ウエディング・ヘル(その12)

「考えるのは自分の事ばかりな上に他人任せ。品性のカケラもありませんねえ」


 トコトコと歩き、ザンフラバと魔王の間に入った参謀が嗜めるように語り掛ける。


「魔王様。この性悪エルフがそんな簡単な解呪方法用意しておくはずが無いじゃありませんか」


 やれやれとばかりに肩をすくめ、参謀が牛の頭蓋骨の形をした頭部を横に振る。

 さながら、アホな事ばかり言う子供をどう言い聞かせたものか頭を悩ます教師の如くだ。


「もし仮に今ここでザンフラバ様を殺したら、契約不履行によって魔王様に掛けられた呪いが暴走、十中八九この場で死にますよ。この性悪エルフと心中するつもりが無いならば、馬鹿な真似はおやめください。馬鹿の考え休むに似たりと言いますが、魔王様はそれ以下ですね」


「なんだとう!?」


 抗議の声を上げる魔王の胸板で、バカという文字の形をした呪いの印が赤く輝いた。


「いいですか、改めて説明しておきます。我々の目的は此度の婚儀を成功させ、王妃となったラウレティア様を使ってシャドウエルフの王国を徐々に乗っ取る、もしくは有利な立場に立つ事にあります。それには義父となるザンフラバ様と我々の協調路線は必要不可欠。内輪で揉めるのは論外です」


 参謀が、ザンフラバへと向き直る。


「この鉱物資源豊富なシャドウエルフの国を乗っ取り最大利益を狙うのであれば、婚儀を終えた後にラウレティア様を操作して内部の事情を探り工作活動を行う事は必須です。我々と敵対することは、そのまま利益の放棄とラウレティア様の死を意味することをあなたは覚えておいてください」


「チッ」


 舌打ちしながらも不承不承納得したといった様子のザンフラバを見届けた参謀は、次に死神を指さした。

 瓦礫の上に寝こけていたペケ子を抱え、絨毯の上に移そうとしている死神が「あん?」と首だけを参謀へと向ける。


「そしてメイド長。あなたがペケ子様を侮辱された事に対して意趣返しをしたいと真に思うのであれば、一時的な怒りはこらえ、この先時間をかけてこのダグサの国を乗っ取る事に力を尽くした方が賢明です」


「賢明とかそういう問題じゃねーんだ。メンツの問題だっつってんだよ。わかんねーのかその辺」


 死神が、理を持ち出して説く参謀の言葉に突っかかる。


「はい、わかりかねます。それは死神、ペケ子様が侮辱され潰されたメンツというのは、その場で相手を殴って済む程度の物であるという事なのですか? だとしたらあなたの言うメンツとは、随分と安い物なのですね」


「……口の減らねぇ野郎だな」


 気に入らないが、しかし相手もまた潰されたメンツに対してどう報復するかで語ってきている以上、より重い対応を提示している参謀の声は無視できなかった。

 減らず口は叩いたがそれ以上死神が参謀に何か言う事は無く、抱えたペケ子を絨毯に寝かせる。


「最後に魔王様。せめてご自身が死なない為の最低限の条件程度は覚えといてくださいね。子供が目を離した隙に焚火に飛び込んで勝手に死ぬような真似は、一応は忠誠を誓う身としてちょっとご遠慮願いたいです。チェスのキングに自殺されては勝てる勝負も勝てません」


「ええと、結局どうすりゃ呪い解けんの? ゾンビのラウレティアがここの王様のミディールと結婚すればいいんだよな?」


 自分の命がなんかヤバい、という事以外いまいち状況がよくわかっていない魔王が参謀に尋ねる。


「一応条件としましては、サザンランド深林国の長ザンフラバの娘であるラウレティア様とダグサの国の長ミディール様が愛の宣誓と誓いの口づけを行い、邪神父が婚姻を認めた瞬間に解呪される物のようです。日付は魔王歴46億5655万4241年4月4日の本日のみで時刻はグランギニョル標準時0:00~24:00まで。現在地との時差を加味した猶予時間は現時刻からあと5時間ほど、といった所ですか。ザンフラバ様、間違いありませんね?」


 呪印を刻んだ張本人に、参謀が確認を取る。


「あ? ああ、そうだな」


 いきなり話を振られ、不意を突かれたザンフラバが慌てて肯定する。


 自身の把握している情報が正しい事を確認した参謀が、改めて魔王へと説明を行う。


「というわけで魔王様。何らかの理由によりアクシデントが発生した場合、時刻を過ぎた時点で魔王様は死ぬこととなります。一度かけた呪いの条件はザンフラバ様本人でも変更は効かないようですので、式を妨げるような真似は慎んでください」


「わかった! とりあえず参謀の言う事聞いとけば良いんだな! よくわからんけど!」


 参謀の話がよくわからなかった魔王はいつものように考えるのを辞めた。


「わかってないじゃないですか。いやまあ別にその解釈で問題は無いのですが、それが出来ずに毎回毎回……一応しくじった時の別案も念のため用意してはいますけども」


 やれやれと頭を振り、参謀がため息をつく。


「お前も意外と苦労してるんだな」


 日々の苦労を語る参謀の肩を、ポンとザンフラバが叩いた。



ウエディング・ヘル(その12)……END

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