第十一節 森の中
崖の一件があってから、アルシェールとわたしは陰で魔女、神域の子と呼ばれた。三人組はご丁寧にも、崖の上での一件を広めてくれた。
その頃、フェルミナとして必要とされる知識をより本格的に学び始めた孤児院の中にあっては、あの異常な出来事は、まさに神域の仕業に見えたらしい。
神域の子とは、物、動物に、神域が何らかの影響を与え出来るものらしい。だけれど、人は神域の子にはならないと教わった。
それを考えると、わたし達が神域の子だ等とは言える筈はないのだけれど、神域の子は人に擬態するとも言う。
正直、わたしも、アルシェールは神域の子じゃないかと思った事もあった。アルシェールは普段から何を考えているか分からない、不思議な子だった。それにあの化物を作り出す力。神域の子であっても不思議ではないように思えた。
元々この孤児院は、孤児院ではなく、〝見張り〟をする為に建てられたものだったと言う。
その裏に迫る山の中腹には、洞窟があり、そこには、かつて強大な力を誇った神域の子が、今でも封じられているそうだ。その力が洞窟より漏れ出し、周囲に干渉して、山は大変危険な場所になっていると言う事だ。
その為、先生達からは、決して孤児院の裏の山には近付くなと言われていた。
それを見張る為にも、先生達はここにいる。
ここを孤児院として選んだ人達は、ある意味、このエルファティアの町の中で最前線とも言えるこの場所で、フェルミナを育てる事にしたのだと言う。
長い年月の封印と、クリシュナスピールの結界の中と言う環境から、神域の子は洞窟から出て来る力を失っていると言うが、それでも山は危険なのだと言う。
孤児院のみんなは、その洞窟を〝悪魔の洞窟〟と呼んだ。
そんな環境でのあの怪物の造成は、アルシェールが洞窟から這い出て来た神域の子と言う風評を流すには十分だった。
だが、そんな周りの目があっても、アルシェールは何時も通りだった。
でも実際はそう言う訳でもなかった。
周期的に、
試験が行われ、それをクリアすれば次の試験に進める。クリア出来ないと、次の試験の期間に再試験となる。これを繰り返し、一定の成功を治めれば一人前のフェルミナと認められ、〝叙任〟される。叙任されれば
つまり試験に合格しなければ、
そして一定の失敗をすると、脱落となる。そうなるとフェルミナには永久になれない。
ただわたしは
で、試験に受からなかった者は落ち込んでいる訳だけれど、試験の時期に何時も以上に暗い顔をしているのがリタラだった。
リタラ・グリィーズはロンド・グリィーズの妹。ロンドの傍で、押し黙って佇んでいるのが何時ものリタラだった。
リタラは、フェルミナとなってからもずっと
リタラに何かあった時、
そんなリタラは直ぐに居なくなると、その当時は誰もが思っていた。
初夏のある日、太陽は天上高くに昇っていて、妙に暑い日だった。木々に囲まれた孤児院内は蒸し蒸しとして過ごし辛い。その為、多くの子は、川辺に行って水遊びをしているか、窓を開けた自室や、中庭の木陰で本でも読んでいた。
わたしはと言うと、三人組からの嫌がらせがなくなっても、部屋にじっとしている事には慣れなかった。かと言って、孤児院内の他の場所や川辺に行っても、そこにいる子に魔女や神域の子と罵られるだけなので、元からなんとなくの習慣となっていた、散策に行く事にした。
授業が終わると、そっと孤児院の出口に向かいながら、どこに行こうかと考える。木の化け物の件もあり、あの崖に向かう気にはなれず、川沿いの道でも歩こうと思った。
木々に囲まれた中庭で遊び回る子達や、木陰で本を読む子達の視線を避けながら、わたしは中庭を大回りして、孤児院を囲む柵の門の所まで着き、そこを出ると、ん、と声がして振り返る。
わたしはドキリとした。
アルシェールだった。
彼女は柵に何時かのように寄り掛かり、わたしをジッと見ていた。それから、
「ひま」
と言った。
わたしは表情を引き攣らせながら言ったと思う。
「そ、そう」
すると、目を細めて、
「ひま」
とまた言って来る。
わたしは思い切り顔を歪めると、
「さ、散歩、行く?」
