第26話 お疲れ様です
「無事でよかったぁぁぁ!」
建物の中に入るなり、沙月さんは私に抱きついて離そうとしない。沙月さんの涙で服が濡れていく。……見えないので分からないが、恐らく鼻水も含まれているのではないだろうか。
「2人とも無事で何より!」
さっきと同じことを言う沙月さん。大事なことだから何度も言うのかな。笑っているけど、その顔は涙でぐちゃぐちゃだった。
「っと、初めましてだね。私は小日向 沙月。で、こっちが——」
「アルフ・エヴァンズだ。よろしくな」
2人が自己紹介をする。だが、その返答はない。仕方ないので、ちょんちょんと腕をつつき、催促する。
「……水瀬 景」
素っ気ないが、これでも上出来だろう。徐々に慣らしていけばいい。3年も誰にも会っていないのだ。今は精一杯だろう。
「さあ、2人とも休んで。後のことは私達に任せて——」
そう言うと、沙月さんは立ち上がる。だが、引き止めなくては。
「待ってください」
「待て」
同時に言った。どうやら考えていることは同じのようだ。そして、それは沙月さんも視えていたようだ。ずっと笑っているけど、今は顔が引きつっている。
「沙月ちゃん、もうよくない?」
「それもそうだね。……何から聞きたい?」
「こいつ、何者だ」
私よりも先に質問された。だが、私も聞きたかったことだ。一応、見当はついている。というか、もう確定だろう。
「超能力者だよ」
「ですよね」
予想通りだ。でなければ私はとっくに死んでいる。こっちの世界に来て、早速テロに遭った時の光も自分で無意識に出したものだろう。だが、不可解な点がある。
「私……超能力が2つあるんですか?」
光を放つ超能力と私があの環境で生き延びたことは全く関係がない。そう、もう1つの力。あの雪や氷を溶かす力だ。それがなければ私は確実に死んでいた。
少なくともあの環境は−200℃とか——正確な温度は知らないけど、そのくらいはないとおかしいのだ。
「2つなのか、それで1つの力なのか、正確なことは分からないよ。でも超能力が2つあるなんて聞いたことがないし。破壊光線なんてものもあるんだし、それで1つっぽい気もするけどな」
破壊光線とはまたちょっと違うような気もするが……こっちの世界の人の感覚からすれば、そういうものなのかもしれない。
「私の能力、氷とかを溶かす力にしては変ですし……もう1つの考えもありますけど、そっちも変ですし」
最初は光と熱を放つような超能力かと思った。だが、溶かせない氷もあった。だからそれは否定された。
そして、私が溶かせるものは恐らく、全てかなり低温のもの。それも、触ったら危険なほどものだ。
私が道中で触れた青い液体。あれは液体酸素だ。液体酸素は磁性があるから、コンパスに反応する。透明の液体の方は液体窒素だろう。
私が酸素ボンベを着けずに立ち上がった時、息苦しくなったのも空気中に酸素が少なくなっていたから。下の方には固体か液体で酸素が溜まっていたので、私が触れることで気体に戻る。だが、私から離れると元に戻る。だから、しゃがむと気体の酸素が多いので、息苦しさが無くなったのだろう。
「あー、もう1つの考えの方で合ってる。でも、その先は私もよく分からんから、変わるね」
そして沙月の力が抜けたかと思うと、一瞬で雰囲気が変わる。もう流石に分かる。もう1人の沙月さんだ。
「お前の力は『条件付きで超能力無効化する超能力』だ。そしてその条件は恐らく、『自分に危害が及ぶとき』あるいは『超能力者が悪意を持ったとき』だ」
なるほど。それなら説明がつく。−200℃なんて、人間には危険だ。それは超能力によるものだから、無効化されたというわけか。溶けない氷は私に危害を加えようとするものでもなく、温度も触って問題がない、至って普通のものだから。
「解離性同一性障害か?」
「ああ。その通りだ」
二重人格とか多重人格ではなく、まさかの正式な病名を言うとは。そしてこの沙月さんの二重人格の話はこれで終わったようだ。もっと何か会話があると思っていたが……2人とも、あっさりしているようだ。
「……何もないようなんで、話を戻しますね。あのー、『超能力者が悪意を持ったとき』の条件って、どうやって分かったんですか? 未来視ですか?」
今までを振り返っても「超能力者が悪意を持って攻撃したことによって、無効化された」という記憶が思い当たらない。雷の超能力者は「私に害が及ぶから無効化された」でも矛盾はない。
「正解だ。お前は思っているのとは少し違うけどな。もう1人のお前に悪戯を仕掛けようと未来視を使ったところ、見えなかったようだ」
うん。全然違った。悪戯も悪意に含まれるようだ。確かに、それなら「私に害が及ぶ」という条件はない。
……まあ、後から及ぶ可能性はあったわけだが、未来視に直接的な危害を加える力はない。そもそも、悪戯と言っても物を隠す程度なら私自身に危害はない。多分、沙月さんは身体に害がない、そういう悪戯のみするだろう。
「今、景が氷を出せないのも光が景と手を繋いでいるからだ。超能力者に触ればそれはそいつにも影響するようだ」
……すっかり忘れていた。私、手を繋いだままだったわ。だが、離すとなにが起こるか分からないので、制御できるまではこんな感じになるのだろうか。……お風呂とトイレはどうすればいいんだ……?
