第2話 憧れ

 移民船団〈ノア〉に暮らす天城レオと双子の姉・琴音は、リアルスティック・ホログラムの青空教室で地球の自然を体験していた。


 初めての雨に興奮する子どもたちの歓声が草原に響く中、突然――目の前が閃光に包まれた。


 笑い声が消えた。


 直後、ドォーン! と空が爆発した。


「キャーっ!」


 叫び声はひとつではなかった。琴音の小さな黒い頭がレオの胸に飛び込んできた。


 ゴロゴロと轟くような残響がレオの腹を震わせた。


 周りの子どもたちも、その場に座り込んだり、両耳をふさいだりしていた。


「な、なんだ……」


 内心、実はレオも怯えていたが、抱きしめていた手で琴音の背中をぽん、ぽん、と叩いて「大丈夫」と強がってみせる。


「みんな、落ち着いてね。これは雷よ。すぐにまた晴れるから、安心して」


 シンディが、怯えている生徒一人ひとりに声をかけていく。


 彼女が琴音のところにやって来たとき、レオは尋ねた。


「先生、雷って?」


「レオくんたちは、この授業を受けるのは初めてだから知らないのは当然ね。宇宙船と違って地球は――」


 灰色の雲は遠ざかり、空がまた明るくなっていく。


 陽の光を浴びながら、シンディは雨と雷について、小さな子たちにも分かるように解説していく。


 琴音はレオにしがみついたままだ。


 どれも聞いていて、わくわくするものだったが、いまひとつ実感が湧かない。


 なぜなら船の中はいつも同じだからだ。寒くもないし暑くもない。


 廊下で太陽が輝くこともなければ、みんなが集まるリラクゼーション・ホールに雨が降って、びしょびしょになることもない。砂はあるにはあるが、砂嵐を起こすほどの量はないだろう。


 草原に座って聞いているみんなも似たようなことを考えていたのか、口々に言いはじめた。


「空気が乾燥するってどういうこと?」


「汗で全身がベトベトになるの? そんなのいやよね」


「なんか、地球で生きるのって大変そうだな。僕たち、そんなところで生きていけるのかな」


 誰かが不安げな声を漏らした。


「そうね。でも、何もない船の中よりも楽しそうだと思わない? たとえば冒険とか」


 シンディは人差し指を立て、提案する。


「キャプテン・ヴェガ!」


 少し離れた場所に座っていたレオと同年齢の男の子が叫んだ。


「ヴェガね――」


 フィリッツがレオのほうを見てニヤリとすると、


「僕たちのヒーローだね。星々を旅してお宝や強力な力を手に入れ、オーロラ・センチネルの神々と協力して、邪神から世界を救うってヤツ」


「ああ! ヴェガ、かっけーよな」


 レオは力強く拳を握って立ち上がった。


「ちょっとレオ。はずかしいでしょ」


 琴音がレオのライトブルーのジャンプスーツを引っ張り、無理やり座らせる。クスクスと笑い声があちこちから漏れ出ていた。


「それじゃあ、午前の授業はおしまいにしましょう。午後はそのヴェガに関するお話です」


「え! ほんとうに!」


 レオは再び勢いよく立ち上がった。キャプテン・ヴェガといえば、幼い頃から憧れ続けてきたヒーローだ。


「あ、また」


 琴音は呆れ顔でレオを見る。


「う~ん、キャプテン・ヴェガというよりもオーロラ・センチネルの神々についてのお話かなぁ」


 シンディは微笑んで見せた。


「え~……」


 レオは口をとがらせた。オーロラ・センチネルも興味深いが、冒険と勇気の象徴であるヴェガの話が聞きたかった。


 残念ね、とでも言いたげにシンディはぽんと手を叩いた。


 眩しい日差しと広がる緑の大草原は一瞬にして消え、白い壁に囲まれた無機質な部屋へと戻った。レオの心は、いつかヴェガのように実際の星々を旅する日を夢見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る