8 稀有なる力量
僕たちは魔竜族の本拠を出て、かつて彼らが制圧したという伯爵領まで移動することになった。
その際に招集されたのは、巨大な翼竜ワイバーンである。彼らは中級の魔族であったが、こと飛行に関しては上級の魔族と同等の力を有するという。さきほどの場所にいた全員を背に乗せて、ワイバーンは至極すみやかに目的の場所まで僕たちをいざなってくれた。
「見えてきたな。あれが、俺たちのぶっ潰した領地だ」
その領地は、立派な河川と樹海にはさまれるようにして存在した。
規模としては、公爵領の半分ていどであろうか。河川の向こう側は水はけが悪いのか、黒みがかった大湿原が広がっており、見通せる場所に他の人跡は存在しないようだ。
そして――その領地は、完膚なきまでに破壊し尽くされていた。
石造りの城や町は瓦礫の山であり、農園の居住区域と思しき場所は黒い消し炭と化している。あとは手入れもされない農園や果樹園が、自然の中に埋没しようとしているさなかであるようだった。
「これはまた……ずいぶん徹底的に破壊したものだね」
「ふん。奪った領地に見張りを立てるなど、馬鹿らしいことだからな。ならば、人間どもが住めぬようにしてやれば済むことだ」
白い歯を剥き出しにして笑いながら、オルボロスはそう言い捨てた。
「で? これだけ破壊し尽くしてやっても、まだ人魔の術式は機能しているというのだな? それをどのようにして破壊するのか、楽しみなところだ」
「うん……とりあえず、城があったと思われる場所に降りてもらえるかな?」
ワイバーンは「了解です」という言葉とともに、瓦礫の山へと滑空した。
石造りの城塞も、城壁も、すべてが灰色の石くれと化している。たとえ公爵領の城の半分ていどの規模であったとしても、ひとつの城をこうまで破壊し尽くすというのは、大変な苦労であったはずだった。
ワイバーンが着陸したので、僕たちも瓦礫の上へと飛び降りる。
僕は溜め息を噛み殺しながら、かたわらのルイ=レヴァナントを振り返った。
「これはちょっと予想外だったね。レヴァナント、人魔の術式はどこに隠されていると思う?」
「さ……こうまで破壊し尽くされていては、謁見の間の場所を探ることも難しいかと思われます」
「うーん、やっぱりそうだよね……」
僕たちがそのように語らっていると、薄笑いを浮かべたウロボロスが顔を寄せてきた。
「なんだ? 俺たちの手際に不服でもあるようだな、暗黒神様よ?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……人魔の術式の触媒は、人間たちにとってもっとも神聖な場所である謁見の間に隠されているんだ。それをどうやって探し出すべきか、ちょっと考える時間をいただこうかな」
すると、魔竜兵団の副団長たるニーズヘッグが「失礼」と進み出てきた。神経質そうな面立ちをした、エメラルドグリーンの髪と瞳と鱗を持つ若者である。
「人間風情の定めた神聖な場所などに、さしたる意味が存在するとは思えません。重要視するべきは、魔力の所在なのではないでしょうか?」
「魔力の所在?」
「大地の魔力は、地中の竜脈を流れております。それらの竜脈を管理せぬ限り、あれほどの魔術を発動させることは困難であるように思います」
言いざまに、ニーズヘッグは地面に膝をついた。
その骨ばった手の平が、折り重なった石くれの上に当てられる。
「ちょうどこの辺りは、蜘蛛の巣のように張り巡らされた竜脈の中央に位置します。魔術の触媒を仕掛けるには、どの場所がもっとも適切であるか、それを探るべきではないでしょうか?」
僕はニーズヘッグにならって、地面に手の平を当ててみた。
そこから探知の触手をのばすと、確かに魔力の脈動が感じられる。弱々しい、不整脈を起こした老人のごとき脈動だ。
(なるほど……神聖な場所に触媒を設置したんじゃなく、もっとも魔力を引き出しやすいポイントを神聖な場所に定めたっていう理屈か)
それは、きわめて理にかなった話であるように思えた。
僕は魔力の流れを辿り、竜脈がもっとも重なり合っている場所を探る。
「こっちだな……ワイバーン、ちょっとどいてもらえるかい?」
本性をさらしたままのワイバーンは、しずしずと後退した。
空いたスペースに膝をつき、僕は再び竜脈を探る。目的の場所は、ここで間違いないようだった。
「よし、それじゃあここで試してみよう。門を開くと『門番』が現れるはずだから、上級の力を持たない団員は僕の後ろに固まってくれ」
僕が引き連れてきたメンバーは僕の背後に集結し、デルピュネとワイバーンの身はヨルムンガンドが守ることになった。
そして、にやにやと笑ったファフニールが僕のかたわらに進み出てくる。
「なあなあ、よかったら『門番』とかいうやつの始末は俺に任せてくれねえかな? さっきから、退屈でしかたなかったんだよ」
「いや、君だったら負けることはないかもしれないけど……それでも、かなりの魔力を消耗してしまうと思うよ」
言いながら、僕はウロボロスのほうをちらりと見やった。
「ウロボロスとファフニールのふたりがかりなら、その姿のままでも勝てるかな。ファフニールひとりなら、最初から本性をあらわにして、魔力を全開にするべきだろうね」
「ほう、それほどの力を持つ相手であるのか」
ウロボロスが、にやりと笑った。
「ならば、俺が相手をしてやろう。ファフニール、お前は下がっていろ」
「ちぇーっ! また団長の独り占めかよ!」
