第70話

 潰されかけのヒキガエルのような顔が、ボーンデッドを見上げる。

 それは、この世でいちばん醜い上目遣いだった。



『……なっ、なあ! ボーンデッド……いや、ボーンデッド君! 君は正々堂々と戦うことで有名なゴーレムだろう!? この前の聖ローリング学園との試合でも、湖に落ちかけたキャプテンを救出していたじゃないか! あの勇気ある行動は、メルカヴァ道の真髄であると評論家からも絶賛されていた! 今こそ、その清き精神を発揮する時だ! このワシを助け起こして、気持ちよく仕切り直しといこうじゃないか……んなぁぁぁぁぁっ!?』



 ……メキメキメキメキィッ!!



 ゴチャゴチャうるさかったので、俺は、『ゼゲロ・ザ・チャンプ』の背中にある、御殿のようなコクピットを引っこ抜いた。


 動力である魔法水晶ミンツの供給が断たれ、フェイスが消えれば暑苦しいツラとダミ声からオサラバできると思っていたからだ。

 が、象のような本体と、その背中に乗っていたコクピットは別電源のようで、ハゲデブの悲鳴は止むことはなかった。


 しょうがないので、強制分離させたコクピットのキャノピーを軽く潰してやる。



『んなあっ!? あ、開かない!? で、出口が!? 出口が塞がれた!?』



 ハゲデブはちょうど外に逃げ出そうとしていたらしく、豪華な門を模した両開きの扉がガタガタと揺れている。


 持っていてもやかましいだけだったので、少し離れたところにソレを置く。

 すると、成金が飼ってる犬小屋のような佇まいになった。


 中にいるブルドッグは躾がなっていないのか、ひたすらわめきちらしている。



『お……おいっ!? なにをするつもりだボーンデッド君! ここから出してくれっ! 出してくれぇーっ! き……君はこんなことをしちゃいけない! 君は弱き者を助ける正義のゴーレムなんだろう!?』



 ……俺は別に、正義なんかじゃねぇよ、オッサン……!


 それに『弱いから』ってのが理由になるんだったら、俺はこの世のすべてのメルカヴァを助けなきゃならねぇじゃねぇか……!


 世界チャンプの俺より強いヤツなんて、この世に存在しないんだからな……!


 だから俺は、俺の好みで助けるヤツを選ぶ……!


 そして……好みじゃないヤツは、ブッ潰すっ……!


 俺の気持ちに応えるように、ボーンデッドのボディがギラリと黒光りする。


 今の俺は、気に入らないヤツを車ごと粉砕機に突っ込んでいる、マフィアのボスだ……!

 さぁ、グチャグチャにしてやろうじゃねぇか……!



 ……メキメキメキメキイッ!!



 気持ち悪いイラストと、呪詛のような文字が書かれたチャンプの装甲をひっぺがす。

 人間の拳くらいあるビスが吹っ飛び、工場地帯のような臓物が現れる。


 内部は実にメカメカしい。

 心臓のようにドクンドクンと明滅する魔法水晶ミンツが、ひときわ異彩を放っている。


 まあ、そんなのはどうでもいいんだ。

 俺はヤツの背中から脚部のほうに移動すると、ガシッと足を掴んで関節技をかけるように倒れ込んだ。



 ……ビキビキビキビキビキイッ!!



 スパークを撒き散らしながら、骨のような配管とともに千切れる脚。

 残りの3本も、同じように外してやった。



『やっ……やめろおっ! ボーンデッド! その脚ひとついくらしたと思ってるんだ! 脚一本で、この工場が丸ごと買えるんだぞっ!? やめろっ! やめろおおっ!!』



 ブルドッグがキャンキャンとやかましい。

 近隣住民のような女警備員は、ただただ立ち尽くし目を丸くするばかり。



『う……嘘……!? チャンプを素手で解体するだなんて……!』



 それはよほどありえないことなのか、丘の上の技術者たちもがっくりと膝をついている。



「う……嘘だっ!? 型落ちとはいえ、軍事用パーツだぞ!? 専用のメンテナンス用のメルカヴァで魔法を用いなければ、解体は不可能なはずなのにっ!?」



「でも、特別に頑丈とはいえ金属なんでしょう? 強い力が加わったらあんな風に壊れるんじゃないの?」



「それはそうだけど、そんなのは同じ軍事用の兵器をくらった時だけだっ! ……アレは異常な光景なんだっ! 例えるなら、人間が道具も使わずに、素手で戦車を解体してるようなモンなんだぞっ!?」



