偶然から一歩踏み出して、その先へ。
四月の中旬ごろ、はじめての席替えが行われた。
芹沢さんの近くの席がいいなあ。そんな淡い期待を持ちながら、くじ引きで選んだ番号札を見て、次の自分の席を探す。
私の席は…窓際の前方だった。ドキドキしながら、新しい席に向かう。隣は一体誰なんだろう…?
「よろしく。」
隣にいたのは、松田くんだった。少しうつむきがちに、挨拶をしてくれた。
「よろしくね。」
私は元気いっぱいに、挨拶を返した。
なんという偶然だろう。隣の席が松田くんだなんて。彼と仲良くなるチャンスが、目の前に転がり込んできた。
このチャンスを絶対に逃がすな、私。
私が二人の懸け橋にならないと。
とはいえ、どうしたら二人は仲良くなれるんだろう?話したこともない男女が恋仲になるには、どんなことをすればいいんだろう?
頭を抱えた。全然アイディアが思いつかない。目的はわかっているのに、そのための手段が見つからなかった。隣の席の松田くんとも話せないでいた。いつも本を読んでいるから、共通の話題は多そうだが、なんとなく話しかけづらかった。
あまり関わらないでほしい。そんな気持ちが彼の周りを取り巻いているように見えた。ここにいることにいまいち自信を持てない。そんな不安が常に彼を支配しているように思えた。
松田くん、そんなこと絶対にないよ。「ここには居場所がない」なんて、そんなことはありえないよ。もし、そんなことを言うやつがいたとしたらーもしかしたら、君自身がそう思っているのかもしれないけどーそれは妄想だよ、悪魔だよ。実体のない幻にすぎないんだよ。
心の中でそうつぶやいていた。松田くんのことなんて全然知らないのに、なぜだか彼の心の内がわかるような気がした。だから、私は声にならない応援をずっと続けていた。
松田くんはいつも本を読んでいる。そして、私も本が好き。
だから、絶対に仲良くなれると思ったのに、なんだか距離が遠い気がする。
寂しい思いを募らせながら、毎日を過ごしていた。何もできていない自分がはがゆかった。
ある日。本を読む松田くんの姿が、少しだけ自信を持っているように見えた。辺りを包んでいる闇が晴れている気がする。私はドキドキしながら、はじめて彼に声をかけてみた。
「ねえ、いっつも何読んでいるの?」
驚いて私を見つめ返す松田くんに、にっこりと笑いかける。大丈夫、あなたはここにいていいんだよ。そんな気持ちをこめながら。
彼は少し緊張しながら、読んでいる本の魅力について教えてくれた。予想以上に熱く語ってくれるから、こちらまで気持ちが伝わって心が震える。
その瞬間、私と松田くんの求めているものが重なっている気がした。
そうだ。松田くんと隣同士になったのは偶然なんかじゃない。そこには、何かしらのメッセージが隠されているんだ。はじめて彼を見かけたときから、私はそれを薄々感じていたんだ。
一緒に文芸部をつくる。
そのために、私は松田くんと出会ったんじゃないか。
本の魅力を伝えようと無我夢中で話す松田くんの姿と、自室でノートにかじりついてシャープペンシルを走らせる私の姿が一致した。
私は、松田くんを通して、自分を見つめていたのかもしれない。
「松田くん!今、すっごく輝いているよ!君って、ほんとに小説が好きなんだね!」
だから私は全力で褒めた。毎日のように小説を書いて、今まで見えない努力をしてきた自分を肯定したかったから。自分と同じ情熱を持っている松田くんを肯定したかったから。
大丈夫。この人なら、同じ方向を向いて歩むことができる。
だから私は、彼を最近見つけた秘密の部屋に誘ったのだ。
そしてそこに、芹沢さんが来ることも知っていた。
彼女は絶対に、教室で私と松田くんが話している光景を見ていただろう。いつも彼の姿を見つめているだろうから。彼女は絶対に、私たちの跡をつけてくるだろう。放課後の私たちの様子が気になってしようがないだろうから。
放課後。松田くんと誰もいない教室でこれからの未来について語り合っていたとき、ふいに廊下から声が聞こえた。振り向くと、芹沢さんが不思議そうに私たちを眺めていた。
「あれ?二人とも、ここで何をしているの?」
二人の仲間になりたい。私はそんな言葉を彼女の表情から読み取った。
大丈夫。私たちは、きっと良いチームになれるよ。
そう心の中でつぶやきながら、彼女に満面の笑みを贈る。
「私たちね、この学校でね、新しく文芸部をつくろうと思っているの。そのために、とりあえずこの部室を仮の部室として活動しようと思ってるの。」
「へえ、そうなんだ。」
何気ないその言葉に、私は彼女の気持ちのすべてを受け取った。もう迷うことはない。今ならはっきりと彼女に伝えることができる。
「芹沢さんもさ、私たちと一緒に文芸部の活動をしてみない?」
その言葉を聞いた瞬間、彼女の瞳が光り輝いた。その中に情熱の火が瞬いていることに私は気づいた。
「あの、私、あんまり文章書くのとかこれまでやってきてなかったんだけど、そんな私でよければ、一緒に文芸部の活動、やってみてもいいかな?」
芹沢さんがそう言ったのを聞いたとき、すべての線がいまはっきりとつながったような感覚がした。
私は静かに微笑んで、うなずいた。心の底から喜びが湧き上がってくるのを感じながら。
これから、私たちの物語がはじまる。
理由も根拠もないけれど、そんな予感が私をとらえていた。
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