その当時、阿波の金長一族は慢心し、自らが狸の総大将、日本の妖怪などは自らの支配下にあるなどと豪語していたのです。

　まして阿波に住まう者どもは使用人ぐらいの感覚、事実その力はかなりの物でありました。

「なんで我らが、お前の指示に従わなければならぬのか！」

　金長三代目の若鷹が怒鳴っています。

　すると側にいたゾーイさんが、

「たかだか狸風情が……ルシファー様の寵妃に向かって無礼な、嫌なら移住しなくて結構、帰りなさい」

　この一言に若鷹が激高したのです。

「なんだと！ヴァンパイアといえど、お前一人ぐらい、叩きのめしてやるぞ！」

　ゾーイさんが、

「なら、やってみるがよい、私はお前らなど好きではない、ルシファー様のご命令だから相手をしているだけだ、『愚図愚図言う者は拘禁して強制的に戻しなさい』と、お言葉をいただいている、別に死体で返しても構わぬわけだし」

「なんだと！ルシファーがどうした！調子にのるんじゃないぞ！」

「いいだろう、簀巻きにして海にでも放り込んでやる！後でルシファーも始末してやる」

「野郎ども構わねえ、このヴァンパイアをたたんでしまえ！」

　その場にいた若鷹の子分の狸、三十名ばかりが短刀を振りかざしました。

　薄ら笑いのゾーイさん……その目が赤く輝いています。

　すると、一瞬で子分の狸は同士討ちを始め、息絶えてしまいます。

　しかも血だらけの狸が、ゾンビ化しました。

　ゾーイさんが、「やれ」と言葉を発し、三十匹のゾンビ狸が若鷹に襲い掛かります。

　あっさりと若鷹は絶命したのですが……

　ゾーイさんはさらに若鷹にもゾンビ化して命じて、

「東京湾を自ら墓にするがいい」

　深夜の東京を、血だらけのゾンビ狸が走ったことは『人』は誰も知りません。

　その中の一匹は首がなかったのです。

「さて、この者どもの身内はいるのですか？」

　ゾーイさんは若鷹の首をぶら下げ、糸女さんに聞きました。

　糸女さんが、

「息子の黒鷹が阿波に残っています、金長一家は全員で六百名ぐらいですから、阿波には大半が残っています……」

　ゾーイさんは、

「そうですか……では後始末をつけてきましょう、貴女たちはこのまま仕事を続けてください、明け方には帰ってきます」

　というと、さらに薄ら笑いを浮かべ、漆黒の闇を西に飛んで行ったのです。

　阿波の金長一家に激震が走ります。

　若鷹の首をぶら下げ、ヴァンパイアの一人の女がやってきたのですからね。

　ゾーイさんが、

「この者はルシファー様の寵妃に無礼な言葉を発した、なおかつルシファー様のお考えを侮辱した上に、あろうことか始末すると公言した」

「よってこのようになった、勿論引き連れていた子分どもも始末した、この後どうするかはお前ら次第だ」

　と、若鷹の首を投げた。

「親父！」

　その場にいた金長一家は、ゾーイさんに飛びかかったのですが……

　一瞬で屋敷は静かになりました。

「そこの女ども、この者どもの身内か？」とゾーイさん。

　一人の女が、覚悟を固めたのか返事をしました。

「はい、若鷹の娘、黒鷹の妹です」

「後始末を、誰と話せばいいのか」とゾーイさん。

「大叔父の熊鷹……」と黒鷹の妹。

　ゾーイさんが、

「そうか、その者を呼べ」

「……案ずるな、手向かいしなければ殺しはしない、私はルシファー様のご命令は守る」

　すぐに黒鷹の妹は、大叔父を呼びに走った。

　そして熊鷹はやって来ました。

「ゾーイとかいわれたな……お願いだが、若鷹はこの屋敷の者を引き連れ、東京で船に乗っていたがその船が沈没した……そうしたいのだが……」

　ゾーイさんは、

「別にかまわぬ、ただ、以後は愚かなことは考えぬように……ルシファー様は恐ろしいぞ……」

　ゾーイさんは何事もなく、明け方には東京ゲストハウスに戻ってきたのです。