「へぇ……! じゃあボーンデッドって、パワーもすごいんだね……!」



「女子校対抗メルカバトルでのボーンデッドは、スピード重視……! 持ち前の速さを活かした戦略と戦術が持ち味の機体だと思っていたのに……! まさかあれほどのパワーまで隠していただなんて……!」



 的外れな分析に、俺は心の中で苦笑いする。


 ……わかってねぇなあ。

 俺はぜんぜんパワーなんて出しちゃいねぇ。


 まだまだレベルが低いから、湖に落ちたルルロットを引き上げることもできなかったんだぞ。

 肝心なのは、力を入れる箇所と、タイミング。


 ようは、マグロの解体みたいなもんだ。

 コツが分かってねぇヤツがやると、どんなに力を持っていても、グチャグチャになるだけでぜんぜん捌けない。


 だが熟練の板前なら、たとえヨボヨボのジジイでも……包丁1本ありゃ、サクサクやれちまうんだ。


 俺は外したパーツひとつひとつを、二度と再利用できねぇように丸め、犬小屋の前に並べていった。


 半泣きでパーツを解説してくれるブルドック。



『あああああぁ~っ! そ、それは! 1本1千万エンダーもする、魔力潤滑仕上げの魔導パイプ! それだけは、それだけはやめて……あああああっ!?』



 ……クシャッ!


 紙くずのように丸めた1千万¥が、コロンコロンとヤツの側に転がっていく。


 本当は、あんまり趣味じゃねぇんだけどな、こういう見せしめみたいなやり方は。


 ゲームでも、四肢をもいでから殺すようなヤツは大勢いるが、俺はやらなかった。


 だが、今回だけは別……!

 テメーのやったことは、俺の我慢の限界を超えた……!


 そのへんのヤツらがするみてぇな、ダルマにするくらいの甘っちょろい処刑で終わると思うなよ……!

 いちど闇落ちしたボーンデッドは、容赦はしねぇ……!


 ミンチにしてやらなきゃ、終わらねぇんだ……!


 コクピット以外のパーツを全部コンパクトに丸めた俺は、敷地の隅にある巨大な粉砕機にそれらを放りこむ。

 頑強な軍事用のパーツとはいえ、小さくしてあるので、なんとか粉末にすることができた。



『おっ……おお……! わ、ワシのチャンプが……! ワシのチャンプがぁぁぁ……! 』



 遺灰の山を前に、コクピットの中で泣き崩れるハゲデブ

 ちょっとやり過ぎたかな、と思っちまったが、



『き……きっさまぁぁぁぁぁぁ! ワシにこんなことをして、タダですむと思うなよっ!? 貴様の飼い主を見つけ出して、損害賠償を請求してやるっ! 骨の髄までしゃぶりつくして、回収してやるからなぁぁぁぁぁ!!』



 前言撤回。

 俺は銀ピカの犬小屋に手をかけて、雪だるまのようにギュッギュッと押し固めた。



『なっ……!? なにをする!? や、やめろっ!? つ、潰れるっ!? 潰れるぅぅぅっ!? じょ、冗談だ! 冗談だ! ボーンデッド! 損害賠償どころか、金をやる! いくらでもやるから! い、いくら欲しい? 1千……! い、いや2千……3千……よよよ4千っ……!!』



 コクピットが圧壊していくたびに、額がどんどん跳ね上がっていく。


 さすがにやりすぎだろうと、警備長から止められるかなと思っていたが……意外にも冷めた表情をしていた。



『社長……またそうやって、エンダーを省略して……それで助かったら「¥とは言ってないだろう!」って言ってポイントカードで支払うつもりなんですよね? 私たちのボーナスの時のように……』



 高台から見下ろす従業員たちも、一様に白けた顔をしていた。

 まるで「ボーナスをやる」と言われて喜んでいたら、棒に茄子を刺した物体を手渡されたかのように。


 種明かしを受けた俺は、驚愕と怒りで震え上がりそうになる。


 こ……このっ、クソデブハゲタヌキオヤジ……!

 この期に及んでまで、俺をペテンにかけようとしてたのか……!

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