第8話 コンビニで出会ったのは
とっくの昔に冬は終わったとはいえ、夜になると吐息は微かに白むこの季節。薫は神妙な面持ちで人気のない歩道を歩いていた。街灯もまばらなこの道は、普段なら恐怖で足早に歩くのだが今はそんな気分にもならない。
ぼんやりと考えるのは急患で訪れた佐々木マロンとそのオーナーについてだ。浅野の解説のおかげでマロンの容態がもう手の施しようがないことは分かっている。薫の終業時刻が過ぎたことから途中までしか見守ることができなかったため、その後が気になって仕方がない。
(佐々木さん、大丈夫かな……)
今も脳裏を過ぎるのは佐々木の後悔に満ちた泣き顔だ。一人っ子の薫は兄妹を亡くす気持ちは分からない。両親は物心つかない頃に亡くなり、祖父母の時は事前に医師から「あと◯ヶ月です」と余命宣告を受けていたので心の準備はできていた。亡くなった後は葬式の手続きや相続もあり、悲しむ余裕はなく、落ち着いて、日常が戻ってきた時にふと悲しみを覚えるだけだった。
だから、佐々木のように今まで元気だった家族が予兆もなく亡くなるなんて想像がつかない。
(あの時、もっと別の言葉をかけるべきだった)
待合室での佐々木はきっと不安だったに違いない。あの時は検査結果もまだ出ていなかった。もしかしたら助かるかもしれないという
今になって思えば、もう少し佐々木の気持ちに寄り添った言葉があったのかもしれない。
はあ、と長く息を吐いた時、お馴染みのメロディが聞こえてきた。顔をあげるとコンビニが見えた。無意識にここまで歩いてきたらしい。
「あっ、お砂糖なかったんだった」
通り過ぎようとして、薫は足を止める。そういえば今朝で砂糖が残りわずかになっていたことを思い出した。スーパーの方が安いので普段は利用しないが、こういう時に家のすぐ近くにコンビニがあるのは便利だと思う。
「あれ、東堂さん。おつかれさまです」
入店して、砂糖を探していると浅野と出会った。ジーンズとワイシャツに紺色のカーディガンとシンプルな装いは、クールな彼によく似合っている。
「あっ、おつかれさまです。お帰りですか?」
「ええ。俺のアパート、もうちょい行ったこの先なんで」
「なら近くですね。私の家はこの裏にあるんです」
あっちの方向です、と指差すと浅野の顔が分かりやすく歪んだ。
「……あの、車持っていませんでしたよね?」
「え、はい。免許持っていませんし」
「バスが通っている道って一本向こうですけど」
「えっと、そうですね」
「病院からこのコンビニまで車で十分ちょいかかるんですけど、どうやって? バス停から歩いてきたにしても距離あるし、自転車じゃないですよね」
「歩いてきましたけど」
「は? 歩いて?」
浅野は目を大きくさせた。
「病院からここまで? ……いや、歩きなら時間が合う、か」
「だいたい一時間ほどですね。今日は色々考え事してて、時間かかってしまいましたけど」
照れ臭そうに薫は頬を掻く。
それを見た浅野はすっと目を細めた。
「佐々木マロンさんについてですか?」
図星をつかれて、薫は硬直する。
すると浅野は少し考えた素振りを見せた後、駐車場を指差した。
「買い物終わったら時間あります? 俺の車停めてあるんで、そこで話しましょう」
「え、いや、ご迷惑では? イートインスペースとかは」
そこまで親しくない異性の車に乗るのは抵抗があるため、代替案をあげるが浅野は首を横に振る。
「守秘義務っていうのがあって、こういうところで患者さんの情報を話すのは駄目なんです」
「あ、ですよね」
「心配ならこれを」
浅野はキーケースを取り出すと薫に差し出した。
「それがなければ車、動かせないんで持っていてください」
そう言われたら断ることはできない。薫は苦笑しつつ、砂糖を手に取ると会計のためにレジへと向かった。
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