第44話 ゼクス
「わかった、今度は、早めに、ケリをつける」
ツィトローネがペンほどの大きさの魔法杖を振り、魔法を詠唱しようとする。
アプフェルの氷で足止めしているので、ツィトローネの魔法は十分に効果を発揮できるだろう。
「イノシシ肉のステーキがお土産になりますわね」
肉とそれにかけるソースの味を思い出しているのか、戦闘中だというのにアプフェルの頬が緩む。かく言う僕もお腹がすいてきた。
ゴーレムを使えば重いイノシシの運搬も楽だろう。
「しかし…… 僕が活躍する機会がないな」
「先ほどは体を張ってイノシシとぶつかり合ったでありませんの。手傷を負いましたし、アウトレンジから仕留められるならそうするべきでしょう。それにイノシシのマリグネということは、万が一の可能性がありますわ」
ツィトローネの周囲の大気が熱を帯び、魔法の完成が近付く。
だがイノシシは目を鋭くし、身をかがめてからさっきとは違いくぐもったような声で唸り始めた。
同時に周囲の空気がパチパチと音を立て始める。触れられてもいないのに、アプフェルのブロンドの毛がいくつか逆立った。
「な、なに」
ツィトローネが焦ったように呟く。
「急ぎなさい! ツィト!」
アプフェルの叫びと共にツィトローネは魔法を完成させる。
「ファイア・イン……」
だがその詠唱をイノシシの吠え声が打ち消す。
イノシシの周囲からさっきまでとは比較にならないバチバチ、という大気を振るわせるほどの音が響き、アプフェルの氷が弾け飛ぶ。同時に足元の土が地面に舞った。
「ファイア・イン・ウオラ!」
ツィトローネが魔法杖を振りおろし、魔法を完成させる。
だが炎が焼き尽くすべき対象は既にその座標には存在せず、炎は大気中の埃や塵を多少焼いた程度ですぐに消えた。
燃やすべき対象を捉えられず、虚しく燃える炎。
その側では勝ち誇ったように四肢で地面を踏みしめるイノシシが僕らを昏い両眼で見ていた。いや、見下していると言った方が正しいか。
白い電撃を茶色い全身に火花のように纏うその姿は獣と言うより霊獣だ。
バチバチという火花が散る音が、嫌なほどはっきり僕らの耳に届いた。
「お父様と同じ、雷の魔法!」
「マリグネが、貴族と同じように、魔法を」
アプフェル達が驚愕の声を漏らす。
「このイノシシのマリグネは雷の魔法を使うのか」
「授業では聞いたけど、実際に見たのは、初めて」
イノシシのマリグネはごく稀に魔法を使用する個体がいる。
しかも雷の魔法を使うと言うことは、
「ゼクス(sechs)か」
「ゼクス……」
ローデリヒが唾を飲み込んだのが聞こえた。
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