第36話 偽りの盗賊

 礼拝堂の翠色の光に包まれ、レオとシエラはバムに紹介された二人の男を警戒の目で見つめていた。


 長身のPPケプラーの後ろから、小太りの男が一歩前に出た。


「えー、ジェガと申しますぅ。えー、このゲームはぁ、VRと違って、いまひとつ勝手がわからないっつーか。ダイアログ出ないし。王都に戻るまでダイブアウトできないし。えー、移動も時間かかるし、リアルと同じでちょっとヘコんでますわ」


 ジェガはシエラに気づくと、急に声のトーンを変えた。


「だけどワシ、ちょっとそこのかわいい光る目のお姉さん見て、テンション爆あがりちゅう! つーわけでヨロシクぅ!」


 早口でまくしたてながら、終始シエラから目を離そうとしない。その視線には、あからさまな好奇心と下心が滲んでいた。


「ヨロシクったらヨロシクぅ!」ジェガは手を差し出したが、シエラは杖を両手で握ったまま、「よろしくお願いします」と遠慮がちに会釈するだけだった。彼女の声には、わずかな警戒心が混じっている。


「PPケプラーも、プレイヤーなのか?」


「ああ、そうだ。こっちの世界では盗賊として有名だが現実の俺はちがう」


 レオの問いに、長身の男は得意げに答えた。


「じゃあ、これで依頼達成だね。レオくん、〈サティファ〉をいただけるかな?」


 レオは背負っていたバッグから、丁寧に巻かれた一枚の巻物を取り出した。サティファと呼ばれるその証明書は、大人の腕の長さほどもある立派なものだ。依頼を果たした証として、依頼主から渡されるものだった。


 巻物を『ネルルの樹』に持っていけば、依頼主が用意した報酬と交換できる。


 レオは巻物を広げた。予想通り、そこにある文字は白紙のままだった。


 契約を司るオーロラ・センチネル『リブラ』の封印——『ネルルの樹』の担当者から説明された通り、サティファに書かれた文字は依頼完了まで隠されている。白紙の巻物では報酬をもらうことはできない。


 封印を解くことができるのは依頼主、つまりはレオだけだ。


「その前に、確かめたいことがあるんだ」レオは警戒を崩さない。


「確かめたいこと? いいぜ、なんでも聞いてくれ」


 PPケプラーは腕を組み、余裕の表情を浮かべた。


「これなんだけど――」


 レオは首からペンダントを外し、掲げた。三連リングが翠色の光を反射して微かに輝く。父、天城譲一郎の言葉が鮮やかによみがえる。


『いいかレオ、彼の地に降りたら、〈PPケプラー〉という名の人物を探しなさい。その者にペンダントを見せれば、その者が少女まで導く』


 家族を失った痛みが、レオの胸を締め付ける。


「なんだ。その地味なアクセは? それがどうかしたのか?」


 PPケプラーは片眉をあげ、興味なさげに言った。その反応にレオの疑いは確信へと変わった。


(初めて見るようなこの反応……こいつは――)


「PPケプラーじゃないな」レオは冷静さを取り戻し、毅然とした態度で宣言した。「お前たちはいったい何者だ!」


「ああん?」ジェガは目を見開き、顔を真っ赤にした。「いきなり何を言い出すんだこのNPCは?」


「まあ、待てジェガ」


 偽ケプラーはジェガの肩に手を置いて押さえつけると、余裕の表情で一歩前に出た。その目は欲望に満ちていた。


「悪かったな小僧」彼は口元に薄笑いを浮かべ、油断を誘うように柔らかな声で言った。「今思い出したよ。そのペンダントは俺が手にすることで力を発揮するんだ」


 レオは父から託されたペンダントを胸に押し当て、本能的に守るような仕草を見せた。


「そんなものはない。ただのペンダントだよ」


「おいおい、つれないこと言うなよ」偽ケプラーの声が急に冷たくなった。「じゃあなんでそいつを見せた? いいからそいつをよこしな。よこせばわかるからよ」


 男の目が危険な光を放ち、一歩ずつ距離を詰めてくる。レオは足場を固め、震える手でペンダントをしっかりと握りしめた。


「ダメだ! PPケプラーかどうか、わからないヤツに渡せない」


「NPCのくせにワシらに刃向かうとは、小生意気なガキだ。ワシが成敗してやる!」


 唾を飛ばしながら、ジェガは鞘からショートソードを勢いよく抜き出した。その刃が礼拝堂の緑色の光を反射して不吉な輝きを放つ。


「バーストアタック!」


 ジェガは叫び、レオに向かって突進した。その足取りと腕の動きはバラバラで、素人そのものだった。


 レオは咄嗟に身をひねった。冷や汗が背筋を流れ、鼓動が耳に響く。ジェガの剣は空を切り、勢い余って石の床に叩きつけられた。金属が石を打つ鈍い音が礼拝堂全体に轟いた。


 想像もしなかった反動と痛みに、ジェガは顔を歪めて悲鳴を上げ、剣を取り落とした。


「イデデェ~……手がしびれるぅ~」


 彼は手首を激しく振りながら、顔をしかめて床に膝をついた。その惨めな姿は、先ほどまでの威勢のよさが嘘のようだった。


「おいおい。それは『モノリスオンライン』のスキルだろ。いま、俺たちがやっているのは〈XRPG〉なのを忘れるな。VRみたいにクラスやレベル、スキル解放やアシスト機能なんてないんだからな。見ているこっちが恥ずかしくなってくるぜ」


 偽ケプラーは、顔に手をあてた。


 プレイヤーは、よくVRMMOのことをVRと呼ぶ。


「し、知ってるわい、そんなこと! ためしに、やってみただけじゃい!」


 ジェガは決まり悪そうに剣を拾いあげた。


「レオ!」


 シエラがレオのそばに寄り、杖を両手に構えた。


「しかたねえな。こうなったら力ずくだ」


 偽ケプラーは表情を一変させ、冷酷な笑みを浮かべた。彼とジェガは、まるで獲物を追い詰める狼のように、ゆっくりと二人に近づいてきた。礼拝堂の翠色の光が彼らの顔を不気味に照らし、長い影を床に落としていた。


 レオは歯を食いしばった。逃げたくない。だが、シエラを危険な目に遭わせるわけにはいかない。


「シエラ、逃げて」レオがささやく。「ぼくが時間を稼ぐから」


「ダメ」シエラはきっぱりと答え、レオの袖を掴んだ。「いっしょに行く。いっしょに帰る」


 彼女の瞳に宿る決意に、レオは何も返せなかった。


 アーミーナイフを構えながら、背後を確認した。


(どうする? 出口まで二〇メートル――走っても追いつかれるかもしれない……ほかに手は……考えろ……)


 前に向き直った瞬間、視界の下端から突如として青白い光が漏れ出した。


「レオ、ペンダントが……!」


 シエラの瞳に驚きの色が宿る。光の正体はペンダントだった。


 ペンダントの青白い星明りが礼拝堂全体に広がった、そのときだった。


 ギチギチ――。


 何世紀も眠っていた歯車が動き出したような金属音。


 一瞬の出来事だったが、床から足へと伝わる振動は確かにあった。


 その場にいた全員が凍りつき、主祭壇を見つめた。

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