田左衛門大明神


 糸女さんが、

「血筋ですかね……若鷹と同じ……どうしたら自らの立場を一番と考えられるのかしら……愚かは不幸を招くのに……」

「熊鷹さん、金長一族、いや金長一家から抜けておかれることを勧めます」

「いまの白鷹には説得は無用、あれでは事実を知ればさらに激高するでしょう」


 熊鷹さんは、

「……いま一度……たのみがある……今日は……ここに泊まってくれないか……昔のように……」


 ?


「頼む……後生だ……」

 熊鷹さんは多少蒼い顔でそう云いました。


 糸女さんは泊まることにしました。

 勿論、用心しての上だがチョーカーの力を知っているせいもあります。

 深夜、糸女さんは熊鷹さんの部屋に、客がきたことを知りました。


「糸女は?」と客。

「おやすみいただいた」と熊鷹さん。


 客が、

「そうか……大変なことになったな……しかし糸女が先に、我らに相談してくれて助かった……」


「田左衛門大明神……会わなくてよいのですか」と熊鷹さん。

「会ってどうする……いまさら養父面もないであろう」と客。


 お養父様?


「しかし、貴男が……」と熊鷹さん。


 田左衛門大明神と呼ばれた客が、

「確かに糸女は育てた……母親に託されたからだ……その昔、私は行き倒れになった時、あの先代の糸引き娘に助けられた……彼女はしがない狸の儂に握り飯をくれた……あの時、彼女も飢えていたのに……」


「なおさら会わなくては?」と熊鷹さん。


 田左衛門大明神は、

「いや、忘れるように術をかけている、それに先日こっそりと会いに行った」


「美しかった、優しい娘になっていた……もう思い残すことは無いのだ……あの世で、あの娘の母親に報告できる……熊鷹よ、長い付き合いだった……これでおさらばだ……」


 おさらば?何の事?


 糸女さんは思い出しました。

 母が死に、まだ幼い糸女を育ててくれた人がいた……肩車をしてくれた……忘れていた……なんと愚かな私……


 その方が、私を熊鷹さんに頼んでくれたのに……

 そう、糸女は熊鷹さんの屋敷で下働きをして育ったのだ、結構キツイ仕事だった。

 若鷹が襲ってきたことがあったが、その時は熊鷹さんが守ってくれた。


 みじめな思いも数多くした、でも今から考えれば待遇は良かった、特別だったのだ。


 とにかくいま止めなくては……お養父様……幼い日に会っただけのお養父様……

 糸女さんは廊下に正座して待つことにしました。

 そして田左衛門大明神は、熊鷹さんの部屋から出てきたのです。


 田左衛門大明神は、廊下に平伏している娘を見た。


 糸女さんが、

「お養父様ですね、糸女です、今の今まで忘れていた親不孝の娘ですが、これからは孝行を尽くさせていただきたいと思います」

「はしたないですがお話が聞こえました、死んでもらっては困ります、なんとしてもここは通しません!」


 田左衛門大明神は、

「糸女……ありがたいが……いかせてくれ……このままでは、金長一族は族滅となる」


 糸女さんが、

「いかせません、金長一族は、どのみち解散しなければなりません」


「白鷹をご存じでしょう、若鷹とそっくりです、あれではミコ様の逆鱗に触れます、その前に執政が黙っていないでしょう」

「そんな者に、お養父様が共倒れなどすることはありません!」


 田左衛門大明神が、

「しかし……誰が白鷹を止めるというのだ、あいつは強いぞ」


「私が止めて見せましょう」と糸女さん。

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