番外編 夫に猫を被るワケ⑩

ジルクリフが帰ってきたと聞かされて、アイリシアは被り物を被って夫の自室へと向かった。

2階につながる階段を上がると、ジルクリフの声が聞こえてそっと顔を覗かせる。


話し中に突然、割り込んでしまうのは失礼になるだろう。

様子を窺えば、ラドクリフと話しているジルクリフの背中が見えた。


「そういえば――っ、わぁっ!」


何かを言いかけた義兄が、アイリシアに気が付いて驚きの声をあげた。

ジルクリフも振り返って、言葉を飲んでいる。

どちらにしても話の邪魔をしてしまったようだ。

申し訳なく思いつつ、二人に向かって歩く。


「ああ、そうか。シアちゃんか」

「お話し中に邪魔をしてしまって申し訳ありません」

「いや、俺はもう下に行くから。ジル、もう少し優しくしないと逃げられるぞ」

「は?」


ラドクリフは穏やかに笑って、ジルクリフをの肩をぽんぽんと叩くと、さっさと階段を下りていく。

小声でこっそりと頑張ってとすれ違いざまに声をかけられる。

優しい気遣いに、アイリシアはドキドキする胸を抑えながら、おずおずと夫に近寄った。


「あの…、今、少しよろしいですか?」

「あ、ああ」


彼が頷いてくれたので、アイリシアは手で握りこんでいたものをそっと夫に差し出した。

無骨な手のひらに乗ったのは、ガラスビーズでできた腕輪だ。お守りとして蹄鉄と並んで人気がある。今日、街で作ったものだ。

色を選んで、一つ一つジルクリフが怪我をしないように心を込めて紐に通した。

この腕輪が彼を守ってくれますように。


「今日、作ったんです。あの、試合でケガしないようにとお店の人が勧めてくれたので」

「…ありがとう」


茫然とした面持ちのジルクリフは反射的に礼を告げてくれる。

嬉しくて胸がほわんと温かくなって、思わず震えてしまう。

慌てて、小さく頭を下げた。


「いえ、引き止めてしまってすみませんでした」


被り物を被っているのに恥ずかしくて、踵を返すとそのまま足早に階段を駆け下りたのだった。

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