するとアルシェールはまた、
「ん」
とだけ答えると、てくてくとわたしに付いて来た。
孤児院の周りはちょっとした森になっている。西に迫る山の麓の森に呑み込まれており、開けた場所に出るまで少しばかり歩くのだ。獣が出る事もあるので、用心をするよう言われていた。道から外れる等もっての他だった。
森の中は蒸し暑い夏の日であっても、木々の枝葉が太陽の光を遮り、暗がりの中に新鮮な空気を満たしてくれる。その空気は程よく冷えており、肌に触れるとひんやりと心地よい。小鳥の
わたしは不思議に思い足を止め、そちらの方を振り向く。
後ろから付いて来ていたアルシェールも足を止めた。
アルシェールは言った。
「いる」
こんな所で道から外れた木々の中、誰が何をしているのだろうと思った。
わたしは以前先生から聞いた話しを思い出していた。孤児院の周りではそう言う事は希なものの、他の地域では盗賊が出ると言う。盗賊は時に徒党を組んで町を襲い、時には町を滅ぼす事すらあると言う。
そんな事があっては大変だと思い、わたしは勇気を振り絞って、木陰にいる人間が誰であるか確かめようとした。盗賊が襲う算段を整える為に放った斥候かも知れない等とも思った。
そうと、身を屈め、そちらの方に足を向け、ゆっくりと歩く。
わたしの後ろをアルシェールが堂々と歩く。あまりに堂々としているものだから、
「身を屈めて、静かに歩いて」
そう言った瞬間、パキリとわたしは枯れ枝を踏んで、
「静かに歩く」
アルシェールにそう言われ、顔を歪めた。
と同時、
「だれ!?」
怯えたような、か細い声が、目指す方角から聞こえて来た。
わたしは慌てて奥に居る人物の正体を見極めようとした。
だが中々向こうは姿を表さない。
わたしが固唾を呑んで待っていると、後ろのアルシェールがずかずかと歩き出す。わたしがわわと声を上げると同時、木陰の向こうからも、ひっと声が上がった。
「ん」
アルシェールの声が聞こえる。それから、アルシェールの手招き。
わたしは恐る恐る柔らかな腐葉土の上を歩き、アルシェールの隣に立つ。
アルシェールの視線の先には先程までわたしがしていたように、自身を抱きすくめ、怯えたような表情を浮かべるリタラがいた。
木を背に、怯えて仰け反るように立っているリタラにアルシェールは、
「ん」
と、リタラの片手を指さした。
その手には一本の小さな枯れ枝が握られていた。
リタラはアルシェールの指の先に何があるかに気付き、慌ててそれを背中に隠す。
わたしは何が起こっているか分からなかった。
アルシェールは続けてリタラに言った。
「無闇にしても意味ない。自身が何が好きかよく考える。頭の中に枷がある。必要なのはここと」
そう言ってアルシェールは自身の胸に手を当てて見せ、
「ここ」
次に頭に手を当てる。
「頭の中のひっかかりを手がかりに、その枷を開放する。何がしたいか考える」
アルシェールの言葉に驚いたようにリタラは瞳孔を広げ、それからおずおずと頷いた。
「枷が解かれればここが呼応する」
アルシェールはまた胸に手を当てる。そしてリタラに背を向けると、
「行く」
わたしに言った。
わたしはおずおずと頷く。
アルシェールが歩き出すと、
「あ、あの!」
リタラが叫んだ。
「こ、この事、誰にも言わないで」
アルシェールはリタラに振り返るとコクリと無表情に頷いた。
リタラの居た場所から
「何、してたの?」
木々の中を歩きながら、わたしは前を行くアルシェールに尋ねた。
「
アルシェールの言葉にわたしはあっと言った。
「あんな所で、隠れて練習してたんだ」
「ん」
アルシェールはそう頷いてから、
「合ってない事しても無意味」
わたしは首を
「わたしは自力で発現させる必要なかったから、どうすればいいかわからない。よく、知ってたね」
するとアルシェールは首を振る。
「わたしも知らない」
「え、だってさっき」
「そんな気がしたから」
わたしは唖然としたが、アルシェールは意に介する様子もなくスタスタと歩いて行った。
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