魔法使いなのよ


 少女は山野乙女といいました。

「やっぱり出来ないわ……もう死ぬしかないわ……」

 そんなことを呟きながら、とぼとぼと歩いていると、何処から来たのか、クリームヒルトさんが道の脇に立っていました。


「山野さんっていい人ね、誰も誘えなかったのね、私が一緒に行ってあげるわよ」とクリームヒルトさん。

「……なぜ……」と乙女さん。


「誰かを連れて来いって、脅されているのでしょう?」とクリームヒルトさん。

「来ちゃいけない!私みたいになるわ!」と乙女さん。

「だからいくのよ、いいから私に任せて」とクリームヒルトさん。


 山野乙女さんの家は母子家庭、母親が悪い男に騙されて麻薬中毒、その男が夫と偽り、家に居座っているのです。


 山野乙女さんもいわゆる麻薬依存、そして男の情婦まがいの日々を送っていました。


 その男は母娘を物にしたのに飽き足らず、超エリート女子校の、聖ブリジッタ女子学園山陽校の生徒を物にしようと、乙女さんを聖ブリジッタ女子学園山陽校に入学させ、女生徒をつれて来いと命じたのです。


 連れてこなければ母親の麻薬は絶たれます。

 すでに母親は麻薬を断たれ禁断症状で半狂乱となっています。


 乙女さんは母親の為に、なんとかしようとは考えたのですが、何の関係もない人を地獄におとすのは出来ない。

 とうとう母親を刺して、死のうと覚悟を固めたのです。


 必死で止める乙女さんを、振り切るようにクリームヒルトさんは歩みます。

 まるで乙女さんの家を知っているように……


 そして家の前までやってきて、乙女さんの腕を取ると、クリームヒルトさんは耳元で囁いたのです。

「私に任せてね、ただ見たことは口外しないようにね」

「それから驚かないでね、私は魔法使いなのよ、さぁドアを開けてね」


 乙女さんは、クリームヒルトさんの有無を言わさぬ迫力に負けたのかドアを開け、

「ただいま、お友達を連れてきたわ」

 と云いました。


「おじゃまします」

 とクリームヒルトさんがいうと男が一人出てきて、「友達か」といい、乙女さんに「ドアを閉めろ」などと命じました。

 乙女さんがドアを閉め、鍵をカチャとかけました。


 その瞬間、あたりの空気が一気に下がります。

「私を手籠にでもしたいようね、でも無理ね」とクリームヒルトさん。

 男の手足がその瞬間に、あらぬ方へ折れてしまいます。


「うるさいから、その口も縫っておいてあげます」とクリームヒルトさん。

 針と糸が浮き上がり、本当に縫ってしまいました。


「ところでお母さんはどこ?」とクリームヒルトさん。

 乙女さんが案内しました。


 半狂乱の母親を、取りあえず寝かせたクリームヒルトさん。

「電話を借りるわよ」

 というと、返事も聞かずに受話器を取りあげたのです。


 クリームヒルトさんが、

「もしもし、内閣調査室アウロラ対策室ですか、クリームヒルトです、声紋認証をして下さい」

 しばらくして、

「実はお願いがあります……そう麻薬組織の男と思います、両手両足をたたき折っています……」

「そうそう、強盗ということで取り繕って下さる……ありがとうございます」

「警察として引き取りに来る?警察には?話をつける?ではよろしくお願いします」


「警察がやってきます、強盗として処理するそうです」

「麻薬についてのお母さんの記憶は全て消去します」

「この程度の禁断症状なら私でも治せます」


 しばらくすると、サイレンが近付いて来て、パトカーが家の前に止まります。

 警官が何人も出てきて、『階段から落ちた』強盗を引き取って行きました。


 そのあいだに、クリームヒルトさんは乙女さんの禁断症状を治し、母親の禁断症状を治し、麻薬の記憶を削除、強盗の記憶を加えたのです。


 乙女さんの母親は婦人服の会社の社長、特に下着などで有名な会社です。

 この一年ほど、業績が低迷していたそうです。

 女性社長の体調がすぐれないのではと、噂がたっていました。

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