第18話 捜索開始

「うわっ……!」


 車から外に出ると、10m先が見えているかどうかくらいの猛吹雪だった。昼間なのにライトをつけても暗い。これは確かに危険だ。


「これは……」


 沙月さんでも驚いた表情をしている。未来を見ていても想像以上だったのだろう。状況はかなり悪いようだ。


「足元、気をつけてね」


「はい」


 沙月さんがそう言ったそばから天然の落とし穴に引っかかりそうになった。ギリギリ落ちずに済んだが、慌てたせいで転んでしまった。


「うわっ」


「大丈夫!?」


「大丈夫です……」


 いきなり危険な目に遭った。確かにこれは死ぬな、と確信した。こんな完全防備でも、沙月さんが入院してしまうのも分かる気がする。普通じゃない。


「中心部まで距離は結構ありますよね?」


「中心部にはいないと思うよ。私達が置いておいた食料が1日もせずに消えてたし、歩いて1日では距離的に不可能。ズレてると思う」


 私が中心部に絶対零度の超能力者がいると思っているのを見抜いたのだろう。この人は頭が良いのか悪いのか分からなくなる。……まあ、科学の天才だからその分野に限っては確実に頭は良いんでしょうけど。


「車とかもこの寒さではエンジンはかからないし、自転車とかも風が強すぎて無理。歩きが妥当だと思う。そう考えると、やっぱり中心地はちょっとあり得ないと思う」


 この中を生身で歩いていくのも難しいと思うが、可能性があるとすれば沙月さんの言う通りでそれしかないだろう。


「説明受けてると思うけど、右手についてるボタンを1回押したら地図と自分の居場所が分かるから。で、赤い範囲が絶対零度の子がいると思われる場所」


 そう言われてボタンを押すと、空中にディスプレイが現れる。こんな嵐の中でもはっきり見える。触れようとしてみるが、触れるわけではない。だけど、普通のタッチパネルのように反応はするようだ。まるでSFの世界だ。


「先を急ごう。時間は限られているからね」


「はい」


 私達はひたすら先へと進んでいった。


 ◇  ◇  ◇  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「疲れた……お腹……空きました……」


 休憩しながらここまで歩いてきたが、流石にお腹も空くし疲れも溜まる。何時間歩いたかよく分からないくらいだ。


「よし、じゃあご飯にしよう。左手のボタンを押して」


 ボタンを押すと、後ろの方で音がする。私の体の方、要するに防護服の内側の扉が開いていた。入っていたのは保存食だった。背中の箱みたいなやつに入っているらしい。それをこの中で食べるようだ。


 左手のボタンを押したと同時に、この防護服も大きくなった。これで多少は食べやすくなっただろう。


「いただきます」


 座って、腕を防護服から外して食べる。思ったよりも味は良かった。保存食もこちらの世界の方が美味しいのではないだろうか。まあ、当然のことながらどれも温かくはないけれど。


「食べ終わったら行こう。さて、私も食べるか。いただきます」



 食事も気付けばあっという間だった。これからどうなるかは分からないので、全てを食べてしまってはいけない。


「行こうか」


「はい」


 そしてまた歩き始めた。いつまでこれが続くのだろうか。もう何時間歩いたか分からなくなりそうだ。右手のボタンを押して、ディスプレイの右上に表示されている時間を確認する。気付けばもう5時間は歩いているようだ。



「どのくらい捜索するんですか?」


「8時間くらいなら大丈夫」


 ということは、残り3時間もないようだ。このままでは見つかる気がしない。一面真っ白で何も見えない。雪と吹雪しか見えない。こんな状況では、いつまで経っても見つからない。


「……あっ! 沙月さん、後ろ!」


 大きな音がしたと思って振り返ると、はっきりとは見えないが後ろで雪崩が発生していた。速さと規模から考えて、このままではここに来てしまうだろう。そしてそうなったら抜け出すことは難しいだろう。


「……そうなっちゃったか」


「沙月さん、早く!」


 沙月さんの腕を引っ張って、走り出す。このままでは間に合わないのが雪崩の速度を見てよく分かる。これも絶対零度の超能力者の精神面が影響したものなのだろうか。


「大丈夫」


「どこがですか! このままでは死にます!」


 未来視で大丈夫である未来が見えているのかもしれないが、誰がどう考えてもあれは危険だ。もう既に近くにまで来ている。


「間に合わない……!」


 そう覚悟した時だった。雪崩が私達の真横を通り過ぎていった。ギリギリ回避したようだ。


「ね? 大丈夫って言ったでしょ?」


「疑ってすみません」


 それでもあれは誰だって死んだと思うだろう。どう見ても間に合わないと思っていたが、無事だった。


「沙月さん、何か鳴ってますけど……」


 電話の着信音のようにも聞こえるが、ここに電波塔や基地局は見当たらない。つまり、圏外だ。あったとしても、3年以上も誰もいないこの極寒の地に放置されているため、もう機能していないだろう。その上、この防護服に電話の機能がある説明は受けていない。


「それ以上は危険だから戻ってこい」


「……げっ、渚」


「お前のことだから、8時間は大丈夫とか思ってるだろ。それで死にかけたくせに。戻る時間も考慮しろ。それ以上は危険だ。一旦戻れ」


 そういえば、戻る時間を考えていなかった。ここから戻るまで何時間かかるだろうか。車にもう少し頑張ってこちら側に来てもらうとしても、かなり時間はかかりそうだ。


「充電もヤバいだろ」


「な、何故分かる」


「お前が今回は以前よりも寒いって言ってただろうが。温度を維持するために更に電気を食うだろ。ああ、光のために言っておくが、これ録音だからな」


 本当に会話しているように聞こえたが、どうやら沙月さんの思考を読んだ録音ってやつか。……まあ、私の思考も読まれていたけど。


「それに、分かっているだろう?」


「……うん」


 その渚さんの発言を聞いて沙月さんは何かを考え込むと、決心したように前を向いた。


「光、ちょっと!」


 そう言って沙月さんが私の右手を掴むと、右手のボタンを数回押し始めた。画面に表示されているものが変わり、何やら電池残量のような表示が出た。


「えっ、まだ半分以上も残ってる……?」


 沙月さんの方は4分の1を下回っているにも関わらず、私の方は70%くらいあるだろうか。共に行動をしてきたにも関わらず、かなりの差ができている。


「酸素は……まだ大丈夫だね。光の方はいいやつにしてるから、まだしばらくは大丈夫」


 いいやつにしては差がありすぎるような気もするが、元の世界との技術の差なのだろうか。それなら納得できる。


「ごめん、ここからは1人で行動することになる。本当は一緒に行きたいけど……」


「大丈夫です。気をつけて戻ってくださいね」


「それ、こっちの台詞だよ? ……気をつけてね」


 沙月さんが深刻そうな顔をしているのは多分、私が死ぬ未来が見えているのはここから先のことなのだろう。それでも行くしかない。何もしなければ多くの人が死ぬ。そしてその1人が私の可能性もある。何かして死ぬか、何もせずに死ぬかなら、前者を選ぼう。


「はい」


 そして私は沙月さんと別れ、1人で行動することになった。

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