盛遠奏の旅行手記 1
青森県旧戸来村。東京から北上すること600km、八戸駅から車で40分の所にあるごくありふれた限界村落だ。こんな僻地でさえ、仕事柄向かわなければならないというのがオカルト系ライターの常というものだ。
「そこらの日曜大工の方が、まだもうすこし味のあるものを作るだろ…」目の前の塚に刺さる巨大で貧相な十字架を目にした私はそう苦言を呈さざるを得なかった。これが人類史2000年の形を決定的に定義した男の墓と言い張るのだろうか。いや、その事実もたかだか80年ぐらいの存在強度しかない。かつてあらゆる人類史の起源をこの国に紐づけようという試みの産物は、最後にはこんなものでしかなかったのだ。「壮絶な死の末に昇天したはずの師がこんな極東の安っぽい墓で眠ってるなんて、弟子たちが浮かばれませんよ」
「まあ町おこしに使うなら、もうちょっと見ごたえがあるものにしてほしかったね」勇魚氏もそれを聞いて苦笑する。「けど、主の御体は昇天して地上のどこにも存在しない。それはつまり、『偽物』を反証できないということじゃないかな?真作もなしに真贋を定めるなんて無意味だよ」
「それはまあなんとも、聖職者にあるまじき発言ですね」
「うーん、ばれたか。奏さん、ここは一つ聞かなかったことに…」
「盛遠です。今度下の名前で呼んだらさっきの発言、記事に書きますからね」
「ほげぇ」彼女は脱力感たっぷりで唸る。「いい名前だと思うけどな、私は」
「名前の良し悪しの話をしてるんじゃありません」写真を撮り終えた私は足早に塚を立ち去る。「我々は御友達じゃないんです。あくまで仕事として同行しているということをお忘れなく」
「へーい」気の抜けた返事で勇魚氏も後にする。「いいじゃん。同じ屋根の下寝泊まりした仲なんだから」
「少しは反省する素振りぐらい見せてください。というか、よくそんなので統括牧師なんてのに就任できましたね。見たところ、人の下に立つのもまともにできそうにないのに」
「失敬だなぁ」
「失礼なのはあなたの方ですよ」
「教会内の昇進に人間性とか些事だよ。それに…」
「それに?」
「統括牧師っつっても、殆ど仕事ないんだけどね」
私は再び深いため息を吐かざるを得なかった。
勇魚千秋は聖職者である。
無論、それは正式なものではない。基督教系新宗教「ほしのゆりかご」の横浜教会統括牧師、それが彼女の本来の職名だ。しかし、結局のところ神に仕えるのであればそれらは皆等しく聖職者と呼ぶべき、というのが彼女の言い分だし、私も取り立ててそれには反対しない。しかし、一方で彼女がそういった宗教的な神秘性を持ち合わせているとは到底言い難い。むしろ真逆だ。もちろん職業柄なのかその方面の知識が多く持ち合わせているが、それを除けば一般大学生とあまり変わりのない。いや、大学生の方がいくらか良識があろう。誰とでも打ち解ける、といえば聞こえはいいが、仕事の付き合いで出会った人間をわずか1時間で友人関係に持ち込もうとする人間は、もはや図体がでかいだけの馬鹿な女子高校生ともいうべきだろう。
「盛遠さんはなんでこんな仕事やってるの?オカルト系ライターってあんまり良さそうには見えないけど」移動のタクシーの中でも湯水のように私に質問を浴びせる。しかもかなり馴れ馴れしい。クラスカーストの最上位にいる女子が底辺の根暗に何気なく話を振るシチュエーションはこんなものかと思い、無性に腹立たしくなる。向こうに悪意がないのがさらに救いがない。
「貴方にはわからないと思いますが、私も結構この生業は気に入ってるんですよ。まともじゃないものを山ほど見れるんでね」彼女のペースに呑まれないよう、素っ気ない態度で答える。「そういう貴方はどうなんです?こんな怪しげなカルト宗教、貴方のような人種にはそぐわない場所のはずですが?」
「カルトって言うなや。ま、私もいろいろあってね。それに、『先生』にはよくしてもらってるし」『先生』というのが彼女たちの首領らしい。
「そうですか。では私も同じ回答で」
会話は途切れる。この沈黙が長く続けと私は心から祈るのだった。
「基督系…おおざっぱですね。具体的にどの宗派とかないんですか?」
「どの宗派か…正直言うと、基督系でさえないんだよね」
「…は?」
2日前、編集長から初めて聞いたときから私は絶句を禁じ得なかった。
「確かに経典に新旧の聖書は使ってる。けれど実際のところ、彼らは神というものをそれほど重視していない。というより、あきらかに基督教の言う神の形をしてないんだ」
「GLA系統みたいな権威だけ借りた別物ってことですか?」
「確かにそれっぽいといえばそうだな。本尊も生きた人間らしいし」
「ますます新宗教ですね。にしては名前も聞きませんが」
「そこだよ。彼らについての情報が皆無なんだよ。布教活動の痕跡もないし、このご時世にホームページさえ作ってない」
「そういうのは税金逃れ用のペーパー教団というが妥当でしょう」
「そうだったらお前にこんな話してないさ。つい先日、青森の山奥に怪しげな施設があるというタレコミがあった。彼らが接触してきたのはその翌日だ」
「異常な早さですね。気づいたんでしょうか」
「だろうな。おそらく、こちらがあることないこと書く前に情報をコントロールしておこうという算段だろう」
「そこまでの手間をかけるに値するほど、見せたくないものがあると」
「その通りだ。だからこそ、この案件は十分に受ける価値がある」
「で、その大一番が私に回ってきたと」
「そうだ。お前もここに来て6年くらいだ。そろそろ任されてもいいんじゃないか」
「まあ阿佐ヶ谷さんがそういうなら…」
「それじゃあ決まりだ。もうチケットは取ってある。明後日には出発だ」
「ちょっと待ってください」話を畳んで去ろうとする編集長を慌てて引き留める。「明後日って…あまりに急すぎませんか?こっちもまだ積んでる案件が残ってるんですよ」
「じゃあ明日まで終わらせるんだな。何いつものことだろう」あたかも無問題といわんばかりに笑って編集長は立ち去って行った。事実いつものことであった。
フラウロスの証人 DJ T-ono a.k.a. 小野利益 @onoryaku
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