「そっちは納得した。そっちの男の能力は瞬間移動だろう? 何故そいつに俺を探させなかった」
言われてみればそうだ。沙月さんと瞬間移動使えば辿り着くことができただろう。……何故だ?
「あの服着ると、他の人は連れて行けないんだよね。俺が連れて行けるのは『俺に触れている人や物』。普通は服の上からでも大丈夫なんだけど、分厚すぎてダメなんだろうね。『壁越しで触れている』と同じ感じかな?」
ゲームっぽく言うと、判定の問題か。だが、それは沙月さんと一緒に行く場合だ。疑問は残る。
「アルフ1人で行くという考えもあったが、一面真っ白だから確実に迷子になって座標が分からなくなり、戻れなくなる。だからアルフには私の回収だけを任せていた」
その疑問に答えたのは沙月さんだった。確かにあの場所は方角が全く分からなくなる。実際、私も迷子の状態で奇跡的にあの場所に辿り着いたのだ。……無事に帰るなんて、無理だな。
「せめて位置が分かればね。あの天気だから、どうしてもズレるんだよね」
GPSのことだろうか。仕組みに関してはあまり詳しくないが、あんな天気だったからどうしてもズレるのは頷ける。
「……俺の両親は?」
重い口を開くように言った。彼からすれば1番気になることかもしれない。
「残念だが、とっくに手遅れだ」
「そうか」
既に頭では理解してはいたのだろう。だが、まだ現実を受け止めきれていなかった。ちゃんとそう言われたことで、納得したような表情をしていた。
「安心しろ。お前が守ったことで体は無事だ。今、仲間が救助に向かっている」
「……は?」
気付いていなかったのか。私のあの説得の時の説明だけでは不十分だったか。
「あの異常気象の中心地はお前がいた場所ではなく、両親がいる家だ。もう少し正確に言うと、お前が力を暴走させた場所だ。あの場所が絶対零度だ。あれだけ歩いたのに私も光も、他の建物は全く見かけていない。他の建物は既に崩れている。守ってたとしか思えない」
あんなに寒い上に大雪が3年間降っていたのだから、頑丈な建物でない限りほぼ確実に崩れているだろう。にも関わらず、その中心地であるあの家は崩れていない。崩れないように氷で強度を保ち、守っていたとしか思えない。
それが溶けた今、崩れている可能性もあるが。
「……特に光。他にも聞きたいことがあるだろうが明日にしておけ」
「えっ、はい」
沙月さんが立ち上がり、私の方に向かってくる。私はよく分からないまま、互いに顔を見合わせる。
そして、沙月さんがため息をついた。
「休め」
そう言って肩に触れられると、一気に疲れと眠気が押し寄せた。体もあちこち痛い気がする。眠気で判別がつかなくなっているけど。
「あの大雪の中をあれだけ歩いて、お前が平気なわけないだろ。やっと体の緊張が解けたか」
その言葉を最後に、私の意識は途絶えた。
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