5-B.エンディング
“お前は春香のすべてを手に入れた”
“お前の望みはすべて叶えられた”
悪魔はわたしにそう言った。そんなのは詭弁だ。そう思う。
……だけど。
「戻さなくて、いい」
「ん?」
「わたしが……春香として生きる」
純粋で不器用な春香。きっと今、椎名先輩に突き落とされたショックで混乱している。
二人の間に何があったのかは分からない。だけど……春香の望む展開ではなかったんだろう。
これで元に戻っても、春香にとっては地獄の日々だ。きっと、生きていけない。
だって、
だったらわたしが、春香として生きる。
春香の身体で、春香と共に千春は生きるのよ。
「ふん……」
黒いローブの男がやや不満げに鼻息を漏らした。
予想外だったのかしら?
悪いけど、ヒトの中途半端な自己犠牲の精神に期待したのなら、悪魔にしちゃ甘いわよ。
悪魔の誘いに乗った時点で――わたしはヒトの道を踏み外したのだから。
ローブの男は、それ以上何も言わなかった。
『
それと同時に、黒と紫の世界は閉ざされた。
◆ ◆ ◆
信じられない。春香が椎名先輩をストーカーしてただなんて。
椎名先輩は
「アイツがそう言ったんだ! 録音だってしてある!」
と半狂乱になっていた。
だけど、椎名先輩が突き落としたのは間違いなく千春の身体で、声の主は間違いなく千春。
彼は無関係のはずの千春を追い詰め、そして二度と目覚めなくさせた。
そういうことになった。
いたたまれなくなった彼は、どこか遠くへ引っ越していった。
真実は、永遠に闇に葬られた。
冗談じゃない。
じゃあ、千春の身体に閉じ込められている、春香の心は。
100%、椎名先輩じゃないか。わたしの存在なんて、これっぽっちもない。
わたしに残されたのは、空っぽの春香の身体とストーカー女という誹謗中傷だけ。
違う、こんなはずじゃなかった。
春香の身体を抱きしめながら、身体に残された疵を撫でながら、春香と共に生きていくはずだったのよ。
「悪魔ぁ……フザけんな、話が、違う……っ!」
三か月後。
布団の中で、幾度となく繰り返した呪いの言葉を吐く。
学校にはとっくに行けなくなった。わたしは春香として
「ストーカーなんてしてない」
と否定したけど、信じてもらえなかった。証拠はないものの、実際に春香はしていたのだから、無理もない。
わたしは冷たい視線に晒された。最初は軽い嫌がらせ。それはやがて、イジメになった。
わたしの周りには、味方は誰もいなくなった。
両親もだ。かさむ千春の医療費と引き籠る春香、わたしたち双子のよからぬ噂で、どんどん疲弊していった。
「……死んだ方がマシだ」
……春香を置いて?
駄目よ、一緒よ。わたし達はずっと一緒。
ねぇ、春香。わたし達の味方は、やっぱりわたし達しかいなかったわね。
わたしには春香しかいないし、春香にはわたししかいなかったのよ。最初から。
わたしは間違っていなかった。
だから……ね? 二人だけの世界に、行こう。
* * *
その日――家を抜け出した『春香』は『千春』の病室で見つかった。
二人はベッドで寄り添い、安らかな顔で息を引き取っていた。
看護師が目を離した一瞬の出来事。死因は不明だった。
悪魔が手を貸したのだろうか……?
< The End >
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