5-B.エンディング

“お前は春香のすべてを手に入れた”

“お前の望みはすべて叶えられた”


 悪魔はわたしにそう言った。そんなのは詭弁だ。そう思う。

 ……だけど。


「戻さなくて、いい」

「ん?」

「わたしが……春香として生きる」


 純粋で不器用な春香。きっと今、椎名先輩に突き落とされたショックで混乱している。

 二人の間に何があったのかは分からない。だけど……春香の望む展開ではなかったんだろう。


 これで元に戻っても、春香にとっては地獄の日々だ。きっと、生きていけない。

 だって、千春わたしがいないのよ? 春香が独りで生きていけるはずがないわ。そうに決まってる。


 だったらわたしが、春香として生きる。

 春香の身体で、春香と共に千春は生きるのよ。


「ふん……」


 黒いローブの男がやや不満げに鼻息を漏らした。

 予想外だったのかしら?

 悪いけど、ヒトの中途半端な自己犠牲の精神に期待したのなら、悪魔にしちゃ甘いわよ。

 悪魔の誘いに乗った時点で――わたしはヒトの道を踏み外したのだから。


 ローブの男は、それ以上何も言わなかった。

 『春香わたし』の身体に右腕を突き刺し、『千春わたし』の魂から寿命十年分を吸い取り……そのまま姿を消した。

 それと同時に、黒と紫の世界は閉ざされた。



   ◆ ◆ ◆



 信じられない。春香が椎名先輩をストーカーしてただなんて。

 椎名先輩は

「アイツがそう言ったんだ! 録音だってしてある!」

と半狂乱になっていた。

 だけど、椎名先輩が突き落としたのは間違いなく千春の身体で、声の主は間違いなく千春。

 彼は無関係のはずの千春を追い詰め、そして二度と目覚めなくさせた。

 そういうことになった。

 いたたまれなくなった彼は、どこか遠くへ引っ越していった。

 真実は、永遠に闇に葬られた。


 冗談じゃない。

 じゃあ、千春の身体に閉じ込められている、春香の心は。

 100%、椎名先輩じゃないか。わたしの存在なんて、これっぽっちもない。

 わたしに残されたのは、空っぽの春香の身体とストーカー女という誹謗中傷だけ。

 

 違う、こんなはずじゃなかった。

 春香の身体を抱きしめながら、身体に残された疵を撫でながら、春香と共に生きていくはずだったのよ。


「悪魔ぁ……フザけんな、話が、違う……っ!」


 三か月後。

 布団の中で、幾度となく繰り返した呪いの言葉を吐く。


 学校にはとっくに行けなくなった。わたしは春香として

「ストーカーなんてしてない」

と否定したけど、信じてもらえなかった。証拠はないものの、実際に春香はしていたのだから、無理もない。


 わたしは冷たい視線に晒された。最初は軽い嫌がらせ。それはやがて、イジメになった。

 わたしの周りには、味方は誰もいなくなった。

 両親もだ。かさむ千春の医療費と引き籠る春香、わたしたち双子のよからぬ噂で、どんどん疲弊していった。


「……死んだ方がマシだ」


 ……春香を置いて?

 駄目よ、一緒よ。わたし達はずっと一緒。


 ねぇ、春香。わたし達の味方は、やっぱりわたし達しかいなかったわね。

 わたしには春香しかいないし、春香にはわたししかいなかったのよ。最初から。

 わたしは間違っていなかった。

 だから……ね? 二人だけの世界に、行こう。



   * * *



 その日――家を抜け出した『春香』は『千春』の病室で見つかった。

 二人はベッドで寄り添い、安らかな顔で息を引き取っていた。

 看護師が目を離した一瞬の出来事。死因は不明だった。


 悪魔が手を貸したのだろうか……?





                        < The End >

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