そしてそれは、きっとこの先も続いてゆくことだろう。
舐めろ。舐めろ。舐めろ。
そうだ。これは俺の戦い方じゃない。俺の戦い方は!
飛んできた脚を、強引につかむ。手がジンジンと痛むが戦うのに支障はない。
なぜなら俺の武器は手でも脚でもない。
「ひあっ!? お前、何すんっ、ああああ!」
ソックスをおろし即座に脚を舐める。
多人数戦は、範囲攻撃が有効。それができなければ一人ずつ迅速に処理。
今までにない早技で、吸血業界用語で言うところのブラッドダウンを狙う。
足首から、スカートが覆っている太もも部分まで、複雑に舌を動かしながら駆け抜ける。
それだけで、目の前の女子は倒れ伏した。照夫で耐性がついているかもしれないと思ったが、いけるなこれは。
危機的状況でアドレナリンが過剰分泌、深い集中をもたらす。
倒した後で知覚した。あの一瞬の舐め上げ、舐めと吸いを織り交ぜていた。完全に合わせ技をモノにしたのだ。
実戦は最上の修行場。俺はここでさらに進化する。
倒した先頭の女子の両サイドに控えていた二人にそれぞれ仕掛ける。
二人とも首筋への吸血でブラッドダウン。
最後は後方でスマホを構えていたおさげ女子。
「来ないでっ!」
瞬く間に三人が倒れ伏したため、かなり怯えている。だがここで止まるわけにはいかない。
肉薄。腕を押さえ、首筋へ舌を這わす。
「あひゅうっ」
「今撮っていた動画を消せ。さもなくば」
これまでの早技とはうってかわって、あまりにも遅い舌の動き。
快感を感じるか感じないかのギリギリのライン。生殺しのようなものだ。
「くっ、アタシは屈しないっ。こんなことしてタダですませてやるもんかっ」
「それは俺も同じだ。一人を四人で囲うなんて卑劣な真似、許すまじ!」
甘噛みも混ぜ、生殺しの精度をさらに引き上げる。
気持ちいい! の、気持ち、の部分や、気持ちい、の部分や、気持、の部分で止めるのを織り交ぜ、複雑化。
「まだまだっ」
「耐えるか。これならどうだ!」
文字通りの吸血。僅かに血管を切れさせ、僅かに吸う。その微少な痛みが、吸血鬼の唾液によって微少な快感に変化。
「あ、ダメ。もう無理。消します」
折れるのは一瞬。おさげ女子はスマホを操作し、俺の目の前でいましがた撮っていた動画を削除した。
「ご苦労。では、眠れ」
「あひゃんっ!」
無駄に仰々しい台詞を吐きながらトップギアに入れて舌を高速稼働させた。
痙攣しながら気を失っている四人。撃退成功。
ぺろりと唇を一舐めしてから遥の方へ向き直る。
「いっちょあがり。どうだ、俺の華麗な戦いは」
場を和ませるためにわざとふざけてみせる。
それは成功して、遥はおかしそうに目元をぬぐいながら笑い声をあげた。
「あははっ、何それ。どう見ても華麗じゃないでしょ。端から見ると女の子舐め回してる変態さんだからね。あーおかしい、おかしい、な」
「我慢しなくていいぞ。ごめんな、もっと早く来てやれなくて。怖かったよな」
遥はおかしくて泣き笑いをしているのではない。恐怖、緊張感から解放されて泣いてるんだ。それくらい分かる。
「そんなこと、言われたら、ふっ、くっ、ううぅぅ。あっくん、ありがと、来てくれて、ほ、ほんとうにぃ」
「どういたしまして」
俺にすがりつく遥の目から、次から次へと涙がこぼれでる。
ぬぐってやろうとポケットに手をつっこんだが、あるべきはずのハンカチがない。しまった、忘れてきた。
何か。何かぬぐえるものはないか。
咄嗟に取った行動。それは実に俺らしいものだった。
遥は、俺の行動に驚いて涙を引っ込めた。
「へ?」
「ちょうど吸血したくなってな。塩っ気のあるものが欲しかったんだよ」
舐め取っていた。遥の涙を。
朔夜が、涙は塩味がすると言っていたが、その通りだった。
濃すぎない、かと言って薄すぎない、ダシをとったスープのような深みある味わい。
「……ふ、ふふふっ。あっはは。変わってないね、あっくん」
今度こそ、本物の笑みを見せてくれた。
「え、何が?」
「幼稚園の頃、私がいじわるされて泣いてた時、同じことしてくれたよ、あっくん。俺の舌は悲しい気持ちを舐め取っちゃうんだぜ! ほらもう悲しくない! だから泣くな! って言いながらね」
「うわーマジかよ当時の俺はなんつーキザったらしいことを」
微かに記憶がある。当時ナメニストとして覚醒し調子に乗ってたことと、なんとか遥に泣きやんでもらおうと必死に考えたこと。でもその後は何も覚えていない。
「本当だったよ。あっくんの言ったこと。昔も今も、あっくんは私の悲しい気持ちを舐め取って、笑顔にしてくれた。ほら、何も変わってない」
ニカッと満面の笑みを浮かべた遥は、俺の胸に顔をうずめて、胴に腕を回して、強く抱きしめてきた。
「タンカ切ったときのあっくんの言葉、嬉しかった。私も、あっくんのこと、大切に想ってるよ。改めて思った。これから先も、ずっとあっくんと一緒にいたいなぁって」
「えっ、それって……」
「勘違いしてるでしょ? あっくん風に言うのなら、なんで恋愛に結びつけなきゃいけないんだよ、ってね」
「お、おう。そうだよな。びっくりしたわ」
遥とは、クラスメイトに仲を疑われる度に二人で否定してきた。だから、もし遥が自分に恋愛感情を向けてきたら、なんて考えもしなかった。不意打ちいくない。
「ま、ずっと一緒にいるには結婚するしかないんだけどね~」
なんて言いながら俺から離れ、後ろ手を組みひょこひょこと学校方面へ歩き出した遥。
「おい! 遥、そういうのはズルいだろ! 待てって!」
「待たないよ~だ」
思い出した。俺は、ずっとこの幼なじみに振り回されてきたんだった。
そしてそれは、きっとこの先も続いてゆくことだろう。
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