第27話 このベッドへの応援コメント
こうして砂委員の続きが読めて嬉しいです。
完結の目処はたっているとのこと、続きも楽しみに読ませていただきます。
作者からの返信
ありがとうございます。「目処が立っている」というよりは、わたしの力量でできる範囲で妥協せざるを得ないといった感じですが、でもとにかくなんとかしたいです。
編集済
第25話 下降流への応援コメント
一介の読者といたしましては、ああ、ついにのっぴきならないところまで来てしまったのか、とおののきつつ、彼ら彼女らの先にある世界を、どきどきと、しかし気長にお待ちします。
なんと申しますか、今回のように緻密な文芸力を前にしてしまいますと、これは急がせてはいけない作品なのだな、そう痛感せざるを得ません。
作者からの返信
ありがたいお言葉をいただいて恐縮です。
もうここで終わってもいいかも、という気持ちもあるのですが、もう少し続けようと思います。長い間お付き合いいただいている読者様に、納得していただけるかどうか、分かりませんが……。
たしかに、急いで書こうにもペン先もキーボードも砂まみれでなかなか進まないような代物ですが、ずっと頭の片隅に引っかかっていて、これが終わらない限り新しいものもなかなか手につきにくいです。完成しなければ「作品」とも呼べないわけで、いい加減どうにかしなければなりません。(仮に今わたしが死んだら、このエピソードで完結でいいですけど)。後々での改稿の可能性も念頭に入れつつ、さすがにそろそろなんとかしようと思います。よろしければお付き合いください。
第10話 日課への応援コメント
なんとなくふと思いましたけど、砂が吹いてくるということは、どこかにその砂の出発地点があるはずですし、砂が吹雪いてくるということは常時かなりの風量が働いているということです。
思ったこと、終わり。
香穂を探しに探検のようなものをすると思っていたのですが、監砂員だとひとところに留まるような印象があります。
彼の中では砂への良いイメージは全て香穂への愛しさからくるものだと思っていました。
逆に砂への悪いイメージが、香穂をどこかに連れてってしまう恐怖に繋がって。
でも、ここまで大規模な自然災害だと、香穂が消えたこと、砂への憎しみというのは無いようにも思えます。愛しさは残っている。
続き読みます。
第10話 日課への応援コメント
砂かき、という言葉で思い出しました。
数年前、生まれて初めて豪雪というものを体験し、私の町は100センチ越えの積雪でした。
かいてもかいても降ってくる大粒の雪。埋もれる車や瓦屋根。かいた雪を捨てる場所もなく、途方に暮れ、大雪の中に佇む自分。
あれほど雪を恐いと思ったのは初めてでした。
淡々とした語り口からはあまり感じないですが、砂は粒が細かいし、溶けるわけでもないので、雪よりずっと恐ろしく厄介だろうなと思います。
それでもみんな砂を受け入れながら生活しているように見えるので不思議な感じもします。
作者からの返信
豪雪、ありましたね。雪の少ない地方に住んでいるのでその恐怖感は想像するほかないのですが、おそろしく不条理なもののように思われます。世界というのは、実に怖いところですね。
第5話 家への応援コメント
香穂ちゃんは無邪気なような儚いような、そんな女の子なんですね。
最初、語り部の存在に全く気が付かず、不思議な語り口だなと思っていたのですが、ようやく分かるようになってきました。(私の読み方が悪かったのかも)
砂委員の仕事も理解できました。
続きもお待ちいたします。
作者からの返信
いえ、意図的に変な書き方をしておりまして……。なんかすみません。一人称、三人称とよく言われますが、文章が存在している以上、何らかの形での語り手は存在しているわけで、その語り手が物語世界の中にいるか外にいるかの違いでしかない、という理屈を何かで読んで、こういういたずらをやってみました。
香穂ちゃんは、なんだかよく分からないんですよね。よく分からないけど親しいとか愛しいとかいうこともあるような気がします。
最終話 わたしたちはもういなくてもへの応援コメント
完結されたのはいつだったんだろう、と思ったらもう2年も前のことだったんですね。
大変遅くなりましたが、感想をお伝えさせてください。ただ、申し上げるのもお恥ずかしい限りですが、わたしはたぶん、あまり小説というものの読み方がよくわかっていないようです。とても変でエゴイスティックな感想になってしまうことをどうかお許しください。
まず、結末を最初に拝読したのはたぶん完結されてからしばらく経ってからでした。先に進むのがとても怖くて、読みたいと思いながらも、どうしても更新内容を開けなかったからです。