ぶちぶちとぼやきながら、ファフニールは下がっていった。
ウロボロスは余裕の笑みを浮かべながら、僕の正面に立ちはだかる。
「いいぜ。いつでも好きにしてくれ」
「……そのままの姿でいいのかい?」
「ああ。相手の力を見るまでは、腹の減ることはしたくないんでね」
『門番』は、僕から魔力を譲渡されたナナ=ハーピィとジェンヌ=ラミア、および魔力を全開にしたコカトリスの3名がかりでも、ほどほどに手間のかかった相手である。ウロボロスが魔力を全開にすれば、おそらくそれ以上の力量であるのだろうが――魔力の消費を抑えている半人半妖の姿では、いささか心もとなかった。
(まあいいか。いざとなったら、僕だって助太刀できるしな)
そのように考えて、僕はひさびさの呪文を唱えることになった。
「アニデャ・イフ・ドゥラーラ・ルィファソゥ・ミダキュラ・ダェリーリ・ナーキュフィア・マラザラ・ニム・キュアムハグ・タキュハァ」
目の前の空間が、ぐにゃりと歪んだ。
やはりこの場所こそが、かつての謁見の間――人魔の術式の触媒が隠された場所であったのだ。
ぽっかりと浮かびあがった漆黒の円環から、凄まじいまでのエネルギーの奔流が噴出される。
それは黒い竜巻と化して、周囲の空間をぞんぶんに蹂躙してから、やがて虚空の一点に滞空した。
それを見上げて、ウロボロスは「ほお」と口をねじ曲げる。
「これはこれは……確かにファフニールでは、いささか手こずっていたことだろうな」
黒きエネルギーの奔流たる『門番』は、ウロボロスを目掛けて突撃してきた。
ウロボロスは「ふふん」と鼻を鳴らして、右腕を振り上げる。
その腕が、一瞬で3倍ぐらいの質量に膨張した。
すべての皮膚が漆黒の鱗に覆われて、指の先には鉤爪が出現する。
そして、『門番』をも圧する膨大な魔力が、その右腕全体からほとばしっていた。
(これは……!)
僕がひそかに息を呑んでいる間に、『門番』がウロボロスの長身を呑み込んだ。
次の瞬間、断末魔の波動が周囲の空間を軋ませた。
ウロボロスの鉤爪が、内側から『門番』を引き裂いたのだ。
それだけで、『門番』はこの世から消失していた。
「まあ、こんなところか。腹が減るほどの仕事ではなかったな」
ウロボロスは解放していた魔力を収束させ、ファフニールやデルピュネがはやしたてるような声をあげた。
どうやら僕は、いささかならず彼の力量を見誤っていたようである。ガルムとナーガがふたりがかりでもかなわない、などというレベルの話ではない。彼は右腕の解放だけで、上級魔族3名分以上の力量を見せつけてくれたのだった。
(もしかしたら他の3名も、僕が感じている以上の魔力を秘めてるんだろうか。そうだとしたら……他の兵団の魔族とは、ひとつレベルが違う感じだな)
僕がそのように考えていると、ウロボロスが傲然と笑いながら近づいてきた。
「さあ、ここからが本番なのであろうが? このぷかぷか浮かんでいるのは、異なる空間への入り口に過ぎないのだろう? 人魔の術式の触媒というのは、どうやって破壊するものであるのだ?」
「……うん。君には、一緒に見届けてもらおうかな」
僕は、虚空に浮かぶ漆黒の円環を指し示してみせた。
その円環の内側には、亜空間の灰色が覗いている。僕にとっては、3度目の対面だ。
「触媒は、この向こう側に隠されているんだ。よかったら、一緒に探してもらえないかな?」
「ふん。俺の力を見定めようという魂胆か?」
ウロボロスはせせら笑いながら、探知の触手を亜空間に投じた。
それを追いかけて、僕も同じものを放つ。亜空間にはこれまでと同じように、さまざまなトラップが仕掛けられていた。
「……くだらん手妻だな」
ウロボロスは僕よりも早く、亜空間の迷路をくぐり抜けていった。
というか、僕はあえてウロボロスを先行させたのだ。彼の触手はもっとも適切と思われるルートを辿り、あっという間に触媒の本体へと到着していた。
「これが触媒か。実に醜悪な出来栄えだ」
「うん。これを無効化するには、ちょっとした演算が必要になるんだよね。君なら、簡単に解けるんじゃないのかな?」
ウロボロスは黒いゼリーのような目で僕を見やってから、触媒の内側に探査の触手を潜り込ませた。
やがて待つほどもなく、触媒は瓦解する。
それと同時に、行き場を失った大地の魔力が、地上に解放された。
ウロボロスを除く魔竜族の面々が、「おおっ」とどよめきをあげる。
「なんだこれは!? いきなり魔力が噴出しおったぞ!」
「こいつはいいや。頭から酒を浴びてるような気分だぜ」
「なるほど……人魔の術式の維持には、これほどの魔力が消費されていたのですね」
「すごいすごーい! あいつら、こんなに大地の魔力を横取りしてたんだー!?」
僕たちの眼前から、漆黒の円環も消滅した。
僕はしみじみと感慨を噛みしめながら、ウロボロスを振り返る。
「さすがだね。たぶん、こうまであっさり触媒を壊せるのは、すべての魔族の中でも僕と君だけだと思うよ」
「はん。俺を持ち上げて懐柔しようという心づもりか? 以前のあなたであれば、そのようにさもしい真似はしなかったはずだ」
ウロボロスは、にやりとふてぶてしく笑った。
味方にすれば、これほど心強い存在はないだろう。なんとしてでも、彼はこちら陣営に迎えなければならない――僕は、そのような思いを新たにすることになった。
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