をくらわせた。その拍子で電源が戻った。
「え、お、オレの根性で電源戻ったってか!?」
周りのスタッフが、可愛く照れている、そのスタッフに拍手した。
「では、再開しまーす!」
ディレクターの声がとんだ。
審査委員長のオジサンは、手にしたオーディション受験者のファイルが微妙に厚くなったような気がしたが、フロアーになだれ込んできた受験者たちの熱気に気をとられた。
「審査は、番号順ではなく、ランダムに出てきた番号で行います」
スタッフが、そう言うと。ビンゴゲームのガラガラが出てきた。HIKARIプロの売り出し中のアイドルが、にこやかにガラガラを回し始めた。
「あの子の笑顔、小悪魔に見える……」
知井子が呟いた。本物の小悪魔のマユは、思わず笑いそうになった。
知井子は、びくびくしながらも「一番になれ!」と、思っている。学校では見せたことがない闘争心だ。
「一番、審査番号47!」
47は知井子の番号だ。ビックリはしていたけども、知井子はおどおどはしていない。マユも驚くほど腹が据わっている。
――たとえ落ちても、こういう気持ちになれたんだから、知井子は大進歩よ!
マユには、知井子が輝いて見えた。
知井子は、流行りだしたばかりの「ギンガミチェック」を元気いっぱいに歌い上げた。振りはコピーではなく、自分で考えたオリジナル。イケテル……ここまでイケテルとは、マユは予想もしていなかった。
おあいそでは無い拍手を受けて、知井子はステージを降りた。
次の子たちは、知井子に呑まれてしまった。といっても、ここまで勝ち進んできた子たち、萎縮することはなかったけども、どこか力みすぎ、知井子のように自然なノリにはなれなかった。
マユ自身は、お付き合いのつもりで適当にやっておくつもりだったけど、知井子が作った雰囲気というのは、みんなに伝染し、マユもつい本気になってしまった。
そして、あの子の番がまわってきた。
浅野拓美の番が。
審査番号は現実には存在しない48……。
マユは、改めて魔法をかけ直した。審査が終わったら、関係者一同の記憶、ビデオや、パソコン、カメラの記録も消さなければならない……おちこぼれ小悪魔には、少し荷の重い魔法だった。
拓美がステージに上がった。審査員、受験者たち、フロアーに居た全ての人たちからため息がもれた。
マユは、思わず、自分が魅力増進の魔法をかけてしまったのかと慌てるほど、拓美は輝いていた……。
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