あまりに生活描写をリアルで自然に描かれているから、わたしはこの作品を読むと、かつて自分が砂に沈むこの街で暮らしていたかのような錯覚に陥ってしまうのです。この先のことを思うと(作品が素晴らしいからこそ)本当に心が塞ぎました。
だって、香穂ちゃんが砂の向こうに消えた日からずっと、吉野くんの心は砂の中にありましたよね。香穂ちゃんが両親を失った日、心を砂の中に落としてしまったように。
香穂ちゃんがいつか砂の中に消えゆく未来がわかっていたように、吉野くんもいつか砂の向こうに行ってしまうのはずっと明白で、避けられないことだと感じていました。
でもそれは仕方ありませんよね。わたしだって吉野くんの立場なら砂の向こうに流れて溶けて自分という個体を失ってしまいたい。街が飲み込まれ、世界が砂に沈んでいく中で、本当は自分だって世界の一部であり砂の一部に過ぎないのに、個として切離され、大切な人やものを失い続ける。
少し手を伸ばせば世界の一部に戻れるのに、
ずっと個を保ち続ける意味が本当にあるのか、だんだんよくわからなくなる。誘惑のまま、肉体だけ砂の外に置く苦しみから解放されたい。
だから、吉野くんがいけないと思いながらも砂に焦がれ、時折手を伸ばしたり、脚を砂に浸すのを見ても、責めることはできません。
だけど読者としてのわたしは、同時に吉野くんという個の人間を好きになってしまっていて、彼が世界に溶けて世界の一部になってしまうのはとても辛く、そんな時は来て欲しくない、とも思ったのです。吉野くんには気の毒だけど、大人になった彼がどこにもいけないまま、どうにもならないまま、ただ砂の向こうに思いを馳せ、ただ彼が辛いまま物語が閉じてくれたらいい、とすら思いました。どうせ世界はいつか砂の中に丸ごと飲み込まれるのだから、その時期や顛末を知りたくない。いつかあるかもしれない、でもわたしは知り得ない未来として不確定なまま終わってくれたらと。
でも、そんなふうにはならなかったし、ならなくて良かったと思います。
ルイがいてくれて良かったし、ルイのためにリオが帰ってきてくれて良かった。
吉野くんが世界から失われてしまったことをかなしい、と思いそうになるけれど、世界はいつか砂の中に沈むのです。砂に飲み込まれ、世界の一部に戻るまでの束の間の人生、彼らが少しでも今生きている人と慈しみ合いながら過ごせるなら良かった。ルイだけは砂の中に心を落としてしまわなくて良かった。ルイが見つけられたのがリオで良かった。
砂の中から全てを拾い上げることはできなくて、もしかしたらリオはフレームだけの眼鏡のように、吉野くんや、香穂や、りか子の大切なものを砂の中に置いてきているのかもしれないけれど、それでも良かった、と思いました。
そう思えるようになるまでに、少し(一年以上)時間がかかりました。
この砂の中に沈む世界と、砂の中に消えていった香穂ちゃんや吉野くんとは二度と逢えないこと、この結末を「よかった」と心から思えて、お別れするのに時間がかかるほど、すごく美しくてかなしくて、読めてよかった作品でした。
信じられないほど遅くなってしまいましたが、どうしても整理がつくまで何も言えなかったんです。改めて、遅くなりましたが完結お疲れ様でした。読ませていただいて、本当にありがとうございました。
作者からの返信
コメントありがとうございます。遅い早いに関わりなく、コメントをいただけるのはたいへんありがたいです。
何をどう書いてもいいし、それをどう読んでもいいのが小説である、と思ってはいますが、この「砂委員」はたしかに、普通に小説として読んでいたら、途中で線路を外されてしまうような物になってしまいました。ちょっと、「夢オチ」の虚しさにも似てるかもしれません。
小説になっていない、とも言えそうです。禁じ手というか、基本を踏み外してるというか。もちろん意図してやったことですし、そういうあり方自体が小説であるはずだとも、一方で思ってはいるのですが。
御期待を裏切ってしまった部分はあるかもしれませんが、自分なりに本当のことを書こうとした結果です。現実に対する、一言では言えないある「感じ」を、形にしようとしたら、こうなったのでした。
短編は別として、長いものを書くときは必ず希望のある結末にしようと常々思っています。だからこれもわたしにとっては希望のある結末なんです。世界はいずれ必ず全て砂に呑まれます。しかしそれはそれとして世界は更新され、続いてゆきます。そういうのが、今のわたしにとっての「希望」だったりします。
なかなか完成しない、読みにくい小説に長い間お付き合いいただきありがとうございました。