第6話 増幅する悪夢
フリオーソにより殺害された国王は終戦後に冷たくなって発見された。国王の葬儀は国葬として執り行われ、多くの民が参列して弔った。先の戦いは君主逝去の歴史的な戦いとなりすぐさま世界各地に広まった。話を聞きつけた各国はここぞとばかりに挙兵し、隣り合う国同士で争いを始めた。
そのころ王都では後継者を巡り対立していた。
本来であればフリオーソが継承順位が最も高いが、当の本人は指名手配され行方をくらませている。
国王の子息はフリオーソを除いては人柄は良い方だが王位に高い関心がなく、突然の王位継承に及び腰であった。
この状況に側近たちは急いで談議の場を設けたが今度は積極的な後継者争うが起きる始末となってしまっていた。
スケルツァ神聖国レクイエム領_____
薄明かりが差し込む森は、静寂という名の聖域のようだった。
霧が揺らぎ、風の音すらどこか遠い。レクイエム領――神聖国の境界。
フリオーソは足元の泥を払いながら、無意識に外套の内側を触れた。
指先に紙の感触。
そこには、封蝋で閉じられた小さな書簡がある。
神聖国の紋章――翼を広げた天使と聖杯。
そして短い言葉。
「聖意の遂行を確認次第、汝に庇護を」
父を討つ前の夜、闇の修道士が密かに渡してきたものだ。
「神はその罪を赦す」と囁かれた時、フリオーソは目を閉じた。
その赦しが本当かどうか、今なお分からないまま。
「……やってみせた。俺は、約束を果たした」
その声には震えが混じっていた。
誇りでも後悔でもなく、ただ疲弊した魂の響き。
森の奥、荘厳な鐘のような低い音が聞こえた。
霧の向こうから、白い法衣に身を包んだ聖騎士たちが歩み出てくる。
盾に刻まれた十字の紋章が鈍い光を返し、冷たい視線がフリオーソを貫いた。
「……フリオーソ・グランディオソ殿ですね」
先頭の騎士――銀の面頬を持つ男が口を開く。
その声は礼儀正しく、しかし一切の情が感じられなかった。
「あなたは聖意に従い、父君である国王を討ちました。事実、確認済みです」
フリオーソは黙って頷く。
胸の奥で、何かがひどくきしんだ。
「よって我らは、あなたを神聖国に迎え入れます」
その言葉は、冷たい宣告にも似ていた。
「ただし――あなたの罪が赦されるのは、神のみです。
我々は匿うが、信じるわけではない」
フードの奥で、フリオーソの目がわずかに揺れる。
「承知している。俺も……俺自身を信じてはいない」
騎士の瞳に、ほんの一瞬だけ何かがよぎった。それが同情か侮蔑かは分からなかった。
「ついて来なさい。あなたには、まだ果たす役目がある」
フリオーソはその言葉に少しだけ眉を寄せた。
「……役目?」
「神が下した使命です。あなたはただの亡命者ではない。
選ばれし贄なのですから」
空を白い鳥の群れが横切る。
それは祝福の群れか、死者を迎える使者か。
フリオーソは静かに歩みを進めた。
赦しを求めるのではなく、終わりを探すかのように。
スケルツァ大聖堂_____
枢機卿はゆっくりと手を伸ばし、机の上に一枚の羊皮を押し出した。そこには銀の紋章とともに、数行の文が綴られている。
「我らは、あなたに将軍の地位を約する。神聖国の旗の下、軍を率いる権威を与える。城を守り、領を広げるための権能――その報酬として、あなたは我らの意志を軍事的に遂行することを誓う。」
フリオーソの胸が強く波打つ。将軍――その響きはかつて夢に見た栄光だ。だが、次の言葉は冷たい刃のように突き刺さった。
「ただし約定の一節を明示する。あなたの指揮する軍は、再び戦地に立つ時、グランディオゾ王国に向けて刃を振るうことを免れぬ。あなたが我らに与える忠誠は、あなたの出自に優先する。すなわち、あなたは我らの“聖なる刃”となるのだ」
言葉はゆっくり、しかし確実に現実へと成り代わる。フリオーソは視線を下ろし、震える指で剣の柄を確かめた。父を貫いた手と、これから刃を振るう手が重なって見える。
「……つまり、俺は自国に刃を向ける側に立てと?」
「そうだ。だが忘れてはならぬ。あなたは我らの庇護を受ける。あなたの罪は、神の意志の一端として意味づけられる。王殺しの烙印は、我らの名の下で新たな意味を得るだろう」
枢機卿の瞳に一瞬、計算の閃きが走る。権力は常に取引を好む。レクイエムは自らの影響圏を拡大するため、フリオーソという“生ける象徴”を手中に収めるのだ。
フリオーソは立ち上がり、羊皮に目を遣った。筆跡は整い、条項は冷徹だった。誓約の線に印を付けることは、自分という存在を完全に金属で縛ることを意味する。やがて彼は印を押した。指先に冷たい感触が残った。
——こうして、フリオーソは神聖国の将軍としての位置を得た。だがその報酬は、彼自身の母国へ刃を向けるという宿命であった。
悪夢の少女 下川科文 @music-minasan
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