第30話 オタクの聖地にて

 翌日。私達は沙月さんのビルから歩いて、たくさんの建物が並んだ大都会に連れて来られていた。ただし、ただの大都会ではない。


「うおおおおお! 可愛い! 美しい! 誰ですか、この美少女と美少年はっ!?」


「……煩い。知らないのに、よくそんなにはしゃげるな……」


 周りの目も気にせず、はしゃいでしまった。そもそも人が多く、周りの方が煩いので私のはしゃぐ声はそこまで注目もされていない。

 というか、私よりもはしゃいでいる人が周りにいるので問題ない。


「ここは秋葉原ですか!?」


 そう。ここはまさにオタクの聖地、と言わんばかりの場所である。異世界なので全て知らないキャラクターばだが、それでも私の興味は尽きない。

 私も秋葉原に来ていたら、こんな風に新しい作品の発見があったのかもしれない。


「ここはイアギットだ」


 景に真面目に答えらマジレスされてしまった。私にここがイアギットと言われても、何も分からないが。


「イアギットとは?」


「ユトリアの首都。そんなことも知らないのか?」


 ユトリア、といえばマイヤの南隣の国。あの大吹雪の場所からこの街は意外と近かったのか。

 景の発言からして常識のようなので、元の世界ではアメリカくらいの認識だろうか。


「買いたい……! 一銭もないけどっ……!」


「諦めろ」


 景に手を引っ張られ、店から撤退させられた。……そういえば、街中だから手を繋いでいた。クソッ、任務も手を繋ぐこともなかったら、喜んで店の中に入っていたのにっ……!


 何のためにここに来たか分からないじゃないか! と言いたいが、それは私の都合だ。沙月さんにも目的があって、ここに連れてきているのだろう。


「嬢ちゃん。あき何とか……ってどこにあるんだ?」


「私の地元の国にあります。ここと似た感じですね」


 正確にはこっちの方が凄い。元の世界よりも技術が進んでいるため、キャラクターが実際にここにいるのでは? と思わされるような立体映像も流れている。そして、動いて喋っている。

 これに歓喜せずにはいられない。……西暦は同じなのに、何故こうも違うのか。


「次の奴の狙いはここなのか?」


「あの嬢ちゃんのことだし、そうなんじゃないか? 人も多い。騒動を起こすならうってつけだろ」


 この人の多さだ。この道路の真ん中に爆弾でも置いて、爆発させたら? それはもう、大惨事だ。


 実際には道路の真ん中に爆弾を設置するなんてことは難しいだろう。自分が逃げる前にすぐにバレてしまう。ただし、自爆なら可能かもしれない。


「盗むものなんてあるのか?」


「物によっては1つ100万。例えば、こういうカードの高いやつとか」


 目の前にカードショップがあったため、それで説明した。元の世界には何千万もするカードもあるが、こちらの世界で実際にあるかは分からないので100万と答えた。


「……は? あの紙切れ1枚にか……?」


「紙切れ1枚とは失礼な」


 信じられない、という表情で景は言った。他の2人も同様だった。まあ、価値が分からない人には無理もないだろう。


 ……あれ、2人? もう1人はどこに行った? 辺りを見渡しても、いない。


「ここです」


「うわっ!?」


 後ろから突然、声をかけられた。佐藤ちゃんだった。影が薄いのか、今まで存在をすっかりと忘れていた。

 ……待てよ。思い返せばこの顔とこの感じ……既視感がある。


「私の力です」


「はは、嬢ちゃんは本当に影が薄いからな」


 この街中で超能力のことを迂闊に話すことはできないので、遠回しに言ったのだろう。

 つまり、佐藤ちゃんの能力は「影が薄い」というものか。


「確かにそのくらいの値段は付くものもありますね」


「おっ、分かる?」


「はい」


 見た目は三つ編みで眼鏡をしており、真面目そうに見える。だが、意外とオタクなのか? オタクなら、有難い。面白い作品を教えてもらいたいものだ。


「……ねえ、どこかで会った?」


 やはり、あの既視感が気になって訊いてみた。はっきりとは思い出せないが、どこかで会ったような気がするのだ。


「はい。12月25日に。疲れていたようだったので、声をかけました」


「……あ、あの時!? 群青隊のクリスマスの!?」


 言われてみれば、いた。私がバテていた時に小、中学生くらいの人が声をかけてくれた。その後、存在をすっかり忘れていたし、見かけることもなかった。それも彼女の能力のせいか。


「お、嬢ちゃん達は既に会っていたのか」


「いやあ……全然気付かなかった」


 そもそもあの一瞬だ。覚えている方が不思議か。最近、記憶力が良くなったなとは思っていたが、ここまで良くなっているとは。


「こりゃあ、分隊長は嬢ちゃんだな。全員、嬢ちゃんを中心に縁があるようだしな」


「ええっ!? いや、私16歳ですよ? 鬼塚さんの方が最適なのでは……?」


 分隊長は自分? 冗談じゃない。リーダーの素質とか、あるわけがない。それならまだ、景の方が向いているだろうし、最年長の鬼塚さんの方がいいだろう。


「いやあ、こういうのは若いもんにやらせるのがいいんだよ。それに、俺には向いていない。


「俺も賛成だ」


 まさか、景まで賛成してくるとは。その上、表情からすて全員が私を分隊にするということに賛成らしい。嘘でしょ。


「それに、俺よりも頭いいだろ」


「いやいや……私は景の方が良いと思うんだけど」


 景は3年のブランクがある。それも考慮すれば、もしかしたら私の方が頭が良いかもしれない。だけど、あの本からして中学生で高校の勉強をやっていたのだ。

 あの時の問題も、高校生レベルの問題があった。それを解いている。「今」だけを見れば確かにそうかもしれないが、総合的に考えたら景の方が上だ。あの最後の暗号を解いたから、そう思われたのだろうか。


「いや、嬢ちゃんだな」


「私もそう思います」


「……いや、私が知るわけないじゃん」


 1人を除き、全員が賛成した。佐藤ちゃんと関わりはそこまでないのに、何を根拠にそう判断されたのだ。


「古代語が分かるなら、嬢ちゃんの方が絶対に頭が良いだろ?」


「……はい? 古代語?」


 何のことか、さっぱり分からない。古代語? なんだそれは。象形文字とか楔形文字とかインダス文字とか、ああいう系統か? 分かるわけがないのだが。


「喋ってただろ?」


「全く身に覚えがありません!」


 3人は納得しているが、私は全く理解できていない。本当に何のことだ。思い返してみるけど、思い出せない。何故こういう時に限って記憶力が悪いのだ。……そもそも記憶力の問題か?


「きゃーっ!」


「うわああああ!」


 突然の悲鳴と爆音だった。すぐに思考をやめ、その方向を見る。なんと、道路の真ん中で煙が上がっていた。


 雪崩のように逃げ惑う人々や、それによってかドミノ倒しのように倒れていく人々。誰もが大パニックへと陥ってしまっている。

 ただでさえ道路は人だらけなのに、店の中から慌てて外に出て行く人々もいる。道路はもう、人でパンク状態だ。このままでは人のドミノ倒しが増えて、更に大惨事になる。


「嘘でしょ!? 思ってたことになったんですけど!」


 こういう時、妄想が現実になるのは勘弁していただきたい。

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