お人形遊び想(四) 人形に説教される何とも情けないオーナー。
偶に物語語り達の間で『作中人物が夢に出て来た』と話を聞くが儂の夢にはあまり出て来た事は無い。精々夢に出て来ても映画やアニメのワンシーンのようなものばかりだ。光学迷彩使って公安○課ごっこしたり、豚に跨がって少年院で大レースしたり……。
しかし先日出て来た。十月のバリ旅行している間に出て来てビビった。
奇譚シリーズにアメリアの仮の相棒としてちょろっと登場させたクソ真面目の童貞君チカゲ君である(知らんヤツは『シラノ(下)』をご覧あれ。外伝ではなく続編の主人公として今度出すつもりだ)。
この、世にも下らないエッセイをご覧になってる読者諸氏はお気づきの事だと想う。人物を掘り下げる為に儂は人形に作中人物の恰好をさせて遊んでいる。
夢に出て来たチカゲ君は作中人物としてではなく人形としてだった。九月にオーダーしたばかりで早ければ十一月の後半に販売元より配送される、新しい人形だ。
その僅か七十センチしかない人形(それでも人形の中ではかなりデカい部類)が夢の中で偉そうに儂を手招いているのである。
渋々と側に寄ってみると口を開くではないか。
「そこに座して下さい」
何とも偉そうに口を聞きやがる。しかし有無を言わせぬ凛とした表情と物言いに何となく儂は正座してしまった。
しばし儂の濁った瞳の奥をチカゲ君は一等星のように青白く燃える瞳で見詰める。
「あと少々で(俺が)そちらに配送される予定ですが」
ああ『配送』ね、やはり自分が物(美術品)であるって自覚はあるのか、と儂は苦笑を浮かべた。すると同じく正座するチカゲ君は筋肉質な膝をバチンと叩く。思わず儂は両肩をすくめ恐縮した。
「聞いてますか?」チカゲ君、もといチカゲ氏は問うた。
「聞いてます聞いてます」
チカゲ氏は鼻を鳴らすと古き善き厳格な老人のように居住まいを正し言葉を紡ぐ。
「配送される頃……今年もあと一月程しかなく坊主も廊下を走る程に忙しい時節です。清掃はどうなってますか?」
「へ? あー……年末にちゃちゃっと済ませようかと」
「そう言って去年一昨年と、床と壁を拭いただけでしょう?」チカゲ氏は腕を組む。
「(影も形も無かった癖に)よくご存知で」
「今年もその予定ですか?」
「左様で御座います」
その返事を機にチカゲ氏は黙した。
居心地悪いなぁ。一対一で叱られるの数年振りだわ。ってかあんだよ人形に叱られるって。……と正座を組む尻と足をもぞもぞと動かしている、と静寂が破られた。
「喝っ!」
空気がビリビリと振動する程に発したチカゲ氏の喝により、儂の両肩は再び跳ね上がる。
「あんだよ!? 禅宗の坊主かよ!」
チカゲ氏は切れ長の瞳を吊り上げて叱咤する。
「うじゃじゃけるのも大概になさい! 人形が哀れと想わないのですか!」
「はぁ?」
「イポリト、アメリア、ローレンスさんと多くの人形が今年届きましたよね? どの人形も室内があまり清浄ではない時に届きましたね? 心待ちにしていた物が……特に美しい物が届くのにそんな不潔な状態で満足ですか!?」
「ふ……不潔って失礼ねぇ! ちゃんと掃除機かけてるし週に一度は大掃除してますぅ!」毎日掃除してるのにも関わらず『不潔』と貶されて切れた儂は反論した。
「大掃除? 普段の掃除に水まわりを足しただけでしょう? それは一般的に大掃除とは称しません」
「…………(痛い所を突いてきやがるこのガキァ)」
荒れた唇を噛み噛みめくれた皮をもぐもぐする、ぐうの音も出ない儂を見下し、チカゲ氏は溜め息を吐く。
「……いいですか? 俺達人形は美術品です。紫外線を嫌いますし、埃や油を嫌います」
「紫外線も埃や油も対策してるよぉ……書斎は綺麗でしょう? もう虐めないでよぉ」
「確かに人形が飾られている書斎は清浄です。毎日の埃払いや紫外線対策には甲斐甲斐しい努力を感じます。しかし一度……家全体を大掃除して下さい。ベッドの隙間に沈殿した綿埃、シーリングファンやエアコンにこびり付いた黴や油汚れ、調理器具を納めている油汚れが目立つ戸棚……全てゴキブリ等の害虫が好むものです。……既に築八年は経つのでしょう? 新築マジック(新しくて綺麗。築材の接着剤の所為なのか害虫が入って来ない)はもうそろそろ切れる頃ですよ」
「う……うう。ゴキブリは嫌だぁ」
「そうです。ゴキブリやネズミは人形の最大の敵です。チャイコフスキーの『くるみ割り人形』をご存知でしょう?」
「あれはネズミがくるみ割り人形を齧ろうとする話だよぉ」
「ゴキブリは『御器破り』と書きます。瀬戸物を齧るのですよ。レジンの人形なんて齧ろうと想えば容易く齧れるでしょう。……齧らないまでも小汚い油足でアメリアの顔を這いずり廻るのを許すのですか? 黄変(レジンが劣化して変色する事ね。多くは黄ばむ)が進みますよ?」
「ふげろべろばっちょ」
「そうですね。殺意を抱きますね」
正座していたのにも関わらずチカゲ氏は禅寺の坊さんのようにすっくと立ち上がる。そして『出没! ゴキマチック地獄!』状態の書斎を想像して魂が抜ける儂を尻目にふと微笑むと踵を返して消えてしまった。
そんな夢を見たのだ。
魂を得た人形がそんな話をした、と受取る人形愛好家も居るかもしれない。しかし深層心理が働いてチカゲ君の姿を借りて警告したのだろう、と儂は想った。
そんな夢を見たからにはやらにゃならんじゃないか。
以来、旅行から帰って来てから毎日のように大掃除をしている。キッチンのガスレンジを始め、鍋を仕舞っている棚や食器棚、各部屋のエアコンやドア、シーリングファン、火災報知器、襖のレール、シューズクローク、パントリーを拭き清めた。ベッドの下やクローゼットに堆積する埃の除去、もう使う事は無いだろう敷き布団の粗大ゴミ予約、食器の整理も終えた。
チカゲ君に叱咤され本気を出した所為か結構綺麗になった。白い家電製品がライトに照らされ美しく輝いているのを眺めると何とも気持ちがスカッとするではないか。
これならゴキは来そうもないな。
しかしまだまだやらねばならん事が山積している。毎年やっている壁と床拭きもしたいし、冷蔵庫も食材一度出して清めたいし(もっと寒くならないと出来ないんだよね)風呂場の壁もごっしごし拭きたい。
十一月後半にはチカゲ君が手許に届く予定だが大掃除は暫く続きそうである。今度夢に出て来るなら褒めてもらえると有り難い。
※時間や体力がある読者諸氏、今の内に粗大ゴミ廃棄の予約はしておいた方が良いぞ。十二月は混むので予約取れなくて廃棄出来ない事もある。数年前、儂は予約取れなくて次の年末まで持ち越してしまった。
(エッセイ)カクカク・シカジカ 乙訓書蔵 Otokuni Kakuzoh @oiraha725daze
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