サルガッソの出来事は何も無かったのです。
「全員、銃を構えろ!」
部下にこのように命令したユージェニーさんは、女に向かって、
「そこの女、海賊は絞首刑か斬首と決まっている、救助は無駄である、その女児だけは助けよう、速やかに自決せよ」
突然、非常操縦計算処理装置が、
「警告、海底からメタンの泡が浮かび上がってきます、転覆の危険性あり」
と同時に海面近くの水中で爆発が起こります。
……ふん、斬首は免れない、さっさと消えなさい!
タテ号は木の葉のように揺れ、ボートに乗っていた女は首が切断されて浮いていました。
二人の女児は何とか転覆しなかったボートに乗ったままです。
「子供たちを助けよ」とユージェニーさん。
でも部下が動きません。
「中尉……」と整備員。
ユージェニーさんが、
「いわんとすることは分かるが子供ではないか!」
タテ号はボートに接舷しました。
「そこの子供、汝らも亡霊であろう、しかしこのままボートで漂うのは不憫である」
「我らに害をなさぬと誓うなら、こちらに来い!」
見たところ九歳ぐらいと、六歳ぐらいの姉妹のようです。
……ユージェニーさん、見直したわ……
……まぁ何とかしてあげますか……
タテ号のキャビンに光が渦巻き始めます。
そしてアリアンロッドさんが降臨したのです。
アリアンロッドさんが、
「皆、今回のことは内緒よ、あってはならないミステリー、分かりましたね」
と云うと、ボートの子供たちにむかって、
「どうします?助かりたいなら、ここではっきりということよ」
「私たちはメアリ・リードのように貴女たちをいじめはしないわ、それに生き返らしてあげるわよ」
と言って手をさしだすアリアンロッドさん。
姉妹はおずおずとアリアンロッドさんの手を握ると、タテ号に乗り移ってきました。
「二人とも、私と手を繋いだのですから体は生き返ったいますよ、互いに手を握って見なさい」
互いの手のぬくもりを感じたのでしょう、大きな声を上げて泣き始めた姉妹です。
アリアンロッドさんは、姉妹の目線まで腰を落として、
「このタテ号の乗組員の皆さんの言うことを良く聞くのよ」
「先のことは心配しなくていいわ、二人の希望の通りにしてくれるでしょう」
「ただね、自分のことは名前と歳以外は喋っちゃだめよ、元亡霊なんていえないでしょう?」
「遭難してどれくらい?ミシシッピ川でおぼれたのね、去年に?ならご両親はいるの?」
姉妹はフロリダの出身、いわゆる解放奴隷、ほとんど白人に見えます。
どうやら曽祖母がアフリカ系黒人、ほどんど白人なのに、くだらないアメリカのワンドロップ・ルール――一滴でも白人以外の血が混じっていれば非白人という認識――で奴隷との扱いだったようです。
解放されたはいいが、クー・クラックス・クラン―KKK、アメリカの秘密結社、白人至上主義団体――に一家皆殺しにあい、かろうじて逃げ出した二人も、その途中で足を滑らせミシシッピ川でおぼれたようです。
その為、おぼれても誰も気にしなかったのですね。
アリアンロッドさんが、
「二人とも、ナンタケット島で暮らしたほうがいいわね」
「ユージェニー・ビンガムさん、悪いけどこの二人、ナンタケット島まで面倒を見てやってね」
「クレア・ミラー准将にはよく言っておくから」
「じゃあ忙しいので後を頼むわね、あと一日でアドリアティック号との会合点よ」
「二人は漂流中に救助した子供でボートに乗っていた、どうも記憶が定かでない、このあたりで言い逃れてね」
そういうと、アリアンロッドさんは消えてしまったのです。
その後、一行は無事にアドリアティック号と会合、ナンタケット島に帰還したのです。
この姉妹、姉がアビー・メロン、妹がドリー・メロンといい、とても可愛い娘さんたち。
なぜかユージェニーさんに懐いてまんざらでもないユージェニーさん、妹のように面倒を見たりしています。
非番のときなど、おやつを持って姉妹の相手などね。
でも問題が一つ、ユージェニーさんにはドナ・ダルトンという十歳の姪がいるのですが、この姪はユージェニーさんが大好きなのです。
はるばるとアイルランドのキルデア州北部メイヌースから、ユージェニーさんの姉が姪をつれて遊びに来たとき、メロン姉妹とかなり険悪な雰囲気になり手を焼いたとか……
ユージェニーさん、アリアンロッドさんの苦労が理解できたなんていっていました。
結局、この三人はユージェニーさんに憧れ、アリアンロッドさんに仕えるようになったとか……
FIN
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