パクラーになれないなら
高校に上がって少ししてから、私はオリジナリティが高くなったような気がする。知識を蓄えてきたのが理由なのか、それとも(狭くはあるしズレてもいるが)様々な分野に手を出して、その中で好きなものを盛り込んできたからなのか。未だにはっきりした答えは出ていないが、様々な経験や記憶の中から沢山のものを引っ張り出して私の世界は形作られている、と言い切ることは出来る。高校一年の夏頃は全く自覚していなかった(「人と違う」とは美術の先生にしっかり言われていたが)。それどころか、パクリがバレることをこの時までは普通に恐れていたのに(結果的にバレることはなかったので肩透かしを食らっているが)。パクリが完璧にバレなくなったのは、実は高校一年の二月のことである。これまで以上に沢山の知識(前の話も参照)を蓄えられたことで、私の世界は大きく広がりを見せた。同時に文章にはセンスが芽生え、絵の中では実験が出来るようになった。今でもそれを続けているが、元ネタを理解できる人は見たことがない。
私がこんなにもパクリに拘っているのは、元カレ兼ライバルが二次創作で成功したというのが大きく、ファンが沢山いたせいか私の心には憧れと妬みが同時に存在するようになった(だからこそ、対等な立場でいたいし勝ちたいというのがある)。しかし、パクリという概念が一体なんなのかもう私の中でも分からなくなりかけている(寧ろパクリを意図的にやろうとすればする程オリジナルに近づいていくという悪循環が……)。
寧ろ私がやっているのは、元ネタが分かればニヤリと出来る「本歌取り」らしいがパクリであろうとなかろうと、私は謎を解かせるつもりはない。中途半端な出来のものは私の心を掻き乱すから。ならば、誰にも理解できないように沢山の謎を散りばめるのが一番なのだ。元カレ兼ライバルは二次創作を分かりやすくしたが、私は敢えてその逆を行っている(オリジナルは出涸らしみたいなものだから分かりやすくなっている)。憧れているあの曲のように、とびきり難しく。真相は深層へと追いやって。
ちなみに、高校時代に5を取った絵についてだが、あれは「自分の精神世界を描こう」というやつだった。いつも頭の中が楽しいことだらけなこと、デジタルな作品を知ったことで奇異なものが出来たのだ。持てる力を全て使い、出来上がったのは二ヶ月後。あれも結局はパクリなのだが、全くバレることはなかった。恐らくはこれからも知識を得るごとに、パクリから遠ざかるのではと思っている。
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